第1話『お父さんの謎の手帳』
お父さんが亡くなり、遺品整理をしている時だった。
古ぼけた黒い革製の手帳があったので、ふと手にとって中身を開けた。
「お父さんが若い頃に使っていたやつかな?」
中身はお父さんが勤めていた、トラック運送会社のことが書かれてあり、作業内容が事細かにメモされていた。
日付は平成5年6月と記してあり、たまに上司に対する愚痴なんかも書かれてある。
きっと、お父さんが新入社員の頃に使っていた手帳なのだろう。
お父さんにもこんな時代があったんだなと、涙を滲ませてクスりと笑った。
何気に次のページをめくる。
私は目を大きく見開き、そこに書かれた異質な文字の羅列を凝視した。
『1996_08_30_pretty_tanaai_』
その下には、こう書かれてある。
『京都、居酒屋永久、田中愛莉ラインアイディー』
思わず、前後のページを見開きするが、やはり平成5年に書かれたメモのようだ。
「何だろ、これ……」
ラインのIDがなぜ平成5年に使っていた手帳に書かれてあるのか……。
ラインって、スマホアプリのラインだよね?
いや、これは仕事で使う為のIDナンバーで、たまたまスマホアプリのラインIDみたいな文字列になっているだけなのかもしれない。
「プリティー……」
思わず、声を出した。
プリティーなんて言葉を仕事で使うIDナンバーに入れるのは、ちょっとふざけているようにも感じる。
押入れのかなり奥にしまってあった段ボールの中から出てきた手帳だけど、最近になって書き足した物なんだろうか?
「この数字も気になるんだよなあ……」
1996_08_30という数字。
これは1996年8月30日が誕生日なんじゃないだろうか?
そうじゃなくても何かの記念日だと思う。
でも、そうだとしたらそれもおかしい。
1996年は平成8年だ。
これが平成5年のメモに書かれているのは、どうにも腑に落ちない。
私はスマホを使って『京都、居酒屋永久』で検索してみた。
スマホ画面をスワイプして検索結果を見てみるが、永久という名前の居酒屋は出てこない。
もしかしてもう閉店してしまったのだろうか?
代わりに検索結果で出てきた、レストラン永久伊光というお店のホームページを見てみる。
お店の紹介文があり、そこには2年前に居酒屋からレストランに転身したと書かれてあった。
もしかして、同じお店だろうか?
このお店は、現在も京都で営業中らしい。
口コミ評価を見ていると、目を引く一文が書かれてあった。
『千堂祐介、田中愛莉という名前の方は、お食事代が全て無料になるらしい』
また出てきた田中愛莉という名前……。
いや、それよりも私が気になったのは、千堂祐介という名前だ。
一件だけではない。
他の口コミにも度々、千堂祐介という名前が書かれてある。
千堂祐介は、お父さんの名前だ。
これはきっと、何かある……。
私はカレンダーを見た。
カレンダーにはバイトのシフトを記入している。
今日も明日もバイトのシフトは記入されているけど、バイト先の店長には来週の頭まで忌引で休んでいいと言われている。
「次のバイトは4日後か……」
お父さんの火葬や納骨は既に終わっている。
細かい手続きはまだ残っているけど、それはきっとお兄ちゃんが全部やってくれるだろう。
「行ってみようかな、京都……」
このレストラン永久伊光というお店に行けば、メモの謎が何か分かるかもしれない。
いや、例え得るものが何もなかっても、それならそれで、小学生の修学旅行以来の京都旅行を楽しんでもいいじゃないか。
時刻は午後1時。
東京から新幹線で京都に行けば、まだお店の営業時間に余裕で着くことができる。
居ても立っても居られなくなった私は、お気に入りの黄色いレザーサコッシュにお父さんの手帳を入れて、家を飛び出した。




