13章・身の程知らずはひどい目に遭うのが常識
依頼人さんの話通り、殺人犯は現れた。
彼は携帯電話を弄ってる私に、気づかれてない、と思いながら近づいてくる。
少しずつ、少しずつ、近づいてくる潜められた足音に注意を払い、待つ。
彼我の距離は20メートルほど、まだまだ遠い。
罠を張る方が大変なのは、常に受け身でいなければならないということ。
いついかなる時も、能動的に罠にかかってくれる敵など存在しないのだから。
気づかれないことを祈りながら、待つしかない。そう、待つしかないのだ。
彼我の距離はようやく15メートルを切っただろうか。足音もかなり鮮明に聞こえるようになってきた。
ここで私は足を止め、携帯に忙しなく文字を打ち込んでいるフリをする。
私が止まったことで、距離は一気に縮まる。
もう聴覚強化しなくても、足音が聞こえる。
私は開戦の狼煙を上げるように、ゆっくりと振り返った。
「ひゃひゃひゃ! 死ね!」
意味不明な、けど下品だと分かる笑い声を上げながら、ナイフを構えた男が突っ込んでくるのが見えた。
私は魔法陣を展開。確率事象を弄る。
瞬間的に行使を終えたため、向こうには一瞬光ったようにしか見えなかったことだろう。
次の瞬間、ナイフは空を切り、私の足に蹴躓いた殺人鬼さんは勢いよくヘッドスライディング。
「はい、ここまで」
私は足を踏みつけ、ナイフを取り落とさせる。
あとついでに、腰のホルスターごと拳銃もはぎ取っておく。
殺人鬼さんはほぼ完全に無力化した。
図書館にいた怪異の方がよっぽど危なかったですよ。
でも一応保険はかけておかないとですね。
私はナイフを拾い上げ、殺人者さんの二の腕に突き立てた。
「あ゛ぁあああああ!」
もう片方の腕にも突き立てて、と。
次は脚。
「ん? 何の騒ぎだ?」
まだ処理が終わってないのに、依頼者さんが建物の陰から姿を現す。
「この人いきなり襲いかかってきて……通報お願いします!」
仕方ないので、予定を繰り上げてイヤホンコードで犯人さんの腕を締め上げる。
その間に依頼人さんが警察に通報して、完全に任務完了。
「…………て、アリシア。何やってんだ!?」
「…………?」
見ればリックさんの顔が怒りと驚愕の入り混じった色を醸し出している。
何かいけないことをしたのだろうか?
私を殺そうとしたのだから、この人は最悪殺されても文句は言えないはず。
私がしたのは腕の無力化くらい。
何の問題も無いはずなんですが…………。
「あ、あの……私、何か失敗しましたか?」
不安になったので、訊ねてみる。
「あのな。この世界じゃな、殺されかけたからと言って、相手を不必要に傷つけたりしちゃいけないんだ」
「そうなんですか?」
知らなかった。
少なくとも図書館でそんなことは無かった。
「そうなんだ。分かってくれたら、そのオッサンの腕直してやってくれ。あと記憶操作もな」
「はい……」
言われたとおり、傷を塞ぎ、記憶を書き換える。
「終わりました。通報お願いします」
「ああ、分かった」
そう言いつつも、依頼者さんが通報する様子は無い。
後ろでリックさんもどういうことか、と言わんばかりに首をかしげている。
何か、まずいことをしたのだろうか?
それとも、何か、見落としていることがあるのだろうか?
私は辺りの気配を探ってみた。
視覚、聴覚、触覚はもちろん、魔力流にも気を配ってみる。
「――――――――ッ!!」
私はようやく理解した。
周囲には私のまき散らした魔力の他に、リックさん、依頼者さんの魔力が流れを作っているはず。
犯人さんは魔法を知らないから、流れを作れないはず。
なのに、流れが妙だ。そこから流れ出しているような気がしてならない。
つまりやるべきことはひとつ。
「ハスター!」
私は新訳・無名祭祀書を左手に執る。
右手は耳へ、召喚系の術行使の代価を用意するために血を使うことが多い私は、ピアスに仕込みを用意してある。
ある操作をすると、刃が飛び出し、親指の皮に浅い切れ目を入れる。シュアナさん作の逸品だ。
わずかな量の血液が、親指より流れ出す。
それを代価に、私は術を行使する。
召喚結界が起動。世界が裏返る。
「結界……『風の牢獄』か。風系統の旧支配者の力が有効に発揮できる結界……まだまだ基本術式だな…………」
ご丁寧な事に依頼者さんが説明までしてくれる。
「別に、外で暴れるワケにいかないだけですよ」
「だろうな」
さて、こちらの準備は完全に整った。
「では、始めましょうか」
私は戦闘開始を宣言した。