第4話『幸せのアヒージョ』
「お待たせしました、こちらアヒージョです。鍋は熱いから気を付けて。あとパンのおかわりは自由ですので言ってくださいね」
そう言って店主はアヒージョの入った黒い小鍋と、程よいサイズに切ったバケットをカウンターに置いた。
オリーブオイルとニンニクの濃厚な香りが、悪魔的に食欲を刺激する。
「いたらきまぅ」
いただきます、と言ったつもりだけど、口の中の唾液が私の滑舌を殺した。
右手で木製のスプーンを手に取り、まずはチーズを避けてオリーブオイルを掬う。
少し固めのバケットを一切れ左手に持ち、鍋の上でオリーブオイルをかける。
オリーブオイルがパンに染み込んでいく様を見ていると、視覚から送られる信号全てが食欲に変換されて、早く食べろと脳内で強い警報が鳴る。
私はバケットにかぶりついた。
外側バリッ内側モチッの食感が、私の口を喜ばせる。
その直後に来る強烈なニンニクとオリーブオイルの香りが口の中に広がり、私は目を閉じた。
今は視覚なんていらない。
五感全てを味覚に全振りするんだ。
それがこの料理に対する礼儀。
一口目を思いっきり楽しんだ後、今度はタコとエビをチーズに絡め、バケットに乗せてゆっくりと口に運んだ。
そしてまた目を瞑る。
顎を動かす度にエビがプリッと、タコがコリッと弾ける。
そこに始めからあるパンのサクッが加わり、サクップリッコリッの三重奏が私の口内で奏楽された。
その直後に、カマンベールチーズの芳醇な香りが、まろやかに全ての具材をまとめていく。
ああ、カマンベール。
君は指揮者だったんだね。
こんなにも激しい曲すら、君は優しく包み込んで一つの音にしてしまうんだね……。
「おまん、そがあキツい匂いの物、なんちゅう顔で食うがじゃ」
急に肩を叩かれて、私はビクッと体を震わせた。
妄想の世界から現実の世界に意識を戻す。
振り返ると、さっきの和服が私の肩を叩きながら声を出して笑っている。
反応に困っていると、今度は店主が私に笑顔で言った。
「美味しそうに食べてもらえて、嬉しくなりますね」
「まっこと、こがあおっこう喜びよるっちゃ、ひさに見て嬉しいぜよ」
和服が何て言ったのか全然聞き取れなかったけど、取り敢えず分かったことが一つある。
私、とんでもなく恥ずかしい顔してたんだ……。
そう思うと、私の顔は一気に赤くなった。
それに気付いた和服が、さらに私の肩を叩いて笑った。
「あっはっはっ、おまん、おもろいのう!」
くっ……。
もう帰りたい……。
「龍馬さん、その辺で」
店主が苦笑いを浮かべて和服を抑止する。
私は顔を隠すように俯いて、両手で湯呑みを取って水を啜った。
和服が笑いながら自分のテーブルに帰り、私は安堵の溜め息を吐いたのだった。




