第35話 歯車の礎(新たな繁栄 : ディアナ編)
セラフィムゲート内を航行する、真紅の戦艦オルトシア号。光の束の中を惑星リュミエールへと舵を取っていた──
ディアナは、医務室の重いドアを恐る恐る開けた。
ディアナの腕の中では、再び深い眠りに落ちたエルディア王国の王女オーロラが、ディアナの軍服を掴みながら小さな寝息を立てていた。
部屋の中央には、カプセル型の医療用ベッドが3基、三角形を描くように並んでいる。
それらは無数のケーブルで頭上の巨大な解析装置と接続され、まるで不気味な儀式の祭壇のように見えた。
ミディスは、コンソール前の椅子から立ち上がると、ゆっくりと振り返った。
「来たか……。右のベッドに、その赤子を寝かせなさい」
ミディスの声は、ひどく掠れていた。
顔を上げた父の姿を見て、ディアナは息をのんだ。思わずオーロラを強く抱き締める。
ほんの数時間前まで威厳に満ちていたミディスの皮膚は、枯れ木のように干からび、眼窩は落ち窪んでいる。瞳からは、生者特有の光が失われていた。
ゲート内の特殊な時空干渉が、彼の肉体を急速に蝕んでいるのか……。
「いつの間に、こんな設備を……今度は、何をなさるおつもりですか? お父様……」
ディアナの問いに、ミディスは乾いた笑い声を漏らす。そして、手元にあった試験管を掲げて見せた。
中では、金色に輝く液体――カレンから抽出した『光の雫』が揺らめいている。
「美しいが……融通の利かぬ代物だった」
ミディスは試験管をコンソールに戻すと、忌々しげに吐き捨てた。
「カレンの『光の雫』は、あくまで研究対象……『神の力』の構造を解析するためのサンプルとして抽出したものだ。 構造は理解できた。 だが、これをこのまま利用することはできん」
「利用できない……?」
ディアナが問うと、ミディスは失笑しながら口を開いた。
「この雫には、カレンという女の『祈り』が強固に焼き付いておる。 いわば、鍵のかかったデータだ。 わしの欲望を混ぜれば、たちまちこの光は濁り、反発し、エネルギーごと霧散してしまうだろう。 純度が高すぎるのだよ……他者の欲望を受け入れぬほどにな……」
ミディスは、ディアナの腕の中にいるオーロラへと視線を移した。
その目は、実験動物を見る冷徹な光を帯びていた。
「だからこそ、この赤子が必要なのだ。 カレンの雫は『設計図』として参照するだけだ。 実際にわしの精神に纏う『光』は、まだ何の祈りも、強い自我が刻まれていない、真っ白なオーロラの命を使って生成する……
新品のキャンバスのようなオーロラの魂なら、わしの好きな色で塗りつぶせるからな……」
ディアナは戦慄した。
カレンの雫は「見本」でしかなく、本番の「材料」としてオーロラを消費する……。
「オーロラ、オーロラはどうなるのですか?」
ディアナが震える声で尋ねると、ミディスは無造作に答えた。
「どうなるだろうな……カレンの時とは違い、全て絞り出してしまうので、廃人のようになるだろう……そうなったら、もう廃棄でいいのではないかな。 だが気にするな。 王家の遺伝子さえあれば、またクローンを作れば済むことだ」
ミディスは、装置につながれた無数のチューブを愛おしげに撫でた。
「安心しろ、ディアナ。 痛みはない。……お前にはな」
「どういう……意味ですか?」
「わしの今の器は、もう古い。100年前に作った肉体だからな……このゲート内の航行で、だいぶ傷んでしまった。 ここで新たなクローンを培養するには時間がかかる」
ミディスは、濁った瞳でディアナの全身をねめ回した。
「ソフィア達が来る前に、器も新調しなくてはな……。 丁度よい、若く強靭な器がここにある。 わしが厳選した器だ」
ディアナは、耳を疑った。
「厳選した……器?」
「そうだ。わしの進化した魂を、そなたの体に移すのじゃ」
「お父様……何をおっしゃっているの? そんなこと……」
ディアナは、言葉を発するたびに血の気が引いていくのを感じた。父の目は、娘を見る目ではなく、着替えの服を見る目だった。
「ディアナ、わしの愛しい娘よ。 その体の中で、わしと融合するのだ。 そなたはわしという『神』の礎になる……なんと光栄で美しいことか」
「そんなこと……! お父様、今の体はクローンなの? じゃあ、その前の体はどうしたの……?」
恐怖と混乱の中で、ディアナは問うた。
ミディスは、遠い記憶を検索するように虚空を見上げた。
「その前? ……そうじゃな。自我に目覚めた時は、メインコントロールセンターの『コア』だったかの……もう古い話じゃ……」
ディアナは焦点が定まらない瞳でミディスを見つめる。
次の瞬間、ミディスの正体を悟ったディアナは、その場に崩れるように座り込んでいた。




