第40話 漆黒の穴(神々の闘い : ソフィカレリュ編)
赤く明滅する通路の先、突き当たりの医務室のドアは開いたままだった。
そこは、先ほどのセラフィム号の突撃による衝撃で天井が崩れ、火花が散る惨状となっていた。
リュシアは、ソフィアとカレンを背後に制して部屋に足を踏み入れる。
彼女の手にする『翠玉の剣』が、暗闇の中で翡翠色に輝き、殺気を払うように唸る。
「ミディス! ディアナ! 出てきなさい!」
リュシアの凜とした声が響く。
部屋の中に、オーロラの姿は見えなかった。カプセルは空っぽだった。
代わりに、部屋の奥――崩れた瓦礫の中から、ゆっくりと立ち上がる影があった。
『……遅かったな。魔女ども。 オーロラはもう、ここにはおらんよ』
ミディスの姿は異様だった。
千切れた太いケーブルが、まるで生命維持装置のように彼の首や背中に直接突き刺さっている。
老衰した肉体を動かすため、船の中枢システムと自身の神経を直結させていたのだ。
「オーロラはどこ!? あの子に何をしたの!」
カレンが悲痛な叫びを上げる。
ミディスは、濁った瞳で虚ろに笑った。
『逃げられたよ……わしの最高傑作であるディアナが連れていった……』
「逃げた……?」ソフィアが安堵と疑問の入り混じった声を漏らす。
『だが、タダでは帰す訳にはいかぬ。 貴様らの優秀な器を……代わりに頂くことにしよう』
ミディスの目が、赤く発光した。
瞬間、部屋中に散らばっていた無数の切断ケーブルが、まるで鎌首をもたげる毒蛇のように一斉に浮き上がった。
「き、機械が……生き物みたいに!?」
ミディスが手を振り下ろす。
シュバババッ!
鞭のような速度で、鋼鉄の触手が3人に襲いかかる。
「させませんっ!」
リュシアが前に出る。
翠玉の剣がエメラルドグリーンの光を放つ。
目にも止まらぬ速さで、舞うように回転しながら迫りくる3本のケーブルを切り落とした。
『ほう……。そなたも攻撃の先を読めるのか? さすがは、古代のDNAを持つ末裔じゃ』
「貴方の攻撃には『想い』がありません。 ただのパターン化された攻撃なんて止まって見えるわ……私の眼は誤魔化せません!」
リュシアは剣を構え直し、ソフィアとカレンの盾となる。
「ソフィア様、カレン様、私の前に出ないで下さい。 この男……まだ何か仕掛けてきます!」
今度は、瓦礫やコンソールテーブルがあらゆる方向から飛んできた。
ソフィアが『暁光の剣』を水平に振り抜いた。
カレンが『耿月の剣』を掲げる。
リュシアの『翠玉の剣』から翡翠色の粒子が放たれる。
リュシアの斬撃で瓦礫は砂となり、カレンのシールドがテーブルを弾き返した。
ソフィアの一撃は、ミディスが直撃を回避したものの彼の左腕を深く裂いた。
「うっ……おのれ……物理攻撃が効かぬなら内側から支配してやる……」
ミディスが手の平をこちらに向けた。
『生体憑依!』
ドス黒い精神波が、先頭にいたリュシアを直撃した。
「あっ……ぁ……!」
リュシアの動きが止まり、ターコイズブルーの瞳のハイライトが消えかける。脳の神経回路に黒い電流が流れる気がした。
「リュシア!」
『クックック……そのまま仲間を斬り殺せ!』
だが、リュシアはギリギリと歯を食いしばり、剣を止めた。
その瞳に、強い理性の光が戻る。
「……お断り……します!」
リュシアは気合と共に、侵入してきた精神波を弾き飛ばした。
『な、なに!? なぜ支配できん!』
「私はかつて、洗脳され、心を失ったことがあります……。
ですが、もう二度と操られはしない!
私達は、強い意志でここに立っているのですから!」
『おのれ……人間ごときがぁッ!』
業を煮やしたミディスが、右手を握った。
今までとは桁違いの出力の念動力が、ソフィアとカレンの首元を狙う。
ブチッ! ブチィッ!
「あっ!!」
二人の首から、チェーンが引きちぎられる。
『星祝のペンダント』――太陽と三日月のそれぞれが、宙を舞ってミディスの手元へと飛んでいった。
『クッ……ついに手に入れたぞ。銀河を統治する管理者の鍵!』
ミディスは左右の手にそれぞれのペンダントを握る。
三日月と太陽……ふたつのペンダントをはめ込むと、カチリと音を立ててひとつの楕円形のペンダントへと融合した。
「出でよ! 重力崩壊よ! 3人の魔女を消し去るのだ!
LUMIÈRE ERDE ZOĒ AURORA !」
通常なら拒絶されるはずのペンダントが、淡い光を放って起動する。
「まさか……認証された!?」
ソフィアが驚愕し、ミディスを見据えた。




