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果物の蜂蜜漬けと煎餅

 食後。

 ナノはマイと別れ、研究棟へと向かった。

 マイは部屋に戻ってまたあの積み重なった本を読むのだろう。

 それにしても、トーストをかじるマイの口は小さすぎた。本人は気をつけているつもりなのだろうが、カリカリにやけたトーストがその小さな口の端から粉となってぽろぽろと落ちていた。

 ――そういえば、食堂にミリが来てないってことは昼食抜いてんのか?

ナノはそう考え、何か持っていこうと思い当たった。幸いにもこの学校には売店がある。そして、ナノは手元に十分なお金もあることを確認し、売店に向かった。


 売店の品物はミリが見せてくれた魔車で使っていた魔石に似た石や髪や血、爪等を溶かして使う溶解液といった専門道具から一般図書から魔道書、紙やインク、果物といった様々な品々を取り扱っていた。

 店内は広々とし、多くの客がいようとも窮屈さを感じない。そして、買い物客の中にミリもいた。背が高くて目立つ。

 そのミリは中腰の姿勢で並べられた蜜柑を眺めている。

「ミリ、買い物か?」

 ミリの隣に立って声をかけると、少しだけ身構えるが、声の主がナノと分かってか身体の力を抜いた。

「うん、うちは買い物。ナノも?」

 ミリは幾つもの品々を抱えており、魔石や溶解液もその中に含まれている。

「ミリに会いに研究棟に行くついでに何か買っていこうかと思って来たんだよ」

 蜜柑を手に取りながら答える。

「うちに?」

「おう。皆、休みの日に何してるのかなって思ってさ。さっき、テラやマイの所にも行ってきたんだよ」

 ――蜜柑が一袋一○エルグか。相場といえば相場か。

「あれ? でも、二人共女子寮にいるはずなの」

「ああ、だから直接出向いたんだよ」

 沈黙。思案。察知。

ミリの表情はマイに比べて分かりやすい。

「マイの部屋に入ったの?」

 話が幾らか飛躍した。

「ああ、本だらけでびっくりした」

 答えながら棚に並ぶ他の商品にも目を移した。

 ――苺もあるのか。こっちも一○エルグか。相場より少し安いか?

 苺が入った箱も手に取る。

「マイが部屋に誰かを入れるなんて珍しいの」

 少しだけ驚き混じりの表情。

「そうなのか?」

 ――ゼプトとリリスの分も買うか。

 更に蜜柑の袋と苺の箱を更に二つずつ加える。

「そうなの。マイはあんまり人と関わらないようにしてるから珍しいの」

「でも、一緒に鱈鍋食べる約束してきたぜ」

 ――蜂蜜の瓶もあるのか。果物の蜂蜜漬けもいいな。

 蜂蜜の瓶を手に取る。一○○エルグ。

「マイが鍋って言ったの?」

「おう、ミリも来るか? 俺達が住んでる方の寮で鍋祭りの予定だ」

 ――お、砂糖もある。これで苺ジャムを作ってもいいな。少し値が張るけど価値はあるな。

 砂糖を一袋抱える。一○○エルグ。

「でも、ササニシキから来る戦士の人達も男子寮に住むって話なの」

 ――そういえば、明日会うんだからそのまま男子寮に来るんだよな。

「じゃあ、そいつらも巻き込んで鍋だ。ならテラも誘わなきゃいけないな」

 ――おお! バナナもあるのか。珍しいな。

 バナナを一房手に取る。二○エルグ。

「じゃあ、うちも鍋に参加するの」

「おう、鍋は大勢で食ったほうがいいもんな」

 そう盗賊の頭も言っていた。


 ナノは手に持つ全てを購入する。総額二八○エルグ。ミリが購入した品々は溶解液や魔石だけで一○○○エルグを超えた。

「ミリ、いっつもそんな高いもん買ってんのか?」

「ううん。いつもじゃないの」

 溶解液を買うということは身体の一部、髪を溶かすということだ。

「そういえば、テラとマイは髪が長いのにミリだけ短いのってそれに使ってるからか?」

 ミリが手に持つ溶解液を指差す。

「うん。髪は伸びるのが早いし、長いと作業の邪魔なの」

 それでも肩にかかる程度に伸びた髪の毛先をくるくるとしながら言う。

「じゃあ、今から研究棟に戻るのか?」

「うん。まだ作業の途中なの。ご飯を食べたらまた作業するつもりなの」

 ミリの昼食はサンドイッチらしい。

「俺も行っていいか? 力仕事なら手伝えるぞ」

「大丈夫なの。今は実験ばっかりで力が必要なことはないの」

「そっか、じゃあ一緒に飯でも食べながら話そうぜ」

 まだまだ胃袋は空いている。

「うん」

「ミリは果物好きか?」

 手元にある苺や蜜柑やバナナを見せながら訊いてみる。

「果物が嫌いな女の子はいないの」

 そういってミリは笑った。屈託のない笑顔。

 ――そういえば、母さんも果物好きだったな。

 女の子というには言葉が過ぎるが。

「そうだな。だったら今度、蜜柑の蜂蜜漬けでも作って持ってくよ」

「本当に?」

 隣を歩くミリが顔をこちらに向けながら小首をかしげて訊いてくる。その瞳には期待混じりの光が宿っている。

「おう、この量だからな。余った分は蜂蜜に漬けようって思って買っておいたんだよ」

「ありがとう、ナノ」

 ――この調子だったら、テラとマイにも作って贈ってみるか。

 甘い物は人を笑顔にする。美味しい物は人にも食べてもらいたい。


 研究棟。

休みの日は平日に比べるとやや閑散としており、人の気配も以前に比べると希薄だ。

 ミリの研究室に入ると実験途中だったのか機材が組み立てられ、宙に吊り下げられていた。

「なんか、この前来た時よりも凄いな」

 機構が分からなくとも規模が規模なだけに圧倒される。

「今は二つの魔石で加速と減速の制御をする実験をしてるところなの」

 ミリは椅子を二つ、机を一つ出して並べている。

「ああ、わざわざ悪いな」

 二人は椅子に座ってそれぞれ食べる者を机の上に置いた。ミリならサンドイッチ、ナノならバナナだ。

「それで、魔石って色々あるのか?」

「うん。基本五系統二極の計十種類が主な魔石の種類なの」

 ミリはサンドイッチの袋を開きながら答える。

「基本五系統ってのは分かるけど、二極っていうのは何だ?」

 クローネが講義中に言っていたかもしれないけど、ど忘れしたらしい。

「二極っていうのは力なら加速と減速、熱なら加熱と冷却みたいな対極のことなの」

「ああ、そういうやつか。思い出した」

 実技の時間に石の加速と減速を散々やっていたからすぐ納得できる。


 ナノはバナナの皮を剥きながらミリの話を聞いていた。ミリは今まで作業を一人でやってきて、魔車について話すことができなかった分を話すようにナノに色々と話して聞かせた。

 ミリがサンドイッチを食べ終わる頃にはナノもバナナを一房食べ終えた。

「ミリはいつからマイと友達なんだ?」

 それは突然の話題転換。

「えーっと、マイと知り合ったのはまだ五歳ぐらいの頃なの」

「十年前か。長いんだな」

 ナノの十年前といえば、農作業をサボって山で遊んでいた気がする。

「その頃のマイはカンデラ家の長女として毎日舞姫の稽古をしていて大変だったの」

――神木を奉るってあれか。

「おうちの方も厳しくて、マイはいっつも難しい顔してたの」

 ナノには今でも難しい顔をしているように見える。

「そのことをリン姉様に話したら、マイを救い出すんだって言って、うちの腕を引っ張って、夜中にカンデラ家に忍び込んだの」

 凄まじい行動力である。

「その頃からリン姉様は魔術が使えたから、簡単にマイを家から逃がすことができたの」

 やはりマイはそのリン姉様と呼んでいる姉を慕っているようだ。

「それが切っ掛けだったのか」

「そうなの。それからマイとは友達なの」

 貴族といってもやっていることは子供の頃のナノとあまり変わらないらしい。

「そのことがバレた時はうちも姉様もマイと一緒に怒られたの。でも、楽しかったの」

「そうなんだ」

 ミリとマイの昔話を聞いていると、ナノはなんだか無性に三叉烏の二人に会いたくなった。筋肉が自慢な友達と無口で無愛想な友達。

 ――明日会う戦士ってのがあいつらだったらいいな。

 ナノの表情は口元が笑っているが、少しだけ寂しげな色が瞳に宿ったが、それを振り払うように話を続けた。

「じゃあさ、ミリは学校に来るまでテラとは知り合ってなかったのか?」

「テラさんは……うちのお父様が王様に貴族にしてもらったって話はしたよね?」

「ああ、この間聞いたな」

 ミリの父親が科学者としてガイ王に認められたという話。

「そういうことがあって、うちからテラさんに近付くと周りから媚びているって目で見られるし、テラさんもなんとなく分かってるのかな。うちのことを避けてる気がするの」

 ナノには良く分からない世界だ。

「それにテラさんは……」

 ミリは何かを言いかけてやめた。

「テラが?」

「ううん。これ以上言ったら陰口になっちゃうから言えない」

 そう言われれば無理に聞き出せない。ミリは誤魔化さず、はっきりと陰口になるから言えないと言った。

「そっか、なら聞かないでおくよ」

「ごめんなの」

「いいよ。悪口言いながら食べる飯程まずいもんもないさ。口直しに苺でも食べようぜ。この部屋で水は使えるか?」

「あ、うちが洗うから座ってて」

 そう言うならとナノは苺の箱をミリに手渡す。赤く小ぶりで甘酸っぱそうな苺だ。


 その後。

 苺を食べ終えたナノは研究室をあとにした。その際、ミリはナノに例の溶解液とそれを入れ分ける小瓶を手渡してくれた。魔女の身体の一部を溶かした液はそれだけで価値がある。使えば足りない魔素を補うこともできれば、売れば高値がつくものらしい。

 寮に戻る頃には午後三時。いつもなら授業が終わる頃だ。

「ただいま」

「おかえり」

 ゼプトの声が厨房からする。ゼプトは厨房にいるようだ。リリスはというと、風呂場のランプがついている。お風呂に入っているらしい。

「苺と蜜柑を買ってきたから風呂から上がったら食うか?」

 ナノは風呂場に向かってそういうとバタバタと足音が聞こえ、首だけを出してこちらを向く。烏の濡れ羽色。髪は黒く艶やかに濡れていた。

『食べます』

 文字がいつもより大きく乱れている。

「分かったから、きちんと着替えてこいよ」

 ナノはリリスに笑いかけながら、そのまま厨房に向かう。

「ゼプト、空瓶ないか?」

「空瓶なんて何に使うんだよ」

 夕食の献立を考えていたのか、食材が卓上に並べられている。肉か魚かどちらが主役か。

「果物の蜂蜜漬けでも作って皆に分けてやろうかと思って」

「ほう、ちょっと待ってろ。すぐに出してやる」

 ゼプトはごそごそと棚や引き出しの中を調べる。

「何個必要だ?」

「えーっと、テラ、マイ、ミリ、母さんで四つかな」

 ゼプトの手が止まる。

「ナノの母さんっていうとアマラのことか?」

 見知った人間の名前を言うような口調。

「ゼプト、母さんのこと知ってるのか?」

「……いや、フランから聞いたことがあるだけだ」

 棚を探るゼプトの表情は見えない。

「ほらよ」

 ゼプトが綺麗な大きめの瓶を四つ取り出した。これなら果物の蜂蜜漬けが作れる。

「ありがとう」

 瓶を受け取り、瓶にどれだけの苺と蜜柑が入るかを目算する。

――余りは全部三人で食べればいいだろう。

「これから夕食の準備をするから、そういうのは自分の部屋でやれよ」

「分かった」

 余った果物は全て居間のテーブルの上に置いておく。こうすればリリスが勝手に食べてくれるだろう。

 ナノは私室のランプを点けて作業を始める。

 溶解液と蜂蜜を間違えさえしなければ、問題ない。

 砂糖と蜂蜜を混ぜ合わせ、実家から持ってきた刃物でミカンを輪切りにする。柑橘系の爽やかな香りが漂い、思わず自分で食べたくなる衝動に駆られるが、自分で食べる分はすでに選り分けてある。

 蜂蜜の甘い香り、蜜柑の甘酸っぱそうな柑橘の匂い、苺の瑞々しくも甘酸っぱい香りが室内を満たし、そのどれもがランプの光を反射している。

 瓶の蓋を締めるまで本能と理性の戦いは続いた。


「ふぅ……」

 四つ目の瓶の蓋を閉めたところで一呼吸。

 ――夕食前にする作業じゃねえな。

 果物の蜂蜜漬けを封入した瓶を机の引き出しに閉まって、居間に戻ろうかと思っていた所でミリから貰った瓶が目に付いた。

 ――そういえば、これに髪とか爪とか入れたらいいんだっけか。

 自分の前髪をつまんでそろそろ切ってもいい頃だろうと思い、刃物を手に取り適当に切り落とす。量としてはそれほど多くないが、マイが髪の毛数本入れただけでも模型魔車が動いていたことを思い出せば、少ないくらいが丁度いいのかもしれない。

 全てを溶解液に入れ攪拌されると瑠璃色の髪は徐々に溶け、無くなり、無職透明だった溶解液も透明な瑠璃色に染まった。

 ――俺の髪も溶けるんだな。

 瓶を軽く揺らすと少しだけ粘度を持つ液が波打つ。

 その液体を幾つかの小瓶に選り分け、半分をホルダーに、半分を机の中に仕舞う。その様はより一層魔女らしく見える。

 魔素を封入した溶解液は薬液と呼び、使い方は魔術をかけたい対象に薬液をかけるといいらしい。例えば石を動かしたいなら石に、砂を動かしたいなら砂に。そうすると魔術の作用が強化されたり、足りない魔素を補う。そして、薬液に溶かした物は自分の身体の一部だから他者の介入も受けないという仕組み。

 そこでゼプトがナノとリリスの二人を呼んだ。夕食ができたらしい。

 居間に向かい、ちらりとゴミ箱を見れば蜜柑の皮が大量に捨てられていた。どうやらナノの食べる分はないらしい。

 今日の夕食は牛肉と白菜の煮込みとすまし汁。

 卓上に置いてあった牛肉とバラ肉と保存加工されてあった白菜で作ったようだ。

 すまし汁の方はしいたけ、小松菜、鶏肉が入っており、さっぱりとした見た目だ。

 これはご飯が進む。

「ナノ、明日は街に行くんだろ?」

 ゼプトが白菜を食べてご飯を掻き込む。

「ああ、課外講義ってやつだよ」

 ――そういえば、鱈も買ってこなきゃな。鍋は足りるかな。

 白菜で器用に牛肉を包み、口に入れる、

「ゼプト、この寮に鍋ってあるか? 十人ぐらいでつつくような鍋」

「さすがに無いな。必要なのか?」

 リリスは静かにすまし汁の飲む。飲みっぷりがいい。

「この寮に戦士の人達が来るってクローネが言ってたから鍋で歓迎してやろうと思ってさ」

「ああ、そんな話もあったな」

 やっぱりゼプトは知っていた。そして、そのことをナノに伝え忘れていたのは本当らしい。

「だったら、明日は俺も街に行くか」

 ――ゼプトだけ白菜より牛肉の比率が多いのは気のせいか?

「でも、街出届は昨日までだろ?」

 すまし汁のしいたけを摘む。

「街に行く手段は馬車だけじゃないだろ。まぁ心配すんな」

「だったら食材も頼んでいいか?」

「何鍋だ?」

 ゼプトの茶碗が空になる。

「鱈鍋、葱の代わりに春菊」

 ナノの茶碗も空になる。

「分かった」

 リリスの茶碗は二杯目だ。


 食後。

 ナノは身体を動かすため演習場へと向かった。ついでにリリスも誘ってみた。『行きます』とリリスは答えた。

 演習場はいつ見ても複雑奇怪の混沌摩訶である。

「リリスは素手と短剣が得意だったよな?」

『はい』

「俺も素手が得意だから一緒にやるぞ」

『分かりました』

 リリスは自信たっぷりといった様子。それに比べナノはリラックスしていた。気負いもなく身体の腱を伸ばして身体を温めていた。

 二人の模擬戦は命のやり取りをするほど苛烈ではないが、どちらかが気を抜けば怪我をする程度の張り詰めた気迫だ。

 リリスの体捌きは見事なもので小さい体を俊敏に動かして的を絞らせないようにしている。体重も軽いことと筋力が十分に発達しているため瞬発力に優れており、一撃一撃は見た目に反して重い。

 ナノはリリスの攻撃を受け凌ぎ、反撃の機会を伺っていた。とにかくナノは頑丈で些細な傷さえも負っていない。

 リリスの所作を一つ一つ見ていると左腕の動きが鈍い。そこは短剣で切り裂き傷を負わせた部分。例え傷が浅くとも動きは微妙に鈍るようだ。

 鈍い予備動作の隙をつき、伸ばしきらない左腕の手首を掴みながら、左腕でリリスの右肩口を突いてバランスを崩し、その勢いを利用してリリスの左足に右足をかけ引き倒す。

『参りました』

 掴んだ左腕を引っ張り上げてリリスを立ち上がらせる。

『驚きました。ナノは魔術よりも武術のほうが優れています』

「まぁ年季が違うからな」

 武術が十年で魔術が一週間だ。比べる方が間違っている。

『それにしても、ナノは頑丈です。ガードする腕をあえて狙ったにも関わらずかすり傷もつきません。短剣が深く刺さらなかったのも納得です』

「そんなに頑丈か?」

 自覚はない。

『はい。おそらく傷つけるには鋭く尖った刃のような物が適当です。打撃は余程上手く決まらない限り負傷させることはできません。何か秘密があるんですか?』

「秘密って、俺が何かを隠してるとでも思ってるのか?」

 ――リリスに隠しているものなんてない。たぶん。

『そうですか? 手応えとしては何かあると思ったんですが』

 釈然としないリリスだが、リリスが何を感じたのかをナノ自身が感じ取れなければなんとも言えない。

「俺のことはいいさ。それより、リリスも凄いな。左腕の傷が無かったらこう簡単には勝てなかっただろうな」

『そうですね。次は簡単には勝たせません』

 そう書いてから左腕の包帯を撫でる。

「そういえば、女の戦士って少ないのか?」

 明日会う戦士の中には一人女の子がいるという話を思い出した。リリスも女戦士の一人として話を聞いてみたいと思った。

『そうですね。女性は魔女、男性は戦士という社会通念がありますから、それに男性は筋力的に戦士に適正を持っています。それに比べると女性の戦士というのはやや目劣りしますね』

「ってことは男は力が強くて女は弱いってことか?」

『筋力だけで言えばそうです。しかし、心理的には女性であることを利用すれば男性にも簡単に勝てます。それに女性は筋肉が付きにくい代わりに軽いという利点があります。私とやって分かったと思いましたが、一撃一撃は鋭いです。軽くても速い。それが女戦士の利点です』

「ってことは裏を返せば男は重くて遅いってことにもなるのか」

『そうですね。筋力の増強、一撃の重さ、破壊力を突き詰めればそういうことになります。武器を使うならそれに拍車が掛かります』

 ナノは筋肉自慢の友人を思い出さずにはいられない。あいつは重量武器が得意そうだ。無口で無愛想な友人は弓が得意だったか。

『ナノ、私からも質問があるのですが、いいですか?』

「なんだ?」

『あの風呂場の正面にある何もない部屋はなんですか?』

 リリスに指摘されて思い出した。ベッドも机も椅子も窓もランプもない箱のような空き部屋。

「そういえば、あの部屋の使い道ってなんなんだろう。確か、あの寮の設計ってゼプトも関わっているんだっけか。帰って聞いてみようか」

『そうしてみましょう』

 明日は体力を使うことが予想されるため、疲れを残さないよう試合だけで満足して寮に帰る二人。

 ゼプトはお菓子を作っていた。

「ゼプト、何作ってんだ?」

「煎餅」

『食べましょう』

 蜜柑、苺、牛肉と白菜の煮込み、すまし汁、ご飯、それらを食べた上でこれである。

「ゼプト、煎餅いくらかもらっていいか?」

「おう、どんどん食え」

 差し出された煎餅は大皿の上に高く盛られていた。ナノはそれを受け取り、リリスに手渡す。

「お茶も淹れようか」

「座ってろ。俺が淹れる」

 ナノはテーブルにつき、煎餅を齧る。醤油味や塩味、海苔と種類は豊富だ。

 ――ゼプトの趣味ってもしかして菓子作りか?

 ゼプトがお茶を三杯いれてやってきた。

「ゼプト、あの広い空き部屋ってなんなんだ?」

 自分の後方を指差す。

「広い空き部屋ってこの部屋の向かいにある部屋か?」

「おう」

「あそこは研究生や研究員が使うような研究室みたいな工房だよ。ナノが実験をしたり、研究材料を保管したりする場所だ」

 ――研究室っていうとミリが使ってるみたいなああいう部屋のことか。

「でも、そういうのって研究棟があるんじゃないのか?」

「普通はそうだが、そもそもこの寮自体お前に貸し与えられた寮みたいなもんだからな。使い方は自由だよ。倉庫にするもよし、使わないのもよしだ」

 丸投げである。

「じゃあ、せっかくだから何かに使うか」

 テラのように音楽をする部屋か、マイのように本を置く部屋か、ミリのように実験をする部屋か。あるいはそれ以外の何かか。

 ナノが考えているうちに煎餅の山は三人の腹に収まった。


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