僕は君と君の世界を守ります。そんな僕を一生のお供にいかがですか。(2)
陸遜と孫姫の華燭の儀は盛大に執り行われた。陸家まで孫姫を運ぶ輿の拵えの見事さや供の者達の美しく立派ないでたち。さらに輿入れの際に下賜された宝物の数々に、人々はこの姫君がいかに孫権に愛されていたかを知った。
人々は祝い事に浮かれ、大いに騒いでいた。特に陸家の使用人たちは自分達の主人が立派な姫君を女主人に迎えたことを大層喜んでいた。
一人、物憂げなのは当の孫姫である。夫である陸遜とは、儀式の際に隣に並んだっきりで今は傍にいない。祝いに来た客人達の相手をしていて、孫姫は一人先に寝室に通された。
初めて顔を合わせた夫は、確かに叔父や侍女達が口を揃えて見目良い、端整な顔立ちだという通りの優しげな面差しだったが、孫姫は気が沈んでいてそれどころではなかった。
あれほど嫌だと言ったのに、聞き入れてくれなかった叔父。
もう戻ることはできないあの大好きな宮。
不安でしょうがなかった宮殿からここまでの道のり。
そして、自分があの陸遜のものになるという事実。
(きらいきらい。叔父様もお母様も侍女達も。陸遜も…)
孫姫は寝台の褥の中にもぐりこんで、掛布を頭から被った。
(あの男はいや…)
孫姫は知っていた。あの男、自分を妻に娶った陸遜の仇が、自分の父であることを。
自分の顔も知らぬ父が、陸遜の父や一族を殺したことを。
(陸遜は、一体なんのつもりでわたしを妻にするの? やっぱり復讐のため? いやだ。こわい。この屋敷にいるのはいや。これはわたしの寝台じゃないわ。庭も違う。部屋の匂いも違う…)
寝台には芳しい香が焚き染められていたけれど、それは孫姫が慣れ親しんだ香ではなかった。寝台も、これから夫婦二人で使うものだから今まで使っていたものとは大きさが違う。細工も使われている布も違う。
窓から見える庭も暗くてよくわからない。暗い庭は嫌だ。宮では煌々と灯りが点されて、夜でも庭は美しかったのに。
(帰りたい…。帰りたいよう…)
どうして自分がこんな目に合わなければならないのだろう。
あの嫌な従姉妹姫達が言うように、自分の父がもう亡くなっているからだろうか。自分が叔父様の娘ではないから、叔父様はこんな意地悪をして、父を仇と思う者の所へ嫁がせたのだろうか。
少し拗ねた考えで頭にいっぱいになると、孫姫は悲しくて胸が詰まった。
そしてその大きな目から、ぽろぽろと涙が零れていた。
(ここはいや…。私の世界に帰りたい…)