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本物の温度  作者: 幽鬼
『ナナシという存在』
1/14

ナナシ

ナナシ。


それが、

この存在を表す呼称だった。


もちろん、

戸籍上の本名は存在している。


学校でも、

親からも、

普段は別の名前で呼ばれている。


しかし、

「ナナシ」

という呼称の方が、

存在としては本質に近い。


何故なら、

ナナシは、

固定された人格名ではないから。


相手によって揺らぎ。


理解される形へ変化し。


定義され続けている存在。


だから、

特定の名前へ固定されるよりも、


「名無し」


という曖昧な呼称の方が、

ナナシという存在を正しく表していた。



年齢


12歳。


小学六年生。


まだ子供だった。


しかし、

この「子供であること」は、

ナナシという存在において、

非常に重要だった。


何故なら、

ナナシはまだ、

完成された社会の枠組みへ、

完全には組み込まれていないから。


倫理。


常識。


善悪。


社会性。


空気。


大人は、

それらを積み重ねながら、

自分の感情へ蓋をしていく。


しかし、

子供はまだ違う。


感情が近い。


揺らぎが近い。


本音が近い。


だからこそ、

ナナシは、

人間の奥側へ、

より強く触れてしまう。


そして、

ナナシ自身もまた、

純粋だった。


「知りたい」


という欲求が、

まだ何にも汚染されず、

そのまま存在していた。


だからナナシにとって、

学校とは世界だった。


朝の教室。


放課後。


帰り道。


友達との会話。


夕方の空。


そうした日常そのものが、

人生の大部分を占めている。


だからこそ、

その中で生まれる揺らぎは、

強く煌めく。


子供であること。


それは、

ナナシが、

本物へ異様なほど敏感である理由の一つだった。



ナナシの外見は、

一言で言えば、

「儚い」


そんな印象を与える。


威圧感はない。


人畜無害に見える。


どこか静かで、

柔らかい。


第一印象としては、

「優しそうな子」

へ近い。


しかし、

不思議と記憶へ残る。


美形を強く押し出すタイプではない。


むしろ逆。


印象は薄い。


なのに、

何故か忘れにくい。


そんな存在感だった。



ナナシの目は、

普段は柔らかい。


静かで、

穏やかで、

少し眠たそうにも見える。


しかし、

「知りたい」

が強くなった瞬間だけ、

急に深くなる。


まるで、

水面の下へ、

暗い深淵が口を開くように。


その瞬間だけ、

ナナシの異常性が、

静かに露出する。


だから、

ナナシの目を見た人間は、

時々言葉に詰まる。


「今、

何を見られたんだろう」


と、

無意識に感じてしまうから。



髪色は、

黒に近い。


ただし、

真っ黒ではない。


光を混ぜ込んだ黒。


あるいは、

様々な色が混ざり続けた結果としての黒。


そんな印象を持っている。


これは、

ナナシ自身の存在構造とも近い。


相手視点の定義。


感情。


理解。


温もり。


揺らぎ。


それらが、

接続のたびに、

少しずつ混ざっていく。


だからナナシは、

単純な白でも黒でもない。


混ざり続けた色として、

静かに存在している。



雰囲気


ナナシは、

静かな子だった。


騒がしくはない。


自分から中心へ立とうともしない。


しかし、

気づけば、

人の輪の中にいる。


それが、

ナナシの不思議な部分だった。


普通、

静かな人間は、

一人寄りになりやすい。


空気になる。


壁際へ寄る。


しかし、

ナナシは違う。


元気な子とも遊ぶ。


静かな子とも話す。


問題児とも接する。


真面目な子とも会話する。


それが、

全部自然に成立している。


何故なら、

ナナシは、

相手が理解可能な形へ、

自然に揺らいでいるから。


だから、

誰といても違和感がない。


無理をしているようにも見えない。


まるで最初から、

そこにいたかのように、

輪の中へ存在している。



ナナシを象徴する色は、

黒だった。


ただし、

一般的な意味での黒ではない。


闇。


冷たさ。


絶望。


そういう単純な色ではない。


ナナシの黒は、

様々な色が混ざった結果としての黒だった。


相手の定義。


感情。


温もり。


理解。


矛盾。


接続。


それら全てが、

少しずつ混ざり続けている。


だからナナシは、

単色ではない。



そしてもう一つ。


ナナシには、

灰色の印象も存在する。


白でもない。


黒でもない。


善でも悪でもない。


未定義。


境界。


揺らぎ。


混ざり続けている途中。


ナナシは、

常にその曖昧さの中に存在している。




ナナシにとって、

「光」

は非常に重要な意味を持っている。


しかし、

それは単純な明るさではない。


本物が露出する瞬間。


表層から深層へ落ちる瞬間。


建前から、

言葉ではない本音が覗く瞬間。


その刹那だけ生まれる、

一瞬の煌めき。


ナナシは、

それを光として認識している。


だから、

晴れた日が好きだった。


朝の教室が好きだった。


人が笑っている日常が好きだった。


何故なら、

表層が輝いているほど、

その奥にあるものも、

より強く煌めくから。



周囲から見たナナシは、

「優しい子」

として認識されることが多い。


気遣いができる。


一緒にいて安心する。


話しやすい。


空気が柔らかい。


自然に隣へいてくれる。


そんな印象を持たれやすい。


しかし、

重要なのは、

全員が違うナナシを見ていることだった。


元気な子から見れば、

一緒に遊んでくれるナナシ。


静かな子から見れば、

寄り添ってくれるナナシ。


問題児から見れば、

芯の強いナナシ。


真面目な子から見れば、

完璧に近いナナシ。


全部違う。


しかし、

全部本物だった。


何故なら、

ナナシは、

相手が理解可能な形へ、

自然に揺らいでいるから。


だから、

誰も違和感を抱かない。


そして、

みんな少しだけ感じている。


「この子は、

ちゃんと自分を見てくれている」


と。


それこそが、

周囲から見た、

ナナシという存在だった。

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