第33話 無垢な神(新たな繁栄 : ディアナ編)
惑星エルディア、グラナディア城跡地──
激しい戦闘の爪痕が残る大地に、一週間ぶりに穏やかな陽光が降り注いでいた。
グラナディア王国の国民は、対外的に知らされている人口よりも予想以上に少なかった。
ミディスの独裁的な政治にて、反逆する者はすべて排除されていたようだ。
国の発展は、人口の9割を占めるアンドロイドが行い。アンドロイドと人間の共存が進んでいた。
いや、アンドロイドの帝国へと進んでいたのかもしれない。
しかし、今や残ったアンドロイドは制御を失っている。
レオンは、旧グラナディア王国の救済を国民に伝えていた。
あわせて、衛星エレーナに避難していた、惑星マーノスで生まれた子供たちもレオンの操縦するケルビィム号にてエルディア王国に降り立った。
王国の人々は、マーノスの子供達もグラナディア王国の人々をも迎え入れた。
十数年前にカレンを迎え入れたように……それが、この国の当然の事であった。
復興の拠点となったキャンプでは、ささやかな祝宴が開かれている。ソフィア率いるセラフィム号が帰還し、「ミディスはマーノスの磁気嵐の中で果てた」という報がもたらされたからだ。
「見て、レオン。 オーロラが笑ってるわ」
カレンは、まだ青白い顔をしながらも、腕の中の小さな命を愛おしそうに見つめていた。
ミディスの冷酷な実験から救い出された彼女にとって、娘の柔らかな肌の温もりこそが、生きている証だった 。
「ああ。この子の未来こそが、俺たちが守り抜いた星の希望だ」
レオンはカレンの肩を抱き、その平和を噛みしめる。傍らではリュシアやエルザが、ボンドと共にマーノスの子供たちと笑い合っていた。
誰もが、この勝利が永遠に続くと信じて疑わなかった。
* * *
深い夜の帳がエルディア城を包む頃──
人々の眠りに紛れ、忍び寄るひとつの影があった。
月明かりに照らされた横顔は、凛として美しいまでの陰影のラインを照らし出す。
遠くで犬が一度だけ吠えて沈んだ。
その女は、能力を極限まで研ぎ澄まし、警備の兵たちの死角を縫うように進んでいた。
その手には、かつて人々を恐怖させた不吉な力ではなく、今はただ目的を確実に遂げるための静寂が宿っている。
女は、手首から小型アンカーを射出すると、音も無く壁を登る。
外壁の梁を伝って、その女──ディアナは影のように窓から侵入した。
……
エルディア城 女王の間──
窓のカーテンが、やわらかな風に揺らぐ。
私は、揺りかごの前に立った。
月明かりに照らされたオーロラの寝顔は、驚くほど無垢だった。
かつて私が「注意して」と叫び、拒絶される前も、このように清らかだったのだろうか。
オーロラがふと目を開け、私を見上げた。
(この子……笑ってる?)
オーロラは泣きだすのでは無く、私の心を見透かすように微笑む。
まるで、私と遊びたいと言うように声を出して笑いながら手を伸ばす……
小さな指に、私の冷え切った指先が触れた。
(……温かい……)
私の心に、激しい嫉妬と、それ以上に深い「揺らぎ」が走った。
この子を連れて行けば、この清らかな命も、自分と同じようにミディスの冷たい檻に閉じ込められ、壊されてしまうのだろう。
『何をしている、ディアナ。 早くしろ』
通信機越しに響くミディスの声は、私を現実に引き戻した。
私は、かつての自分の「祈り」を押し殺すように、オーロラを抱き上げた。
オーロラは躊躇もせずに、私に抱き付く……
『ディアナ、早く逃げろ! その赤子を手に入れれば、お前もまた私の傍で役割を得られるのだ』
──役割
その言葉に私の胸が疼く。それは「娘」としての愛ではなく、単なる「部品」としての再稼働を意味していた 。
私は、泣いていた──
この役割を失敗してしまえば、私の悪魔の呪縛が解けるのではないか……
いや、ひと思いに、この子を殺してしまったほうがすべてが楽になるのではないか……
ユニコーン型が、女王の間の窓に滑り込んだ。
エルディア城の警戒システムがAIコアに反応して警報が鳴り響く。
部屋で寝ていたカレンの悲鳴と警報が、夜の静寂を切り裂いた。
「待って! その子は私の娘よ! 返して! 返してよ! オーロラ! オーロラ!」
私は、閃光弾を投げ放つと、オーロラを抱いたままユニコーン型に飛び乗った。
私の涙は、月の光に溶けていった──
* * *
『リュミエール、そしてエルディアの民よ。……私は生きている。 そして、貴様たちの『希望』はこの手の中にある』
死んだはずのミディスの声に、人々は凍りついた。
『この赤子を返してほしくば、一週間後に惑星リュミエールのセラフィムゲートへ来い。
交換条件は、ソフィアの血と、星祝のペンダントだ……来なければ、リュミエールを第二のマーノスにしてやる』
空を塗りつぶした「報復」の宣告。
レオンとカレンは、奪われた小さな光の行方を見上げるしかなかった。
一週間の猶予。それは、星々の命運をかけた、地獄のカウントダウンの始まりだった。




