第32話 松明の赤(新たな繁栄 : ディアナ編)
惑星マーノス 周辺宇宙空間——
ソフィアたちが墜落の幻影を追っている隙に、《オルトシア号》の本体は重力推進を極限まで絞り、彗星の尾のように広がる宇宙塵の陰に隠れていた。
艦の約三分の二をデコイとして切り離した、残りの艦橋ユニット。
その狭い空間に、ふたりの影があった。
「……撒きましたね。 ミディス陛下」
ディアナは、感情を排した事務的な声で告げた。
彼女の視界の隅では、自らの分身のような母艦部分が、マーノスの大気で燃え尽きていく様子が映し出されていた。
それは、不要になれば捨てられる玩具のようだった……自分自身を投影してしまう……。
ミディス「うむ、うまく撒いたようじゃな……。 しかし、ここからが本番だ。 ゲートを使えば再び信号で位置を特定されるだろう。……『下道』を通るぞ」
ミディスは、漆黒の宇宙の彼方──再びエルディアへと向かう、暗い航路を指差した。
「通常空間を潜行し、一週間かけて惑星エルディアへ戻る。 連合軍が勝利の美酒に酔いしれ、最も無防備になるその瞬間に……」
ミディスの瞳に、暗く、澱んだ執着が宿る。カレンという検体を失った喪失感を何かで埋めようとするように……。
ディアナ「最終兵器は、まだ1発残ってます。 どうされるのですか? 惑星エルディアも、マーノスのように赤い死の星にするのですか?」
ミディス「フフフッ……もっと楽しいことだよ。 我が娘のディアナよ……」
……
──我が娘。
その一言が耳に届いた瞬間、私の体温がわずかに上がった気がした。
「古い玩具」と呼ばれ、一度は完全に壊れたはずの心が、その甘い言葉に再び包まれる。……いや、再び縛り付けられる。
利用されているだけかもしれないと、理解していながら私はこの温もりを手放すことができない。
私は、再びエルディアへと向かう舵を静かに、そして力強く切った。
ミディスは、端末のデータを見ながらほくそ笑んでいる。
あの女のデータを、また見つめているのだろう……。
私は、艦の端の赤く明滅する予備灯を見つめていた
「古い玩具……」
父と慕う男が、私に言い放った冷酷な宣告。
赤い予備灯が、幼少期に見つめていた松明の赤い光になる……
その、赤い光に吸い込まれるように、父と慕うミディスから教えられた幼き日……私の封印した記憶の箱がこじ開けられていく。
* * *
始まりは、言葉さえ持たない赤子の頃だったそうだ。
少しだけ肌寒いとか、お腹が空いたとか、ただそれだけのことを伝えたくて泣き声を上げると、家中の窓ガラスが震えた。ついには鋭い音を立てて砕け散った。
駆け寄る両親の瞳には、娘への心配よりも先に、理解できない現象への「困惑」と「恐怖」が宿っていた。
三歳になる頃の私は、その見えない力をコントロール出来るようになっていた。代わりに私は『視える』ようになっていた。
ある朝、村の広場で遊ぶ子供たちの足元を、濁流が飲み込んでいく不吉な光景を見た。
「あそこに行っちゃだめ。 お水が来るから!」
幼い私は一生懸命に叫び、大人たちの服を引いた。大好きな人たちが流されないように、私なりに一生懸命だった。
しかし、翌日に実際に洪水が起き、村が甚大な被害を受けたとき、人々は私に感謝しなかった。
噂は尾鰭はひれがつき、真実が捻じ曲がる。
「村の子が、おぼれ死んだ。 あの娘と仲が悪かったそうだ」
「あの娘が不吉なことを言ったから、水が来たんだ。」
「あいつが災いを招いたんだ。 あの瞳の色を見てみろ……あいつは悪魔の子だ」
感謝されるはずの言葉は、私を排斥するための『証拠』へとすり替えられた。
決定的な事が起こった日の事を私は忘れていない。
それは、実の父親が仕事に出かけるときだった。
父の背中に、冷たくて暗い影がまとわりついているのが見えた。
「お父様、行かないで。 今日は怪我をしちゃうわ!」
私は泣いて縋り付いた。行けば父が居なくなってしまう事が分かっていた。
だが、父は私を「気味が悪い」と突き放し、家を出た。
その日の夕暮れ、父は事故で二度と帰らぬ人となった。
「あんたが、お父さんを呪い殺したのね!」
母の叫びは、私の心に消えない傷を刻んだ。
恐怖と悲しみでノイローゼとなった母は、間もなく自ら命を絶った。
私はただ、父を助けたかっただけだった。その純粋な祈りが、自分の幸せな世界をすべて壊してしまった。
親戚からも拒絶された私は、村の小さな教会に引き取られた。
引き取られた教会でも、私の『願い』と『祈り』の「善意」は裏目に出続けた。
神父が教会敷地の、大木の下を通ろうとしたとき、枝が落ちる映像が視えた。私は叫んだ。
「神父様、止まって!」
直後、巨大な枝が目の前に落下した。
命を救われたはずの神父は、安堵する代わりに、震える手で十字を切った。
「……悪魔だ。 人の運命を覗き見るとは、恐ろしい悪魔の仕業だ」
その夜から──
私は『悪魔祓いの為』と鎖につながれ、教会地下の隠し部屋に閉じ込められた。
昼間は、暗い地下室で松明の赤い火を見つめて過ごした。
夜は、毎晩のように悪魔祓いの儀式が行われた……
時には遠方の教会からも神父が何人も訪れ、悪魔祓いの儀式が行われる……
そんな日々は何年も続いた……
鎖につながれ、天井の冷たい石面を見ながら、私はその石よりも固い殻を自分の心に作った。
『私は……もう誰にも……何も伝えません。 誰かのために何もしません……』
私が8歳の誕生日を迎えた日。
絶望のどん底の私の元へ、ある男が訪れた。
彼は私の目を見つめ、初めて肯定の言葉を口にした。
「お前のその力は、呪いではない。 この国に必要な『正解』なのだ」
その男がミディスだった。彼はどん底の私の暗く冷たい心に、赤い炎を灯した。
当時、グラナディア王国に突如と現れ、たぐいまれなる知識と古代文明の知恵を王国に広めたミディスは、グラナディア軍の軍隊長となっていた。
ミディスは、私の噂を聞き、探しに来てくれたという。
後で聞けば、教会に多額のお金を払い、私を引き取ったらしい。
ミディスは、全財産を投げ打って私を救ったのだ。
……いや、私を買ったのだ……
その後、教会は5倍の大きさに建て替えられていた。
ミディスは、私を城に招くと、血の繋がった『娘』のように扱い始めた。
時として行われた、過酷な検査や研究も、外の世界の拒絶に比べれば、私にとっては「必要とされている」という愛の証だった。
ミディスがクーデターを起こして王位に就く際も、私は自分の力すべてを彼に捧げた。
私は16歳で、グラナディア王国、軍隊長の肩書を与えられた。
……
カレンのデータに夢中になっているミディスの背中を見つめながら、ディアナは顔の半分を痙攣させ、歪な笑みを浮かべた。
その瞳からは、かつて自分が持っていた「祈り」の残滓のような一筋の光が流れていた。
一週間の父との航海。
その先に待つのは、破滅なのか……新たな繁栄の道なのか……
グラナディアの旗艦の艦橋で、ディアナは赤く明滅する予備灯をずっと見つめていた——




