第31話 狂気落灰(女神奪還 : ソフィア編)
惑星エルディア
グラナディア城跡地の遥か上空──
グラナディアの旗艦 《オルトシア号》は、執拗に追尾する 《セラフィム号》を引き連れ、燃えるような大気を突き抜けて宇宙空間へと躍り出た。
主砲セラフィムブラスターが、オルトシア号のシールドを剥がしていく。
「どこまで逃げる気……? 戦いなさい! ミディス!」
セラフィム号の艦橋で、ソフィアはモニターを睨みつけ、絞り出すように叫んだ。
ミレイ「艦長! 前方、セラフィムゲートに解除信号を確認! 空間歪曲率が上昇しています!」
ソフィア「追尾して! ゲートの中に逃げ込まれたら、どこに行くか分からないわ。 絶対に逃がさない!」
オルトシア号は、暗黒の宇宙に浮かぶ巨大な環──セラフィムゲートへと突入した。
二重の輪が緩やかに回転し、鉱石が輝く。虹色の膜が激しく波打つ。
その後をセラフィム号が続く。
時空間の激流が艦体をきしませる。
ソフィアはまばゆい光の束に目を細めながら、隣のミレイに問いかけた。
「敵艦、追尾出来てる……? どこへ逃げる気なのかしら……。 まさか、リュミエールを直接叩く気?」
時空間航行の中、ミレイの声が歪み、ツインテールが浮き上がった。
『艦影……消失。レーダーも、追跡不能ですが……惑星マーノスの出口ゲートに、認証信号を検知しました!』
「マーノスへ!? 自らが焼き払った、あの死の星へ戻るというの!? そこで決着をつける気なのね……」
* * *
数時間後。惑星マーノス、セラフィムゲート。
虹色の膜が揺らぎ、銀色の巨艦が姿を表した。
ソフィア「シールド全開! 迎撃ミサイル発射用意!」
ゲートを抜けた直後、ソフィアたちの視界に飛び込んできたのは、赤黒い雲に覆われ、かつての美しさを失った無惨な星の姿だった。
ソフィア「敵艦は!?」
ミレイ「レーダー、計器類が乱れています……」
宇宙空間に死の灰が舞い、磁気嵐が星全体を覆う。
ファラン『ソフィア艦長! 直下方に敵艦確認! 火花を噴いています! ……爆発を確認! そのまま重力制御を失い、大気圏へ落下していきます!』
ソフィアは、激しいノイズに晒されたモニターを食い入るように見つめた。
マーノスの分厚い死の雲の中へ、燃え盛る巨大な鉄塊が沈んでいく。
計器類が誤作動を起こす中で、正確な機体識別は不可能だった。
しかし、僅かに検知したその重力波反応は間違いなく先ほどまで追っていたオルトシア号のものだった。
「……事故? 損傷が限界だったの? 堕ちたのね……自分たちが地獄に変えた、あの星に」
ソフィアは拳を震わせ、赤い星を見つめた。怒りと、虚しさと、そして一抹の悲しみが胸を衝く。
「減速……。 これ以上の追跡は不可能。 嵐がひどすぎるわ。……ミディス。 あなたはマーノスを破滅させた罰を受けた…… 自業自得の最期を遂げた……」
* * *
一方、惑星エルディア。
崩落したグラナディア城跡地では、もう一つの「決着」がついていた。
土煙が舞う静寂の中に、レオンの切実な声が響き渡る。
「カレン! しっかりしろ、カレン!」
腕の中の彼女は驚くほど軽く、冷たかった。
だが、胸元の微かな鼓動と、頬に触れる僅かな吐息が、彼女がまだこの世界に踏みとどまっていることを告げていた。
持っていたカレンのペンダントを、彼女の首にかける。
僅かな光が脈打つように瞬きだした。
* * *
夜明け……
エルディア城 医務室──
「レオン様……! カレン陛下は!?」
城の医務室から出てきたレオンに、リュシアが駆け寄る。
一晩中、祈りを捧げた彼女の頰には、幾つもの涙が乾いた跡がついていた。
「生きてる…… 衰弱が激しいが、命に別状はないはずだ」
背後では、エルザがボンドの頭を撫でながら、安堵の溜息を吐いた。
さらに空から、ソフィアからの通信が入る。
『レオン、聞こえる? こちらソフィア。 ……ミディスの旗艦をマーノス宙域で確認。 奴らは大気圏へ墜落、爆散したわ。 ……すべて、終わったわ……』
「……そうか。終わったんだな」
レオンは泥にまみれた顔で、窓の外を見上げた。
リュミエールとエルディア、二つの星を滅ぼそうとした狂気の王は消えた。
* * *
数時間後──ベッドの横で、手を握る指が、かすかに動いた。
カレン「……レ、オン……」
「ああ、ここだ。 もう大丈夫だ、カレン。 オーロラも、みんな待っている」
カレンの三日月の星の加護のペンダントと、レオンのペンダントが同時に共鳴するように瞬いた。
エルディア城の庭園には、国民が集まっていた。
エルディア城の塔の上から手でサインを送るレオンの姿を見つけると、歓声が一気に湧き上がった。
白い狼型のボンドが、赤いAIロボットのオラクルを追いかける。
エルディアの兵士達は、家族や仲間達と集い、庭園は笑い声が溢れていた。
誰もが、この勝利が永遠の平和の始まりだと信じて疑わなかった。
だが、その青空の遥か彼方で、真の悪夢が忍び寄っていることに気づく者は、まだ誰もいなかった──




