ホットケーキとメープルシロップと、私だけの甘い人
「姫様、今日のおやつはホットケーキですよ」
「メープルシロップ、たくさん掛けてもいいかしら」
「ええ」
執事に告げられて、おやつの時間が楽しみになる。
おやつの時間まであと三分。
「それで、みんなは本当にそれでいいの?」
「ええ、もちろんです。皆、姫様を捨てて逃げるくらいなら心中する覚悟ですよ」
城内はいつも通り。
外では必死で騎士たちが革命軍と戦っている。
騎士たちは、この死地まで私について来てくれた。
もう、いいのに。
「貴方たちは逃げて良いのよ、本当に」
「姫様、私達の忠誠心を舐めないでください」
今、逃げずに城内に留まって私を守ろうとしてくれている者たちはみんな…私が昔、手を差し伸べた者たち。
そんなつもりで助けたわけではない。
生きて幸せでいて欲しいのに。
「まあ、姫様が逃げるというならどこまでもお連れしますが」
「でも…」
「陛下たちはもう、亡くなりました。姫様がここに留まる理由はなんですか?」
「…姫としての、意地よ」
父も母も兄も、革命軍の鎮圧に失敗して亡くなった。
あとは私だけ。
革命軍は、私を殺すまで止まらないだろう。
でも…この城を捨てられない。
ここが私の世界の全てだったから。
「さあ、おやつのお時間ですよ」
「…ええ」
おそらく最後の食事になるホットケーキを味わう。
それはとても、とても美味しかった。
「…あれ?」
ホットケーキを味わって食べて、全部平らげたところから記憶がない。
寝てしまった?
今、ここはどこ?
「姫様、お目覚めですか?」
執事がほっとした顔をする。
「睡眠薬を盛って眠らせて、無理矢理お連れしたのです。申し訳ございません」
「え、待って、みんなは?」
「おそらく城で、姫様が逃げ切るまでの時間稼ぎをしているかと」
「え!?」
突然のことにどうしたらいいかわからない。
そんな私に執事は手を握ってくる。
「姫様、これは皆の総意です。姫様には生きていて欲しい。だからみんな、命をかけて貴女を逃した。私も同じです。ただ、私は皆から貴女を託されたから…死ねませんけどね」
「…そんな」
「生きてください、姫様。どうか私と、生き延びて」
私だけの執事。
私だけの甘い人。
結局私は、この人と生きることを選んだ。
結局私は遠くの国まで逃げ延びて、元執事である夫と幸せに生きている。
みんなの分まで長生きするのが…せめてものみんなへの弔いだ。
「姫様、今は幸せですか?」
「ええ、貴方がいるもの」
「…よかった」
優しい人。
どうか、ずっと一緒にいて。




