表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一瞬永劫

作者: 無音
掲載日:2026/02/25

わたしには、ずっと憧れている人がいた。




出会いは、寒い寒い冬。学校から帰る駅でのこと。




人々の疲れた声の隙間から聞こえたその音に、わたしはすっかり魅了された。




真冬だというのに、上着も着ていない。




ギターピックを持つ手はすっかり赤くなっていた。




それなのに、あの人の周りだけは、寒さなど感じさせない何かがあったような気がした。




電車の時間もすっかり忘れて、目の前で突っ立っていたわたしに、あの人からなにか話しかけることはなかった。




母からの電話で我に帰り、慌てて帰っていったっけか。




それからは来る日も来る日も、ギリギリまでその歌を聞くようになった。




その歌を聞くためだけに、学校を早く出たりして。




それから、わたしもギターを始めた。




兄が使っていたお古。部屋の隅で埃をかぶっていたそれと、あの人の持つギターが同じギターであると最初は信じられなかった。




あの人のようになりたいと思った。




あの人のように、がどのようなことなのかはわからない。でもとにかく、そう在りたかったのだ。




あの人が歌っていた曲は、いくら探しても見つからなかった。




だから、最初は有名なJ-POP。わたしは唯一にはなれないのだと、その時悟った。




数年間、弾き続けた。




楽譜を読むくらいはできるようになった。




ギターを弾くようになってからも、あの人に話しかけることはなかった。




あの人の、ひとりの世界をわたしが踏み越えてはいけないと、そう思った。




「ギター、わかるの?」




あの人が初めて、わたしにかけてきた言葉だった。




少しだけ、と答えた。あなたのようになりたかったとは言えなかった。




「ちょっと、弾いてみてよ」




そうして渡された、あの人のギター。わたしが使っているものより重たい気がした。それくらいの想いがあるのだろうと、勝手に思った。




何を弾いたのかは覚えていない。たぶん、始めた時と変わらず有名なJ-POPだったのだろう。




弾き終えてあの人を見れば、あの人は微笑んでいた。




「上手だね、わたしよりずっと」




それがお世辞であると受け取るしかなかった。というより、褒められていると思いたくなかった。




わたしは、あの人になりたかったのだから。




でも、なれないのが当然なのだから。




あの人はギターケースにギターを仕舞い、わたしに差し出してきた。




「もしよかったら、受け取ってくれない?」




自分はもうギターをやめるのだと、あの人は言った。




「ずっと、聞きにきてくれてたでしょ?あれ、すごく嬉しかったんだよ。……でも、もう潮時みたい」




その時、ギターを受け取ったわたしがなんと返したのかは覚えていない。




ただ、今でもずっと、あのギターは使えないままだ。




あの人になりたかった。




でも、あの人はもういないのだ。




またあの人の音を聞けたとしても、もうあの人は戻ってこない。




届かないと思っていたあの人は。




あっさりわたしの前から消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ