医務室と街出届
朝食を食べ終えたナノとリリスはクローネに連れられ校長室に向かっていた。
理由は言わずもがなリリスのことである。
ナノの後ろに追従するリリスの姿を見たクローネが最初に口にした言葉が
「この子がナノ君に……」
といった信じられないという含みを持った言葉だった。殺意を向けた対象の後ろを大人しくついてくる経緯を知っているものは当人達を除けば、知っているものはゼプトぐらいのものだろう。
「大丈夫、傷はもう治ったから」
クローネが心配そうな様子が態度に滲み出していることを受け、ナノはそう言って安心させた。
瘡蓋がぺろりと剥がれ。頭皮は綺麗なものである。
「ナノ君、傷の治りが早いんですね」
東側の演習場から男子寮まで続く道に付着した血痕から想像すれば傷口の深さは想像に難くない。その上での感想なのだろう。
「飯食ったからな」
そういう問題だろうか。そんな表情をクローネは浮かべる。
校長室、中に入るとやはり白煙で室内は満たされていた。
「フラン先生、ナノ君と例の子を連れてきました」
フランは煙管を口から離して椅子に深く座る。
「来たかい」
「フラン、何か用か?」
「ああ、その子について聞きたいことがあってね」
顎をしゃくり、リリスを指す。
「こいつ、口が利けないから、俺が聞いた範囲は俺から話すよ」
リリスを気遣って代弁するとナノが提案する。
「そうかい。口が利けないのか」
フランは納得して質問を始めた。内容は何故ナノを狙ったのか。何故ナノが狙われたのか。誰がナノを狙ったのか。それをリリスの代わりにナノが話す。
リリスは依頼を受けてナノを狙い、依頼主はナノが魔力を持っており戦争の引き金になるから、そして依頼人はクラウンだということを。
「クラウンか……」
言葉はそれ以上続かなかったが、面倒だな。そんな表情をフランは浮かべる。
「フラン、クラウンってなんなんだ?」
ナノのその問いにフランは記憶の糸をたぐるように目を瞑った後、ゆっくりと口を開き答えた。
「クラウンは組織の名前だ。もう解散したと私は思っていたが……。そうだな、端的に言えば、クラウンは二六○○年前の戦争の元凶だ」
戦争。一般教養を欠くナノも知っている。神を信仰する者と神を冒涜する者の争い。
「クラウンは戦時の中、幾つにも分裂した。それが切っ掛けで戦争は終結。後には何も残らなかった」
まるで物語を読み聞かせるような言い方。
「リリス、知ってたか?」
『はい。そのクラウンで間違いありません』
ナノはクラウンを人名だと思っていたが、まさか組織名だとは思わなかった。
「ナノ君はどうするつもりかね?」
フランはナノに訊く。
「俺はリリスを役人に引き渡すつもりはない。リリスは依頼を放棄しない。だったら依頼主、クラウンに直接頼みに行くよ。俺を殺すことは諦めろって」
「直接ね……」
歯切れが悪いフラン。
「リリスはクラウンの根城って分かるか?」
『分かりません』
リリスがクラウンの知らないとは思わなかったナノ。
『私が知っているのは私が育った施設だけです』
「施設ってなんだ?」
『施設は子供の奴隷や孤児を引き取り育てる場所です』
それだけを聞けば健全な場所だ。
『施設に入るには自身の何かを代償にしなければなりません』
「代償?」
『私の場合は声でした』
首元の傷を指差した。
『私の他には
腕が無い子、
足が無い子、
目が無い子、
耳が無い子、
笑わない子、
泣かない子、
色んな子がいました』
列挙されるそれらにナノはすぐには理解ができなかった。
「気持ちが悪いわね」
フランが思わず唾棄した。刻まれる皺が深い。
「何らかの欠損によって組織に対する依存心を高めることが目的のようですね」
クローネは普通の心では聞いていられないのか、分析者としての立場から話を聞いているようだ。
『私が施設に入ったのは八歳の頃でした。三人の大人に施設に連れて行かれ、私は声を代償に施設に入るという選択肢を与えられました』
その結果がこの喉だ。そう言いたげな顔だ。
『施設では教育を受け、十五歳になるとクラウンに忠誠を誓う道と施設を出る道の二択を与えられますが、ほとんどの子はクラウンに忠誠を誓い組織に入ります』
「リリスはどうなんだ?」
『私は施設を出る道を選びました。この指輪は施設を出る時に与えられた物です』
そういって指輪を皆に見えるように前に突き出す。魔石が嵌め込まれた簡素な指輪だ。
「施設を出たのにクラウンの依頼は放棄できないのか?」
『私にできる仕事が他にありません。それに』
少しだけ指が止まる。
『義理があります』
それは確かな意思だった。少なくともナノはそう感じた。
『流行病で村は崩壊、生き残ったのは十歳に満たない子供ばかり。高熱で体も動かせない私達を助けてくれたのは間違いなく彼らでした』
それがリリスの生い立ちだ。
「流行病……そこに現れたクラウン……」
クローネがリリスの言葉を整理するようにこぼす。
「リリス、俺が言うのもなんだけど、ここまで話していいもんなのか?」
聞いている方が痛ましい思いをする。話している方もあまり気持ちのいいものでもないだろう。それにクラウンについての情報もかなりリリスの口、もとい指から聞いた。
『クラウンは秘密組織という訳ではありません。施設を出る際に秘密にしろとも言われていません』
情報統制がされていないということ。
「なんというか、戦争の元凶とは思えない開けた組織なんだな」
やっていることは子供の心身を奪う酷い話でもあり、子供を育てて社会的貢献をしているようでもあり、十五歳になれば組織に入るか施設を出るという選択肢も与えられ、公平のようにも見えれば、施設を出ても社会的に生きていけないという不公平さもある。なんともアンバランスな組織。
「リリスはその組織の偉い人の名前って分かるか? 魔女学校ならフランみたいな」
『私が知る限りで一番偉い人はジンと名乗る人物です』
「ジン?」
『はい、それとマリーダと呼ばれる女性です』
「マリーダ!?」
クローネが大きな声をあげた。それは平静を装おうとしているクローネにしては失態といった体だ。
「クローネ、知ってる名前なのか?」
「えーっと……」
言うか言わないかを迷うというより、どう誤魔化したものかと逡巡している表情。
「私が話そう」
フランが口を開く。
「マリーダは魔女学校の卒業生の一人。クローネの先輩にあたる私の教え子。それだけよ」
嘘ではないけど全てではない。そして、それ以上の説明は不要という意思を感じる。言葉はそれ以上紡がれなかった。
「ジンとマリーダ……。リリス、この二人の見た目は分かるか?」
『ジンさんは黒髪黒眼で黒服を着てる烏みたいな人。マリーダさん紫の髪に青い瞳の黒いローブを着た女性です』
「二人共黒服なのか。冬はいいだろうけど、夏は辛いだろうな。特にジンの方」
全身を黒で包むなんて、闇の中でも目立ちそうだ。
『ジンさんは吊り目で怖い雰囲気の人です。マリーダさんは魔女でジンさんのパートナーだと思います』
パートナー、戦士と魔女の関係。逆説的にジンは戦士ということになる。
「ジンは強いのか?」
ちょっとした好奇心と争う未来を見据えて訊いてみた。交渉に武力を用いることもあるだろう。
『分かりません。ただ、変わった武器を腰に下げていました。L字の柄を持つ棍棒のような武器です』
L字の柄を持つ棍棒。そんな武器にナノは心当たりがない。
「マリーダの方は?」
『マリーダさんは光魔術が得意だってこの指輪をくれるときに言ってました』
紫の髪、青い瞳、光魔術が得意。そんな人をつい最近見かけた気がした。
「光か……マイも光が得意だったな」
『詳しく言うならカンデラ・マイは光属性の闇が得意です』
ナノの言葉に注釈をつけるように答えた。
「リリス、マイのこと知ってんのか?」
『ナノの暗殺の計画を練る際、周囲の人間についても調べました』
「へぇー、じゃあテラやミリも?」
『もちろんです』
「じゃあ、クローネとフランも?」
『フランさんは分かりませんが、クローネさんについては知っています』
――面白い。
「じゃあ、マリードとクローネの関係って知ってるか?」
『ダイン・クローネの友人、ルクス・ユーロの姉がルクス・マリードです』
まさかの人間関係。
――そういえば、ユウちゃんも紫の髪に青系の瞳だっけ。ライトの魔術使ってたし。
ライトが使えるから光魔術が得意とも限らないが、思い当たる節はある。
クローネとフランの顔を見比べ、それが真実であることが伺える。
「リリス、俺のパートナーになれよ」
『パートナー?』
「ナノ君、それは!」
クローネがナノの言葉に口を挟む。
「なんか問題あるか?」
「今度来る戦士の一人はナノ君のパートナー候補なの。それなのにわざわざパートナーを作る必要がないじゃない!」
まくし立てるクローネ。
「パートナーって一人じゃないとダメなのか?」
そんな疑問が浮かんだ。
「ダメというわけではないですが……」
「じゃあいいじゃん。そもそも俺自身が変わり種だし」
命が狙われる程という修飾はしなかった。
「リリス、どうだ? 仕事がないなら、俺のところにこいよ」
仮に仕事がないというのなら、俺が受け入れてやる。そんなつもりでナノは言った。
しかし、傍から見ればプロポーズである。
『……私でいいんですか?』
リリスは一度頭を下ろし、考えた後、上目遣いに尋ねた。
「おう、なんか色々と知ってるし面白いからな」
深い思慮があるわけではないが、そうするべきだという義務感を覚えたことも事実だった。
『分かりました。全ての柵から解放された時、貴方に仕えましょう』
深く頭を下げるリリス。その表情を見て取ることはできなかった。
「それでリリスに依頼したのは具体的に言うとクラウンの誰なんだ?」
『たぶん、ジンさんだと思います』
ジン、クラウンの偉い人。ナノの認識ではそうなっている。
「ってことは、ジンってやつに話をつければいいのか。ジンは施設にいるのか?」
いきり立つナノ。
『ジンさんは色んな所でお仕事をしているので施設にはいないと思います。今なら、たぶんレスリックの街中にいると思います』
レスリック、魔女学校を保有する国。つまり直近の街だ。
「クローネ、レスリックの街って広いのか?」
早速、ナノは街に向かうことを前提に話を始める。
「かなり広いです。私が手伝うにしても範囲が広すぎます。人手を増やすか、範囲を狭めないと難しいと思いますよ」
クローネは自分も参加することを前提に話す。ナノを止めるつもりはないらしい。
「服装が変わってるから人に聞くなりすればすぐ見つかりそうだけどな」
『ジンさんは紅茶好きで色んな喫茶店を巡ることが趣味だそうです』
ジンは優雅な人なのかもしれない。
『ジンさん、一杯の紅茶に角砂糖を十個ぐらい入れるんですよ』
それもかなりの甘党らしい。
「つまり、黒ずくめの男女が喫茶店に来たかを聞けばいいんだな。クローネ、レスリックの喫茶店ってどれぐらいあるんだ?」
「分かりません。ただ、十店、二十店ではすまないと思いますよ」
レスリック国民は紅茶が大好きらしい。
しかし、それは困った。
ナノが頭を悩ませていると
「クローネ、レスリックの地図を出しなさい」
フランがクローネに指示を飛ばした。
その指示に従い、フランは資料の中から地図を持ち出して広げた。
実に精巧な地図だ。
「レスリックの街中に限定するとこの辺りですね。|locus of light(ルーカス オブ ライト)」
クローネが杖を抜いて詠唱し、杖先で輪を作るとリリスの指先のように光の軌跡が描かれた。
ナノは地図の見方をおおよそ知っている。
「リリス、ジンがどの喫茶店に通ってるか言ってなかったか?」
『言ってません』
「そうか……」
「まずは、地図のどこに喫茶店があるかマーキングしましょう」
落胆するナノをクローネは励ます。
地理に明るいクローネとフランが率先して地図上の喫茶店を上げていく。そして、その数は五十を越え、途中から数えることを放棄した。
――レスリック国民、紅茶好きすぎだろ。
「クローネ、次の日曜に君の教え子を街に連れて行きなさい」
鶴の一声。フランの意見だ。
「いいんですか? そんなことをしても」
「人手が足りないのでしょう?」
「しかし……。それではあまりにも無策です。相手はクラウンですよ」
「そのことですが、戦士学校から来る四人が日曜には街に着くそうです。月曜に学校に来てもらう予定でしたが、現地で合流の後、クラウンの調査に向かいなさい。これも学業の一環です」
「……分かりました」
「戦士組が滞在する宿は『レスリックの泊まり木』。分かりますね」
「はい」
話がトントン拍子に進んでいく。今回の事件の当事者のナノはおいてけぼりである。
「ナノ君、街出届を出しに行きましょうか」
「街出届?」
これまた聞き覚えの無い言葉。
「街に出るための馬車を手配する届けですよ。一度に百人も二百人も街に出ることもあり、馬車の数が足りないことがあります。なので、街に向かう人数をあらかじめ把握してから馬車を手配するんですよ」
「それが街出届なのか」
「はい、期日は金曜日の夕方まで、土曜日に手配をしても翌日の日曜日には間に合わないので気をつけてください」
「街には馬車でしか行けないのか?」
「いえ、馬車でなくとも徒歩で向かうこともできますよ。ただ、馬車なら三十分の道のりも徒歩となれば二時間はかかると思います」
「そっか。じゃあ、授業が始まる前に届けを出してしまうか。リリスはどうする? 一緒に行くか?」
リリスに訊くと、少しだけ思案してから首を縦に振った。
「じゃあ、届けはリリスも含めて二人か」
「えーっと、学校に在籍する者は無料ですが、彼女の場合は……」
金が必要らしい。
「大丈夫、そのためにこれがあるんだから」
給付金である。
「……分かりました。手配をしておきます」
「話は終わったようですね」
フランはさらさらと何かを紙に書く。
「突然のこと。戦士組も急な話に戸惑わないよう手紙を出しておきなさい」
フランはクローネに手紙を託す。
「分かりました」
ナノ、リリス、クローネの三人は校長室を退室し、ナノは授業に、リリスは男子寮に、クローネは届け出を出しに行った。
――一人のつもりが他の三人も巻き込んじまったな。
まさかクラウンが個人ではなく組織、それも戦争の元凶というから驚きだ。
少し早めに講義室に着くとテラとマイが既にいた。ミリはまだいない。
「おはよう」
ナノは二人に手を上げて挨拶をする。
「おはようございます」
テラは毛嫌いしているナノに対しても挨拶を返さないという無作法はせずに返事をする。
「……おはよう」
マイもまた小さな声で返事をする。
ナノはいつもの席に着くと、テラがぎょっとした表情を浮かべた。
「ナノ、その頭どうしたの?」
「どうしたって?」
「真っ赤に染まってどうしたの? 怪我でもしたんじゃないでしょうね?」
風呂に入るのを忘れていた。着替えることも忘れていた。
「……血が凝固してる」
「ちょっと!」
テラがナノの手を掴み連れ出す。
「待てって、どこに行くんだよ」
「治療してもらうのよ! いいから来なさい!」
有無を言わさないテラ。手を引かれナノは付いていくしかない。そして、その後ろからマイが付いてくる。
向かう先は校舎東側の一室。
「ここは医務室。怪我や病気の治療はここでするのよ」
手早い説明を受け、医務室とやらに通されるナノ。
「あら、いらっしゃい」
艶ぼくろが目立つ白衣を着た女性。胸が大きく、腰が細く、ベルトホルダーを身につけていることから魔女であることが推測できる。
黒系のローブを着た魔女が集まる学校の中で白衣を着た魔女は目立つ存在だ。
「先生、この人の治療をお願いできますか?」
「ちょっと見せて頂戴」
椅子から立ち上がり、ナノの背後に回る。
「あら、凄い出血量ね」
血を見慣れているのか反応は薄い。そのまま後ろ髪をわさわさと掻き分ける。
「傷口は……塞がってるわね」
「塞がってるって、この出血量ですよ!」
信じられないといった表情をするテラ。
「この治癒力、あなたが新しく来た戦士の子かしら?」
「一応魔女」
「あら、じゃあ貴方が噂の? へぇー、男性型魔女の自然治癒力は戦士並なのね。面白いわ」
背中がぞわぞわとした。耳元で面白いと言われれば誰だって背筋に悪寒が走る。
「私にできることは無いわね。一応、シャワー室があるけど使ってくかしら?」
「じゃあ、使わせてもらおうか」
何故、ゼプトもクローネもフランも何も言わなかったのだろうか。意地悪だ。
「テラとマイは先に戻っててくれよ。クローネには医務室にいるって言えばいいと思うし」
「そう、分かったわ」
「……分かった」
二人は素直に戻っていった。
「二人のお嬢様に連れられてきた王子様が君なのね」
からかうような口調。あまり得意な相手ではないことが伺える。
「お姫様に連れられた俺は農家の息子です」
「あら、気に障ったかしら? ごめんなさい」
椅子に座り直し、足を組む。
「別にいいけど、あんたは?」
「私はこの医務室の主、皆は先生と呼ぶけど、友人からはドクターと呼ばれてるわ。君は先生と呼ぶといいわ」
それがナノと先生の距離らしい。
「シャワーはその奥、使い方は分かるわよね?」
「ああ、寮にもあった」
「あら、自分専用のシャワー室があるなんて校内では贅沢ものよ」
口が減らない人。そんな印象。
ナノは聞き流し、シャワー室を借りた。
「女性用だから少し勝手が違うかもしれないけど我慢してちょうだいね」
何が違うのかナノには分からない。石鹸の香りが少し異なるぐらいだ。
「先生はここでどんなことをやってるんだ?」
ナノはあまり医者とは縁が無く、あまり知らない。
「そうね。私は医者であると同時に魔女なの。だから、魔術を医術として使う方法を考案するのが仕事ね」
「例えば?」
「例えば、魔術は普通、他人の身体に作用できないの。フォースの魔術は知ってるかしら?」
「知ってる」
ナノが唯一使える魔術だ。
「じゃあ、フォースを例にすれば、フォースは石を動かすことはできるけど、他人の身体は動かす事ができないの」
初耳である。
「そんな風に他人に作用できないと言われる魔術を使って人を治療するというのが医術の試み。自分が持つ魔素を他人に分け与えて自然治癒力を高めたり、魔素を枯渇させて生体機能を満足に働かせることができなくなった魔女を助けたり、薬なんかも使ったりするわ」
ナノも薬草の類なら分かる。
「魔素で治癒力が上がったりするのか?」
「そうよ。ちなみにナノ君はその怪我……。もう治癒しちゃってるけど、それはいつ怪我したのかしら?」
「えーっと、昨日の夜かな」
「半日で治癒しちゃったの? 凄いわね。本当に戦士並の治癒力、いえ、戦士以上かもしれないわね」
「戦士って俺ぐらい回復が早いのか?」
「ええ、戦士は肉体的な頑強さに優れてるの。魔女が魔力なら戦士は筋力って感じにね。でも、ナノ君は両方の素養があるみたいね」
それはナノの性質を表すことに的を射た表現かもしれない。
「腕の一本や二本ぐらいならくっつけられるから、いつでも来てちょうだい」
物騒な話である。
「大丈夫、腕なら生えるから」
まるでトカゲの尻尾と腕を同義に見ているかのように言うナノ。その言葉に誇張はない。
シャワーも浴び終え、血塗れの服をもう一度着ることに抵抗を感じるが仕方なく着る。
「じゃあ、俺行くから。シャワーありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。お代としてこのお菓子は貰っておくわね」
ホルダーの中に仕舞っていたかりんとうが入った小袋を取られてしまった。
「……半分は返して」
「あら、意外とケチなのね」
甘味を奪う野盗に言われたくはない。
「食べ物の恨みは怖いよ?」
ナノ自身、その恐怖を味わったことがある。
「分かったわ。じゃあ、返すわ」
軽くなった小袋を返される。
「……」
無言のまま小袋をホルダーに入れ、退室する。
――若作りした三十路過ぎ。
先生に対するナノの評価はあまり好意的なものではなかった。