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研究室とごぼ天うどんとかき揚げ丼

翌日。

 備え付けられたランプの灯りを頼りに、夜遅くまで本を読んでは音字を書き、どうにかこうにか文字と発音を覚えたナノは目を擦りながらベッドから起き上がった。

 夜目を効かせて暗い自室から出て、明るい居間に向かうと良い香りが漂っていた。

 今日もゼプトは早起きのようだ。

「おはよう、ゼプト」

 姿は見えないが物音がする厨房の方へ声をかける。

「おはよう、ナノ。料理ができるまで顔でも洗ってこい」

 厨房の奥から返事が返ってくる。

「分かった」

 ナノは朝の挨拶を済ませ、脱衣所と一体になった洗面所に向かい、顔を洗う。実家では顔を洗うにも川から水を汲んでくる必要があった。それに比べればこの寮の生活は楽だ。

その後、自室に戻り、学校用のローブを身につけ、ホルダーに杖と短剣を差し込み、ユウちゃんから貰ったかりんとうが入った袋もついでに入れた。

 もう一度居間に行くと朝食が並べられている。丼が一つずつ。

 ――今朝はごぼ天肉うどんか。

「ほら、さっさと席につけよ。麺が伸びちまう」

「ああ」

 ナノはやや間延びした返事をして席に着く。

ゼプトは執事服の上にやや使い古した紺色のエプロンを身につけたまま座った。

「「いただきます」」

 二人は手を合わせ、麺に箸を伸ばす。

麺をつるつると吸い上げると口の中全体に出汁の香りが広がる。人の緊張を解すような暖かい味だ。

肉の旨みもスープに染み出ており、その旨みを含んだ汁がごぼ天に染み込む。

柔らかい衣は口中で溶けるようで、ごぼうのボリボリとした食感がまたたまらない。

二人はあっという間にうどんを食べ終えた。しかし、ナノもゼプトもまだ何か物足りないといった様子。

「よし、もう一品作るか」

 ゼプトは立ち上がり、再び厨房で何かをし始めた。

「ゼプト、今度は何を作るんだ?」

「さっき使った油があるから、そうだな……かき揚げ丼にするか」

 ごぼ天肉うどんの上、更にかき揚げ丼まで作ってくれるゼプト。足を向けて寝られない。部屋に戻ったらベッドの配置を変えよう。

 数分もすればゼプトが炊きたてのご飯に揚げたてのかき揚げを乗せ、持ってくる。人の頭が入りそうな程に大きな丼が運ばれてくる。

 さくらえび、たまねぎ、ごぼう、ねぎが含まれたそれは湯気を立てると共に芳ばしい香りを放つ。

 先程ごぼ天肉うどんを食べたにも関わらず空腹を感じ始めていた。

 丼を目の前にした時、人が取る正しい作法とは。すなわち、丼を掴み、箸で掻き込み、口一杯頬張る。それ以外の作法は必要ない。

 二人はかき揚げをザクザクと噛み潰し、あつあつのご飯と共に咀嚼する。かき揚げに振られた塩がまたご飯と合う。 

 これまたあっという間に食べ終えてしまう。

「あー、美味かった」

 食後のお茶を二人でまったりと楽しむ。

 実の所、ゼプトの料理の腕前はナノが知る限りにおいて二番目である。

 一番はアマラ、二番がゼプトで三番が自分、食堂のおばちゃんには悪いがナノの好みは濃口のため薄口の味付けをするおばちゃんは下位である。

「ナノ、そろそろ時間だぞ」

「おっと、ゆっくりしすぎたか」

 ナノはぐいっとお茶を飲み干して立ち上がる。

「行ってきます」

「おう、いってらっしゃい」

 ナノは扉を開いて冷たい空気を肺に取り込む。


 昨日と同じ講義室で昨日と同じようにナノが最後に到着する。

「さて、今日も授業を始めましょうか」

 教壇に立つクローネ。

「おっす」

 今日のナノは気合が入っている。

「では、昨日の授業の続きから始めましょう。ナノ君、準備はいいですか?」

「任せておけ」

 ここで見せつけなきゃ男じゃない。

 クローネがナノの目の前に石を置く。

 ナノはホルダーから杖を抜き、何をしたいか、何を起こしたいかを想像する。

 ――force……force……force……

 何度も脳内で唱えるべき呪文を反芻する。

 日は何度も唱えた。クローネが口にしたその呪文を自分が口にする!

forceフォース

 杖先から何かが溢れ出る感覚。それは想像を現実に変えるように石に働き掛ける。

 石は音もなく浮き上がった。。

 初めての魔術の成功。

「よっしゃ!」

 ナノがガッツポーズを取ると石はすとんと落ちる。

「ナノ君、合格です」

 クローネは満面の笑みでナノの魔術行使の成功を喜んでくれた。

「これで四人とも基本魔術の行使に成功しました。今後は基本魔術を基幹として他の魔術も習得していきます」

「他の魔術はまだ教えてくれないのか?」

 フォースの魔術を習得して調子に乗るナノは貪欲に他の魔術も習得したいと思っていた。

「魔術は各系統が一次元的な強さしかないの。力なら動かすか止めるか、熱なら熱するか冷ますか、結局その二つしかないのよ。そのコントロールを楽にするのが他の魔術。例えば、floatフロート

 試しにとナノの目の前の石に魔術をかける。すると石は浮き上がる。

「現象としてはナノ君がやったフォースによって石を浮かせるという結果と変わりません。暴論を言うようだけど、フォースの魔術を極めればこういった魔術は必要ないと言ってしまってもいいかもしれません

「じゃあ、なんで他にも魔術があるんだ?」

 当然の疑問である。

「このフロートの呪文を例にすれば、ただ浮かすという現象に限定するため、制御が容易になり、費やす魔素の量も少なくて済みます」

 制御が楽、効率が良い。メリットを上げればその二つ。

「じゃあ、他にはどんな魔術があるんだ?」

 フロートが浮かすだけの魔術だと言うのなら、細分化された魔術はどれほどの数があるのだろう。

「何かを真っ直ぐ飛ばすだけのシュート、何かを押すだけのプッシュ、何かの動きを加速させるだけのアクセル、何かの動きを止めるストップ、他にも色々あるけどそれはまた今度ね」

「そんなにあるのか」

 聞くだけでもワクワクするナノ。魔術を使えたことによる万能感がより一層学習意欲を増長させる。

「まずは使えるようになった基本魔術を使いこなすことからよ」

「分かった」

 ナノは素直にクローネの言うことを聞き入れた。

 そして、授業はまず座学から始まる。

「さて、昨日話した内容は魔術の種類、そして基本魔術についてです。そして今日は魔女とはどのような存在なのか改めて説明しましょう」

 クローネは黒板に『魔女』と書きそこから横に一本棒を伸ばして途中から二股に分け『研究者』『冒険者』と書いた。

「魔女が進む道は大きく分けて二つです。一つは魔女学校のような研究機関に属し、魔術というシステムを研究する道。今、私達が使っている魔術もその研究によって生まれたものが大半です。もう一つの道は冒険者、昨日の話に出たミリさんのお姉さんがこちらです。冒険者は大きく分けて三つに分けられます」

 黒板に書かれた『冒険者』から更に三股に分けられ線が伸ばされる。

「一つ目は『解決者ソルバー』。ギルドで依頼を請け武力によって問題を解決することで金銭を得る者。二つ目は『探索者シーカー』。ギルドで依頼を請け人物や物品を探し出す者。三つ目は『冒険者アドベンチャー』。戦前の魔女の工房や遺体を見つけることで金銭を得る者」

 そこでナノが口を挟んだ。

「クローネ、魔女の遺体なんかを見つけてどうするのさ」

 家畜の死体なら肉にできるが人間の死体の運用方法は分からない。

「戦前の魔女は今の私達と違って魔覚を持っていました。そして、遺体にもその力が残っています。なので、遺体を加工することで骨は杖に、肉や皮は触媒になります。よって神木から杖を創り出す以外の方法だとこういった手法が取られます。金銭に換算すると戦前の魔女の遺体は一体で五〇万エルグから一○○万エルグ程で取引されています。それが高位の者であればあるほど高値が付きますね」

「遺体一つでそんなにすんのか」

 牛一頭を売っても五万エルグから一○万エルグ程。ナノ換算で言えば牛十頭が戦前の魔女の遺体一体分に相当する。

「ええ、なので冒険者となり一攫千金を狙う人達も数多くいます。この魔女学校を卒業した人達の中にも何人かは冒険者となっています」

「どれぐらいの卒業生が研究生やら冒険者やらになってるんだ?」

 学生百人、研究生百人、研究員百人という人数構成。その所属者の年齢層を見れば単純な繰り上げならばこのような人数になるわけがない。

「毎年、研究員が卒業生に声をかけることで研究生となることができます。声をかけられなかった人はそのまま卒業し、実家に戻ったり、どこかの商人に雇われて研究をしたり、冒険者になったりします」

 研究生はなろうと思ってなれるものではないのかもしれない。

「今年はいくつか研究生の枠が空く予定のため、卒業生の中から何人かは選ばれるかもしれませんね」

「ミリは研究生になるつもりはあるのか?」

 ナノは隣に座るミリに訊いてみた。

 急に話しかけられたミリはどきりとしたように明白に動揺の色を見せる。

「え、えーっと、うちはリン姉様のような解決者ソルバーになりたい……です」

「そっか、じゃあマイはどうなんだ?」

 ミリの奥に座るマイにも訊いてみる。

「……教えない」

 簡素な返事である。髪で顔が隠れているため表情が読めない。しかし、無いと答えず教えないということは人には言えないが何らかの目標はあるのだろう。

「じゃあテラはどうなんだ?」

「私は学校を卒業した後は城に戻り、お父様のご助力をするつもりよ」

 さも当然だとばかりに胸を張る。テラもミリ程ではないが胸はある。

「皆、目的を持ってんだな」

「そうですね。ナノ君も何になりたいか考えておいたほうがいいかもしれません」

 ナノは農家を継ぐと思っていた。しかし、農家になりたいかと考えたことは無かった。それが当然だと思い、他の選択肢を考えたことも無い。

「そうそう。冒険者の話しで思い出したのだけど、来週、貴女達のパートナーとなる人達がササニシキの戦士学校から来る予定なの」

 ――戦士学校?

「クローネ、パートナーとか戦士とかどういうことだよ」

「戦士とは魔女が魔術を操るように戦士は武術を操ります。そして、魔女学校と戦士学校は若い魔女と若い戦士を出会わせて、お互いにペアを組んでもらうことが通例です。なので、魔女学校には毎年、ペアにふさわしいと判断された人材が魔女学園にやってきます。今年は珍しいことに女性の戦士もいるので、ナノ君はその人とペアを組んでもらう予定です」

「戦士学校から……」

「男の子が三人、女の子が一人が来週の早ければ月曜日にでも来ます。その間、滞在はナノ君の男子寮になります」

――え。

ナノの丸い眼が更に丸くなる。

「ナノ君の男子寮は全部で八部屋有り、そのうちの二部屋がナノ君とゼプトさんの二人で使われ、空き部屋が六部屋あるので、そこに四人を滞在させるとフラン先生がお決めになりました」

「俺、聞いてないんだけど」

「あら? ゼプトさんにはお話して自分からナノに伝えるってゼプトさんが仰っていたんですが」

 ――聞いていない。

「えーっと、とにかく戦士の皆さんはナノ君のところで暮らすことになっています」

 そういえば、テーブルも六人掛け、風呂場の脱衣所も数が多く、空き部屋も多い。

 初めから決まっていた事なのかもしれない。

「分かった。戦士は男子寮に来るってことでいいんだよな」

「はい、それとやってくる女の子も男子寮に入るので気をつけてください」

 男子寮とは一体なんなんだろう。

 概念が崩壊する音が聞こえた。

「分かった。空き部屋が六つあるから好きなように使ってくれ」

 考えることを放棄したナノは言われるがままクローネの話しを受け入れた。

「ありがとうございます。では、演習を始めましょう」

 簡単な座学を終え、皆は基本魔術の演習に入る。


 放課後。

 午前も午後も滞りなくフォースの魔術を使うことができ、明日からはもっと大きな石を動かす演習をするとクローネは言っていた。

 テラは音魔術の基本魔術、サウンドを扱い四方八方に自由な音を出す練習をしていた。

 マイは光球と暗球を作り出して同時操作をしていた。

 ミリは見ていて良く分からなかった。

 三者三様でやっていることはナノと全く違う。

 図書館でまたユウちゃんから本を借りて寮に戻ろうとしていると、窓から木箱を抱えたミリの姿が見えた。

 頭にバンダナを巻いて作業着を着ており、普通なら分からないところだが、背が高く胸が大きければそれはミリだ。

 ミリが着ている服が魔女が着るローブではなく、作業着という点においてナノの好奇心が強く刺激された。

 昨日のマイの件もある。突然現れ声をかければミリのことだから慌てふためくに違いない。

ナノはこっそりと後を追うことにした。

ミリが向かう先は校舎から見て北側、図書館よりも更に北に位置する建造物だ。ミリはそこにせっせと木箱を運び入れている。

そこは研究員や研究生が研究室を構える研究棟だ。

 ――あそこは学生が入る場所じゃないはずなんだよな。

 ミリの後を追いナノはこっそりと研究棟に忍び込む。

 中は校舎と造りが似ており、掲げられた表札が講義室ではなく研究室という点を除けば同質の建造物だった。

 左右の長い廊下には誰もいない。目の前には階段。耳を澄ませば足音が聞こえる。おそらく木箱に入った何かがガチャガチャと音をたてるのも聞こえる。

 こっそりと二階に上がる。

 ――いた。

 バンダナを巻いたミリ。タイトなズボンのためお尻の丸みが強調されている。足も長い。

 ミリは一室に入っていく。

 ナノは周囲に人目がないことを確認してから扉に近付く。

 扉の表札には『研究室』と書いてあり、名簿のようなものも貼り付けられており、そこに『クーロン・ミリ 在室』と書いてある。他に名前はない。

 ――この部屋、ミリだけで使ってるのか?

 そっとドアに耳を当てる。

 木箱を置くような音。

 そこで耳を離し扉をノックする。

「はーい」

 無警戒なミリの声。

 扉が開かれる。

「おっす」

 強く扉が閉められた。

「おい!」

 扉を引くが開かない。

「ど、どうしてここに!?」

 ミリの気が動転した声がする。その声も少し裏返っている。どたばたと音もする。

「木箱運んでる姿を見て、追いかけたら研究棟に入ってなんでかなって思って来たんだよ。それより、ここ開けてくれないか?」

「ちょ、ちょっと待って! 今片付けるから!」

 更にドタバタと音が聞こえる。それは廊下にまで伝わり、隣の研究室の扉が開く。

 二十代後半の女性と目が合う。

「どーも」

「ど、どーも……」

 すーっと扉が閉まる。

「ま、待たせてすみません」

 ミリが扉を開いて招き入れてくれた。

「謝らくていいよ。それより、ミリはここでなにやってんのさ?」

 内装を見てみると実に機能的であり、生活感があまり無い。

 部屋にある物はそのほとんどが金属やガラス、ネジや釘、工具といった物ばかりだ。

 それとローブを吊り下げたハンガーとその周辺に置いてある薄黄色の下着が置かれている。

「ここは校長先生がうちにくれた研究室なの」

「校長ってフラン?」

「うん、フラン校長先生」

「なんでミリに?」

 ナノも校長から寮を与えられているため何らかの思惑があってのことだろうと思われるが気になる。

「本当はリン姉様のための部屋だったの。だけど、リン姉様が卒業して解決者ソルバーになったから空室になって、それでうちが入学したら使わせろってことらしいの」

「そうなのか」

「うちはリン姉様の代わりだから……」

「ふーん、まあいいや。それより、ここでなにしてるんだよ」

 どう見ても普通じゃない。

「あの、これは魔車ばしゃっていうの」

「馬車?」

「あの、分かりづらいけど、の車って書いて魔車ばしゃって読むの」

 非常に判りづらい。

「まぁいいや。それで、その魔車ってのはどんなもんなんだ? 馬の代わりに魔術で動かすのか?」

「簡単に言うとそういうことなの」

 ミリは工具や部品が並ぶ一箇所から何かを手にとって見せてくれた。

「これは魔石なの。判別石みたいに魔素を与えたら何らかの力が働くってもの。これは魔素を与えると回転するの」

 ミリが親指と人差し指で摘むように持つと指の腹の上でくるくると回りだした。

「へぇー、これって回るんだ。始めて見た」

「数がとっても少ないの。これ一個で五百エルグもするの」

 ナノ換算で米二十五キロだ。

「たっかいなぁ、その石で何をするんだ?」

「えーっとね、車輪の軸に使うの。こんなふうに」

 ミリが近くに置いてあった箱馬車の模型を持ち出した。

 それを床に置いて模型の屋根の部分を外し、その内部にはガラス瓶が嵌め込まれていた。ガラス瓶には水ではない何かの溶液が入っている。

「この中に血でも爪でも髪でも何でもいいから魔素を持った物をこの中に入れると魔車が走り出すの」

 そういってミリはホルダーから短剣を引き抜いて髪の毛を数本切り落としてガラス瓶に入れ、攪拌する。すると次第に髪の毛は溶媒液に溶けて見えなくなる。それと同時に模型の車輪が回りだした。

 それは馬が引いてもいないのに走る不思議な箱馬車、いや、箱魔車だ。

「すげぇ! これがあったら馬がいなくてもいいじゃんか!」

「きちんと使えたらそうなんだけど、これは走るか止まるかのどっちかしかできないから」

「それでいいんじゃないのか?」

「普通の馬車なら減速、加速、カーブができるけど、この魔車だと発進と停止しかできないから実用は難しいの」

「そうなのか」

「うん、難しいの」

 そういうミリの横顔は楽しそうだ。

 気がづけばミリはおどおどとした様子は無く普通に話せている。

「ミリはこれが好きなのか?」

 部屋のあちこちにある部品を見渡しながら訊いてみる。

「うん。昔からこういうものに囲まれて育ったから」

「ミリの家ってどんなんなんだ? ミリも貴族なんだろ?」

 ミリは少しだけぎこちない笑みを浮かべた。

「うちのお父様とお母様は元々平民だったの。ランプとか風車とかを作ってる人だったの。分かるかな?」

「ランプなら俺も知ってる。結構高いんだよな」

 ランプは七○○○エルグから八○○○エルグが相場。ナノ換算で米四百キロだ。

「そうですね。そういう物を作っては売って生活してたの。それである日、テラさんのお父様、ソーン・ガイ王の目にとまって科学者としての地位が与えられたんです」

「へぇー」

 ――そういえば、ガイ王は科学に興味があるんだったな。

「そんな取り計らいでお父様は貴族としての地位を与えられたの。うちやリン姉様もそのおかげでこの学校に通うことができるようになったの」

「そうだったのか、じゃあミリは元々平民ってことなのか?」

「……そうなの。うちも元々はナノ君みたいに平民だったの」

「そっか」

 なんとなく、ミリは生き難い性格を持っているんだと思った。だから軽口のように言ってみた。

「ナノ君のおうちはどんなところなの?」

「俺の家か? 俺の家は山に囲まれて、川と水田と畑があって、鶏と牛と盗賊がいて」

「――盗賊?」

「うん、盗賊。『レイヴン』って聞いたことない?」

 意味は烏。盗賊の頭が教えてくれた。だからナノも友達二人と一緒に三叉烏、三つ足の烏と名乗っていた。

「聞いたことないけど、盗賊って危ないの」

「いい人たちばっかだよ。収穫期には総出で手伝ってくれるし、一緒に酒だって飲むし」

「ナノ君、この国じゃお酒は十八からなの」

「大丈夫だって、俺はこの国の人間じゃないし」

 開き直りである。

「そういう問題じゃないと思うの」

「細かい事は気にすんなって、それじゃあそろそろ帰るかな」

「帰るの?」

「おう、ちょっと見かけて話してみたかっただけだし、なんか作業してるなら邪魔しちゃ悪いからな」

「そんなことないの。いつでも来ていいの」

「分かった、ありがとうな。そうだ、これ食べるか?」

 ナノはホルダーの中から小袋を一つ取り出した。

「これ、なんですか?」

「ゼプトが作ってくれたお菓子だよ。美味いから作業中にでも食べてみろよ」

 そういってナノは小袋をミリの胸元に押し付ける。柔らかい。

「あ、ありがとうなの」

 押し付けられた小袋を素直に受け取るミリ。干し肉が美味しいといってくれた女の子だからきっとかりんとうも美味しいと思ってくれるに違いない。

 そうしてナノはミリの研究室を後にした。



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