第37話 神の儀式(神々の闘い : ディアナ編)
セラフィムゲート内を航行する、真紅の戦艦オルトシア号──
その医務室は、狂気の実験室と化していた。
「さあ、始めようか……フェーズ1の実行だ」
ミディスが乾いた声をあげ、ケーブルを自分の腕や後頭部に繋ぎだした。
ディアナは、腕の中のオーロラを強く抱きしめ、後ずさる。
「ディアナ……早くその赤子のこめかみに、抽出用のプローブを接続しなさい」
「嫌です……! この子だけは渡さない……!」
ディアナは腰のブラスターを引き抜くと、銃口をミディスに向けた……
その決意の瞳とは裏腹に、銃口は震えていた。
「ふっ、何を今更……聞き分けのない娘だ。それが貴様を見出し、育ててやった父親にとる態度かっ!」
「ええ……お父様……お父様は私の恩人です。 生きる望みを失っていた私を、闇から救い出してくれた……でも、お父様……何かが狂ってる……お父様は間違ってるわ!」
「撃て……撃ってみろ。 ディアナ……勝つためには引き金を躊躇なく引け! そう教えただろ……わしが育てた娘なら引けばよい。 わしが神になるのを妬むのか? その悪魔の血を引く赤子に洗脳されたのか? いずれにしても時間が無い……わしの器は人間だ。 脳みそを撃てばシャットダウンできるぞ……」
「お父様…… ありがとう…… さよなら、お父様……」
ディアナは、引き金を引いた。
赤い閃光が部屋の空気を裂いた。
ディアナの腕の中で、オーロラが目を覚まし泣き声を上げる……
「えっ……」
ミディスの後ろの壁が黒く焦げていた。
ミディスは手のひらをこちらに向けてほくそ笑んでいた。
ディアナは狙いを定める……
「もう一発……」
赤い閃光が走るが、ミディスの頭上を通過した。
「そんな……」ディアナは恐怖に震えながら、何発も引き金を引いた。
ドシュ! ドシュ! ドシュ! ……
ミディスの後ろの壁が黒く焦げるばかり……
ミディスは笑いながら黒く深い闇のような瞳でディアナを見つめる。
「ディアナ……かわいい我が娘よ。 意志は強く、筋肉もしなやかだ。 震える手でも銃口の狙いはブレておらぬな。 射撃の腕も正確じゃ……わしの新しい器には申し分ない」
「なんで! なんで、当たらないの!」
「貴様のその体に流れる、古代の予知能力者の血……。その制御コードを知り尽くしているのは、このわしだ。 わしは長い時をかけ、そなたのような特異なDNAを研究し尽くしてきた……。
今は、そなたの運動神経を外から操作しておるのじゃよ……『生体憑依』じゃ! 右手と視覚を狂わせるなど、簡単なことじゃ!」
ミディスは、ディアナに向けて強く右手を突き出した。
その瞳は、闇夜に光る獣のように怪しく発光する。
「あっ!……ああっ……」
ディアナの体が、ビクリと跳ね、ブラスターが床に音をたてて落ちた。
自分の意思とは無関係に、足が勝手に前へと踏み出す。腕が、勝手にオーロラを差し出そうとする。
脳から筋肉への神経伝達信号を、外部からハッキングされたのだ。
「やめて……私の体を……動かさないで!」
ディアナは必死に抵抗しようとするが、体は操り人形のようにミディスの命令を実行していく。
カプセル型のベッドへ歩み寄り、大切そうに抱えていたオーロラを、冷たい台座の上へと寝かせてしまう。
「うあ……あぁーーん!!」
オーロラが、更に火がついたように泣き出した。ディアナを見つめて、手を伸ばす。
その泣き声を聞いたディアナの心は引き裂かれそうになる。だが、体は動かない。
「うるさい赤子だ」
ミディスは無造作にオーロラの顔の方へ手をかざした。
「眠れ……わしのモジュールよ『催眠』」
瞬間、オーロラの泣き声がピタリと止まる。糸が切れたように意識を失い、深い眠りへと落ちていった。
その小さな体からは、すでに『無垢な金色の粒子』がゆらゆらと立ち昇り始めている。
「オーロラ! オーロラ!!」
ディアナは泣き叫ぶ。だが、その言葉とは裏腹に、彼女の手はテキパキとカプセルの蓋を閉じ、装置のスイッチを入れていく。
『やめて! お父様! この子の命は取らないであげて!』
「黙れ! この出来損ないめ!」
ミディスの一喝が響く。
ディアナの手は、太い通信ケーブルを掴むと、震える手つきで自らの耳の後ろへと近づけていく。
そこには、彼女の優れた思考能力をオルトシア号の中央制御と直結させる為、小さなインターフェース装置が埋め込まれていた。
人間としての自我を消し去り、ミディスの器となるための処刑の儀式。
ディアナは、溢れる涙を止めることができないまま、懇願した。
「お父様! 私は……私はお父様のモノです! 私の体も、命も好きにしていい……っ!
でも、この子は……この子だけは助けてあげて……!」
「くどい。その『情』こそが、貴様が人間として不完全な証拠だ」
カチッ
無情な音が響き、ケーブルが耳の後ろの端子へと接続された。
「ガ……っ……あぁっ……」
膨大なデータが脳内に雪崩れ込み、ディアナの意識が白く塗りつぶされていく。
膝から崩れ落ちるように、ディアナは隣のカプセルの中へと倒れ込んだ。
ガクン、と力が抜け、完全に意識を失う。
カプセルの蓋がゆっくりと降りてくる。
透明なガラスの向こうで、ディアナの瞳からこぼれ落ちた最後の一雫が、頬を伝った。
その温かい涙によって、冷たいカプセルの内側が、白く曇っていった──




