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1章・万屋かつ教師かつニートな24歳

「お主を入れるのは初めてだったな――――ようこそ、ジスティヴァール機密図書館へ。妾はお主を歓迎しよう」


 そう、俺が入るのは初めてだ。

 初めてのはずだが……どこかで視たことがあるような?

 デジャヴュってヤツか。発音が難しい。


「さて、お主に渡す魔導書だが……アリシア~!」


 アリシアが来てるのか? 確かに三回生になれば一定単位を取った時点で閲覧が許可されるはずだが、怪異が渦巻く機密図書館内部はフィーリスの引率がなければまともに歩くことすら出来ないと先輩から聞いていたが。


 と、思いを巡らせている間にアリシアが俺達の目の前に転移してくる。

 漆黒の法衣と魔法陣の光に包まれたその存在は、人類を天へと導く天使にも、人類を地獄へと誘う死神のようにも、思えた。


「お母さん、何か……あ!」


 俺の存在に気付いたアリシアが喜びの混じった驚きの声を上げる。


「来てくれたんですね。また会えて嬉しいです!」


「ああ、俺もだ」


 と、問題はそれではなく……


「お母さん、ってどういう意味だ?」


 隣に突っ立っているフィーリスに訊ねてみる。

 俺の聞き間違いでなければ、間違いなくアリシアはフィーリスのことを「お母さん」と呼んだ。

 苗字が違うし、第一、歳が離れすぎているはずだが……?


「どういう基準で『親』と呼べるかどうかは分からんが…………間違いなくアリシアは妾の娘だ」


 ……二人の間で何があったんだ?


「ま、そんな事よりお主の魔導書だな。アレを出してくれ」


「はい!」


 アリシアが魔法陣を展開。陣の意味は『転位』。

 かなり小規模なものだ。

 ま、本を出すのにそんなに大規模な転位術は必要ないんだろうが……。

 そして彼女の掌に本来あらざる物質が顕れる。

 その物体があったかもしれない、無限分の1の確率。

 それを彼女は引きよせ、手に取る。


「これは……?」


 そうして彼女の掌に顕れたのは、電子辞書ほどのサイズの端末。

 どう見ても魔導書には似ても似つかない代物だ。


「相変わらずシュアナはいい仕事をしおるな。ほれ、お前の魔導書だ」


 フィーリスは端末を受け取ると、それを俺の方へ差し出す。


「これが……魔導書…………?」


 どう見ても電子辞書にしか見えないが。


「その中にはこの機密図書館にある『金枝篇』みたいな基本的な魔導書のデータが五百ばかり入っておる。必要に応じて追加してやるから、これでバシバシ勉強するといい」


 ほぉ、狭い事務所にこういう省スペースアイテムは素直にありがたいな。


「壊すなよ~。シュアナ渾身の一品だ。壊れたらまたデータを一から打ち直さねばならんからな」


 バックアップぐらい取っとけよ。


「さて、アリシア。もう戻ってもいいぞ」


「はい。分かりました」


 アリシアは転位魔法を発動して俺達の視界から消え去って行った。


「ああ、それと、言い忘れていたが、お主が受け持つ学生はアリシアだ。よろしく頼むぞ」


 何デスト?

 アリシアのクラスを、俺が、受け持つ……?


「いやいやいや! 無理だろ! 絶対無理だって! アリシアは3回生だろ? 何も知らない俺が教えれることなんて無いって!」


「まあまあ落ち着け。人は魔術に生きるのみならず、だ」


 人を魔術教師に仕立て上げようとしておきながらよく言う。


「お主に頼みたいのはアリシアのクラスの担当ではない。アリシアの専属として就いて貰いたい」


「はぁ!?」


 なにお言っとるですかこのひとわ?


「お主も知ってるかもしれんが、アリシアは魔術に関する恐怖が無い。全く、微塵も、これっぽちも無い」


「まあ、そうだな」


 魔術に関わって後悔してないかと訊いた時、どうして後悔するのかと逆に訊かれた事を思い出す。

 しかも戻って良いと言われた時のアリシアは単なる好奇心から生まれる以上に嬉々とした感情を持って魔術に関わっているようにも思えた。


「多くの者があやつに恐れをなして、教師を辞退したくなるほどに、あやつの魔術に対する探究心は凄まじい。今ではここの図書の四分の一ほどが読破されてしまった」


 底が知れない機密図書館の蔵書の四分の一を読破した?

 そんな化け物じみた人物に俺が何を教えろと?


「それ故にな、普通の人間の生活を殆ど知らんのだ」


「ちょっと待ってくれ。アリシアは幾つもバイトを掛け持ちしてるって言ってたぞ? 普通の生活満喫してるんじゃないのかよ?」


 そもそもアルバイトでもしなければ親の脛を齧る以外に生活をまともにやっていく方法は無いはずだ。


「魔術でな、自分の分身を幾つも作り出して後は自分の擬似人格に任せておるのだ。それを軽々やってのけるだけの能力をあやつは持っておったからな」


 成程。止める理由も無かったから結局このまま、と言う事か。


「本来なら親である妾の責任なのだが、生憎と妾は、普通の人間ではない」


「……そこで、俺か」


「そうだ。多少変わった職に就いてはいるが、お主なら魔術を知っておるからこの学科の教師に来てもいいし、齧っただけの知識しかない。つまり多少人より魔術を知ってるだけの人間。妾から見れば十分に普通の人間だ」


「他の奴らは普通に就職したからほぼ無職同然の俺にお鉢が回ってきたって事か」


 普通大学を卒業するぐらいの学力を持ち合わせていたら、どこかに就職するだろう。

 就職せずに万屋やってる時点で俺は普通な人間ではないような気がするが、四百歳以上の魔女よりは普通なんだろうな……。


「そうだ。……と、言うわけで、頼むぞ」


「……魔術の本懐に足を踏み入れるとかって話はどうなった?」


「ああ、そう言えばそんなことも言っておったな」


「俺の覚悟を返せ!」


「どうせ金で釣られおったクセによく言いおる」


 う……それを言われると何とも反論し難い。


「そんな事より、名目上、お主はアリシアの家庭教師的な位置づけになるのでな。多少の知識はつけておいて損は無い。魔術の本懐に足を踏み入れてみるもよし、このまま基礎を齧るだけもよしだ」


 深い浅いはあっても、もう魔術からは逃れられないって事か……。


「とりあえず、これを読んでから、だな」


「くれぐれも軽い気持ちで読むなよ。腐っても魔術の基礎となる魔導書なのだからな」


「わかってる」


 魔術の本懐に足を踏み入れる、ねぇ。

 仮に踏み込むとしたら、俺は、彼女のように、無事で居られるのか……?


   ▼


 事務所に帰り、この先一年分の家賃を支払うと、俺はソファに寝転がった。

 悲しいかな。実はこの事務所にはまともな布団すらないのだ。


「……ふぅ」


 何にせよこれで家賃に困る事はない。

 ただ、これから貯金の残高には気を配るようにしないとな。

 なんせ今月は家賃だけで蓄えを全て使い尽くしてしまったし……。

 その後に依頼が全く来ないというショッキングな出来事があったからあんな事になったワケだが……。

 普段なら一週間もあれば何かしらの依頼は来てたのだが、どうやら見誤ってしまったらしい。

 しかし、臨時とはいえ、教師という職を手に入れたので当面は俺の生活も安泰だ。

 ただ……その間はここを離れないといけないワケで……


「万屋、どうすっかな……」


   ▼


 翌日、


「おお、それなら心配はいらん。仕事が入ったらアリシア共々働きに行くがよい」


 流石、融通が利くのはフィーリスの良い所だ。

 ただ……


「アリシアと……か?」


「何だ? 妾の娘では不満か? いつの間にお主は妾の娘にケチをつけられるような身分になりおった?」


「いえ、そのようなつもりで言ったワケではございませんです。ハイ」


 不満とかは全く無い。むしろアリシアの魔術は推測の域を出ないが、俺の仕事にかなり役立ってくれるはずだ。

 それ以前に、アリシアほどの魔術師なら、むしろ俺の方が助手に回るべきと言えるぐらいだろう。


「……アリシアの協力が貰えるのはむしろありがたい。けどよ、講義を抜けるのはまずいんじゃないのか?」


「なんだ、そんな事を気にしておったのか? そもそもここで誰が単位を与えてるのかを知らんのか?」


 ですよね~。


「そもそもアリシアは最低限しか講義に出ん。いつも昨日みたいな調子で、引きこもって魔導書と睨めっこしておるからな。大体の時間は空いておる」


 それほどまでに引きこもってるのか。

 そんな人間に俺が教えられるのは常識のみ、か。


「お主は事務所で暇を持て余して、客が来れば連絡してくれればよい。アリシアを送りつけてやろう」


「さいで……」


 成程な。俺の役目は常識を座学で教えるのではなく、むしろ引きこもりなアリシアを外に連れ出す事が本命だったワケだな。

 しかし、昨日の事といい、アリシア本人の意思お構いなしだな……。

 せめて立ち会わせるなり何なりさせるべきだと思うが。

 ……ま、これで後顧の憂いは今度こそ無くなった。

 アリシアとの一対一の授業か……主に情操教育に関して。

 外に連れ出すだけで、良いんだろうか?


「ん、どうした? 若い男女が二人っきりというシチュエーションに興奮しておるのか? 言っておくがアリシアはおぬしより強い。無理矢理でモノに出来ると思うでないぞ」


「そんなことじゃねぇよ。ただ、情操教育って、外に連れ出すだけでいいのかなって、な」


「もちろん連れ出すだけでは不十分だ。しかし、だからこそお主の職種が役に立つのだ」


「……確かにな」


 万屋には様々な仕事が舞い込んでくる。

 浮気調査のような探偵紛いの事から、機械の修理、落し物の捜索、土木作業の手伝い等々……。


 ただ、仕事が入らない時は全く入らないんだよなぁ。

 この先殆ど仕事が入らない可能性だってあるワケで……。


「ま、仕事が入るまではお主はこの大学に教師として籍を置くだけのニートだ。精々自宅でも警備しておくのだな」


「ニートって言うな!」


「黙れニート」


「はい……」


 くそぅ。相手が魔女じゃなくってただの生意気なガキンチョなら俺でも勝てるのに……。


「分かったらサッサと帰れ。研究の邪魔だ」


「何かいきなり俺の扱いが酷くなってませんか? フィーリスさんや」


「黙れニート♪」


 笑顔で言われた。

 面と向かってニートって連呼されると結構堪えるな……。

 これ以上精神的苦痛を受けないよう、俺はフィーリスの研究室を立ち去った。


   ▼


 帰路につき、事務所の前で俺を出迎えてくれたのは人の良さそうな中年のオジサン。

 ま、まさか……! お客様!?


「万屋はここって聞いたのですが、間違ってませんか?」


 キタァァァアアアアアアアアアアア!!


「はい、ここは確かに万屋ですよ。時計の修理から浮気調査まで、何でもお手ごろな値段で請け負います」


 久しぶりの依頼主だ。ここはひとつ、懇切丁寧な対応をしなければ。


「ああ、良かった。実は、私が飼っていた蛇が逃げ出してしまって……捜索を依頼したいんです」


「蛇……ですか? それなら警察に届け出た方が……」


 と、言った所で取り忘れていた今日の新聞の一面が目に入る。


《連続猟奇殺人事件に関して、警察がかつてない大規模な捜査を開始》


 場所がこの近辺か、確かに、これが相手じゃ蛇の失踪は見劣りするからな……。


「確かに、今の警察は動いてくれないでしょうね。分かりました! 請け負いましょう」


 何にせよ、金が入るなら警察の領分を侵したって良いか。

 どうせ気付きゃしないし、気づいた所でどうこうしようなんて考えないだろ。


「発見出来次第、連絡しますのでこちらに電話番号をお願いします。後、蛇の特徴を可能な限り詳しくお教え下さい」


「はい、分かりました」


 久しぶりの依頼だ。腕がなる。


   ▼


「……と言うワケで、蛇探しをする事になった」


「この辺りで連続猟奇殺人が起きたおかげで、ですよね……」


 被害者の方には申し訳ないが、今回はそれで儲けさせて貰おう。


「ま、複雑な心境なのは分かる。そう言う時は、本来見捨てられてしまう人を救えると考えるといい。そうすりゃ少しは気も紛れるだろ」


 全を救える英雄など存在しない。彼らは《多く》を救いはするが、《全》を救える者など、この世に存在しないのだから。

 そして俺はその英雄ですらない。


「……そう、そうですね。前向きに考えないと、ですね」


「ああ、そんじゃ、そろそろ出発するか」


「はい!」

ようやく1章掲載です。

勉強と趣味の両立が困難になりつつある今日この頃です。

こんな小説を読んでくださるごく少人数の方のため、がんばってみたいと思います。

書き溜めてた分は完全消費しちゃいましたので、次話投稿は随分遅れる見通しです。

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