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その男、御剣一心を一言で表すなら、「奇妙」だろう。
エルフでもないのに、エルフの里で見られる『着物』によく似た服を身に纏い、見たことのない湾刀(刀剣は鞘に隠れて露わになってないが)を腰に佩いている。
極めつけは夜を連れて来たように黒い髪(腰まで届きそうな長さの髪を、女性のように後ろで一纏めにしている)。そしてチラと見た黒曜石のような深い黒の瞳だ。
この異世界において、黒髪と黒い瞳、それぞれは少ないがたまに見かけるのだが、その両方ともなると希少としか言いようがないのだ。
その全てを合わせて『奇妙』。
ハーフエルフのシシェは、その男にそんな評価を下していた。
◇
わけのわからない男の登場に、バーンス・アルバクロスは激昂していた。
そもそも何故バーンス・アルバクロスがシシェに声を掛けたかと言うと、彼女に恋煩いしているからだ。
彼も誉めたように彼女の容姿は美しく、エルフ本来の鋭く尖ったような美しさではなく、エルフと人間との良い所が掛け合わさったような、鋭さの中に柔らかさがある美しさだったのだ。
女の芯の強さ、そして友人らと語る時に見せる笑顔。バーンスはそのギャップに心を貫かれた男どもの一人だった。
だが、貴族としてのプライドや彼女がハーフエルフだと言うこともあってか、恋人ではなく『自分の物』にしたいと思うようになってくる。
そんな態度で「自分の女になれ」なんて告白をしたものだから気の強いシシェは怒り、それから彼女に毛嫌いされるようになる。
しかし自分の態度に落ち度を見いだせなかったバーンスはそれに怒り、更に見下し、執着するようになってしまったのだ。
今日もシシェを手に入れようとしていたよだ。
「何なんだよ、お前っ……僕の邪魔をしようって言うのか?」
バーンスは杖を御剣一心と名乗った男に向けた。
「ふうむ。……邪魔と言うのは、嫌がる女子を痛みで従わせる行為……を止めた事に関してかな?」
不敵な笑みを見せながら言ったその男の言葉に、バーンスは頷いた。
「ああ、そうだよ。たかが平民が、貴族の、伯爵家の僕に対してそんな事、許されると思ってるのか!?」
顔を真っ赤にし、唾を吐きながら怒鳴るバーンスに御剣一心はクスリと笑う。
「……何がおかしい」
それを目ざとく見つけたバーンスは、もはや怒りを通り越して疑問に思った。
こいつは怖くないのか? 貴族に逆らうと言う事は、殺されても文句の言えない行為なのに。
その疑問に気づいたのか、御剣はもう一度クスリと笑ってこのリズワディアの街の、時計塔を見上げた。
「いや何。……聞いた話では、この街に『身分の差』は無いはずではないのかな?」
それはこの学園都市に置ける指標のような物だ。
学ぼうとする意志がある者を広く受け入れる懐の深さを有するこの学園において、身分の差は邪魔となる。
……が、本来この学園では淘汰されるべき事なのだが、実際にはそう言った身分の差が問題となっているのだ。
「!! ……平民、風情がっ!!」
確かめるような、そして少し小馬鹿にしたような言葉に、バーンスの怒りが頂点を越える。
「ライトニングブラス──!」
ライトニングボルトの上位魔法、『ライトニングブラスト』を放とうとしたバーンスだが、横から飛来した閃光に魔法を妨害させられた。
「む?」
眩い光に、咄嗟に片目を閉じた御剣は、その横槍を放った人物を見て刀に伸ばしかけた手を降ろした。
「全く……ここは『攻性魔法使用許可空域』ではありませんよ?」
緩やかなローブに身を包んだ女性が、人垣の中から現れる。
淡い茶色の髪をおさげにし一つ纏め、レンズの大きな眼鏡を掛けたその女性は、怒った口調ながら柔らかな印象を与える。
「くそっ……次はないからな!」
その女性を見るや、バーンスは捨て台詞を吐いて馬車へ戻った。
「こらっ! まだ先生、説教をしてませんよ? ……あぁ、もう。困った子だわ」
ほう、とため息を付いた女性は、ひょい、と杖を取り出してそれを掲げた。
「うちの生徒が御迷惑をおかけしたようで……誠に申し訳ありませんでした」
杖を二、三回軽く振るうと、バーンスとの一件を眺めていた野次馬達が、後ろ髪を引かれるような残念そうな顔をしながら散って行く。
「いや、この程度は……これは、魔法、ですかな?」
野次馬達が皆一様に去っていく姿を見て、御剣は茶色の髪の女に問う。
「はい。『意識を外へ向けさせる』魔法です」
「まっこと見事な技ですな」
朗らかに笑う御剣を見て、茶色の髪の女は安心したように微笑んだ。
難癖、とまでは行かないが、学園の生徒の事で悪い印象を与えてしまったのではないかと危惧していたようだ。
「四科生のシシェさんですね?」
「は、はい!」
突然話を振られ、御剣を注意深く見ていたシシェは慌てて返事をする。
「あなたはこの人に、お礼は言いましたか?」
「え? ……いえ、まだ、謝ってません」
茶色の髪の女の言葉に、シシェはバツが悪そうに頷いた。
彼女の言う通り、助けられたお礼を言う前に御剣の立ち振る舞いを上から目線で見ていたからだ。
「でしたら私と一緒にお礼を言いましょう。……よろしかったら名前を教えていただいても、よろしいですか?」
柔らかな笑みで微笑んだ茶色の髪の女は、御剣に向き直る。
「勿論。……拙者、姓を御剣、名を一心。御剣一刀流剣術免許皆伝でござる」
「ミツルギ様、ですね? 私はこのリズワディア学園で教師をしている、マナ・ルリエと申します。この度は生徒を守っていただき、本当にありがとうございました」
「……ありがとう、ござい……ました」
恭しく礼を言うマナ・ルリエと名乗った女に対し、シシェは不貞不貞しい、とは言わぬものの、あまり良くない態度で謝った。
「……もう」
「はは、別に構いませぬ。拙者元々礼を貰うために助けたに非ず。……魔法とやらに、拙者の剣が何処まで届くか確かめただけにて」
ニッ、とシシェに笑った御剣は時計塔を見上げた。
「……しかし、礼を頂戴するならば、マナ・ルリエ殿に一つ……骨を折って貰いたい。あ、いや、本当に骨を折れと言う訳ではないですぞ?」
「うふふ。わかっていますよ。……それで、私は何をすれば?」
微笑むマナに、御剣は口角を上げて言った。
「入学手続き」
マナは縦セーターが似合う巨乳美女って事で