第3話『伊太利』
「いらっしゃい、お好きな席にどうぞ!」
店内に入ると、明るい男性の声が響いた。
カウンターに椅子が5席と、ベンチ椅子が前後に備わったテーブル席が二つ。
店内はブラウンの色合いが強く、全体的に木製でアンティーク調だ。
古臭さは全く感じず、清掃が行き届いているのか、清潔感があった。
こぢんまりとした雰囲気のいいお店だ。
店内にはカウンターの向こう側に白いコックコートを着た30歳くらいの男性が一人いるだけで、お客さんは誰もいない。
このコックはホームページに店主として写真が載っていた。
「お邪魔しまーす」
そう言って私は、折角なのでカウンターの椅子に腰を下ろした。
「こちら、見本の絵です」
そう言って店主は、メニュー表と水の入った白い湯呑みを私の前に置いた。
見本の絵……。
随分と変わった言い方だな。
そしてなぜにコップじゃなくて湯呑み……?
気にはなったが、朝からフランクフルト1本しか食べていない私のお腹が、思考することを拒んだ。
ゆっくり、メニュー表を開けてみる。
パスタ、ピザ、アヒージョ、カルパッチョ、タリアータ、パエリア、フリット、バーニャカウダ、アクアパッツァ……。
それらの料理名が、写真付きで書かれてある。
ここ、イタリア料理のお店なのかな?
そう思いながら次のページにメニュー表をめくる。
カレー、ラーメン、チャーハン、ナポリタン、丼、ハヤシライス、オムライス……。
急に日本の洋食レストランのメニューになった。
イタリア料理専門店じゃないけど、イタリア料理が得意ということなのかな?
あえてナポリタンを1ページ目のイタリア料理に書かないところが、いかにもイタリア料理に拘っている気がする。
『レストラン永久伊光』
ふと店名を思い出し、私は納得した。
ああ、そうか。
永久伊光の伊って、イタリアを指す文字だよね。
永久にイタリアンで光る……か。
「すみません、これください」
そう言って私は、カマンベールチーズとタコとエビの入ったアヒージョを頼んだ。
「ウチのアヒージョ、結構ニンニク入ってますけど、大丈夫ですか?」
何も問題ない。
むしろガッツリとニンニクを入れてもらいたい。
急にスタミナ系のラーメンなんかを食べたくなるかもしれないから、私は常に清涼カプセルを持ち歩いているのだ。
「はい、大丈夫です!」
元気良く返事すると、店主はニコッと笑った。
その爽やかな笑顔に、ドキッとする。
ヤバい……。
お腹が空いてるから、おかしなテンションで返事をしてしまった……。
ニンニク好きの変な女と思われたかな……。
一旦落ち着く為、湯呑みの水を一口飲む。
その時、店のドアが開いた。
「こんにちはー!」
元気良く挨拶をして店に入ってきたのは、小学生くらいの女の子だった。
一歩店内に入り、深々とお辞儀をしている。
なんて礼儀正しい子なのだろう。
「エッちゃん、シャワー浴びて着替えて来な!」
店主にそう言われた女の子はニコッと笑って「はい!」と、これまた元気良く返事をした。
そして店内奥へと消えていく女の子を、私は不思議に眺めた。
黒いボブの髪型。
薄く茶色に汚れたシャツに、農作業をする時などで着用する、もんぺを穿いていた。
なんか、戦時中の服装みたいに見えたのは気のせいだろうか……。
京都の子供たちの間では、ああいう服装が流行ってるのかな……?
さすがに空腹よりも好奇心が勝り、店主に質問する。
「あの、店主さん。さっきの子って……」
「ああ、ウチの看板娘ですよ。エッちゃんって呼んであげてください」
我が子を他人にあだ名で呼ばせようとする店主が妙に微笑ましく感じ、私は笑った。
「はい、エッちゃんですね。可愛いお子さんですね!」
「ええ、可愛いです。あっ、でも俺の子じゃないですよ。まだ未婚なので」
そう言って店主は笑った。
俺の子じゃない……か。
親戚の子とかだろうか?
引っかかる言葉だけど、今はそれより服装が先だ。
「エッちゃんの服装って、もしかして京都で流行っていたりするんですか?」
「ああ、あれはですね……」
店主がそう言いかけた時、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
元気良く店主が声を出す。
ふとドアの方を見た私は、目を大きく見開いた。
まるで時代劇でも見てるかのような、小袖に袴という和服の男が立っていたからだ。
よく見ると刀も差している。
この近くで時代劇の撮影でもしているのかな……?
「大将、こっち座おてええがか?」
そう言って和服の男は、ドア側のテーブル席を指差した。
「ええ、どうぞ!」
「ありがとう」
そう言って男は刀を鞘ごと抜き取り、2~3人は横に座れるであろうテーブル席のベンチ椅子に腰掛け、隣に刀を置いた。
店主が男にメニュー表と湯呑みを持って行く。
男はメニュー表の受け取りを拒否して、指を横に振って「チッチッ」と舌を鳴らした。
「もう品書きは覚えたがや」
自慢気にそう言う男に、店主は笑った。
「もう、歴としたウチの常連ですね」
「そうぜよ。こん飯屋はまっこち旨あてかなわんちや」
聞き耳を立てていた訳じゃないが、ここで店主から聞き捨てならない言葉が出た。
「龍馬さんにそう言ってもらえると、本当に嬉しくなりますね」
龍馬……?
龍馬っていう名前、歴史上有名な人名だけど、それがあまりにも有名過ぎるのか、その名前を付けられる子供は案外少ない。
「それで、今日は何にしますか?」
店主がそう聞くと、男は少し思案して言った。
「ほうじゃのう、今日は明太子のピザとサーモンのカルパッチョをくれんかえ?」
あんまり方言に詳しくないけど、土佐弁ってあんな感じだったような……?
確か、坂本龍馬の出身地って土佐だよね?
「龍馬さん、好きですねえ、サーモンのカルパッチョ」
「まっこち好いちょるんは鰹じゃけんど。土佐で鰹のカルパッチョ作りゃ大ウケぜよ」
あっ、土佐って言っちゃってるじゃん。
やっぱりこの人、土佐の人なんだ……。
「鰹のカルパッチョですか。今度品書きに加えておきますよ」
店主の言葉に身を乗り出して喜び、男は両手で店主の右手を取って、上下にブンブン振った。
「げにまっことかや!」
うん。
今何て言ったのか、私には解析不能だ。
だけどなんか凄い嬉しそうだ。
全身で喜びを表現している姿が、見ていて気持ちいい。
「龍馬さん、こちらのお客さんの後なんで、料理は少々お待ち下さいね」
男は再度、指を横に振って「チッチッ」と舌を鳴らして言った。
「ええっちゃええっちゃ、かまんぜよ」
そう言って男は、急に歌い出した。
「とさの~こお~ち~の~はりま~やば~あ~し~で~」
おいおい、凄いなこの人。
私、初めて見たよ、レストランで歌ってる人。
そういえば、エッちゃんのこと聞きそびれてしまったな……。
まあ、いっか!
そんなの後で聞けばいいし。
お腹空いたし、今は質問するより、早く料理を作ってもらおう。
アヒージョのグツグツと煮えたニンニクの香りが店内に広がり、私は口から出てきそうなヨダレを飲み込んだのだった。




