第30話 古い玩具(女神奪還 : ディアナ編)
グラナディア城跡地──地下最深部、第零研究室。
赤色の回転灯が狂ったように回り、侵入者の接近を告げる警報音が鼓膜を刺す。
「ミディス国王! 急いでください! アンドロイド兵の反応が消失……奴らが来ます!」
ディアナの声には焦燥が滲んでいた。
だが、ミディスは拘束台のカレンを運び出そうと、配線やロックを外す作業に没頭している。その手つきは、執拗なまでの執着に満ちていた。
「ディアナ! 突っ立っていないで手伝わぬか!」
「陛下、先をお急ぎ下さい! データ収集は既にお済みでしょう!?」
「まだだ! これこそが、私が生涯をかけて探し求めていた究極の検体なのだ。こんな宝を、やすやすと手放せるか!」
ミディスが狂喜に満ちた瞳でモニターを指差す。
「見ろ、この美しいDNA配列を。 リュミエールの加護と、エルディアの祈り……相反する因子が見事に融合し、奇跡的な『突然変異』を起こしている。 これこそが、神の領域へ至る『鍵』だ!」
「ミディス様! もう時間がありません!」
「黙れッ!」
ミディスは、すがりつこうとしたディアナの手を、汚らわしい塵でも払うかのように乱暴に振り払った。
床に叩きつけられたディアナの指先が、微かに震える。
「この女を連れて行くのは不可能です! ここを放棄して旗艦へ! サンプルなら私の体からいくらでも抽出してください! 私のDNAも、国王が発見された最高の傑作なのでしょう!?」
必死に服にしがみつく彼女を見下ろし、ミディスは冷酷な言葉を投げつけた。
「お前から抽出だと……?」
ミディスの唇が、嘲るように歪む。
「お前の因子は所詮、大昔のオリジナルの『痕跡』にすぎん。 いくら調整を重ねたところで、この女神のような天然の変異には遠く及ばぬのだ。 お前というデータは、もうすべて凌駕されたのだよ」
「……え?」
ディアナの動きが止まった。見開かれた瞳の奥で、紫色の虹彩が激しく揺れる。
「せっかく新しい『正解』が見つかったのだ。いつまでも古い玩具をいじくり回して、無駄な時間を過ごすつもりはない!」
ディアナは床に崩れたまま、動かない。
父と慕い、神と崇めた男からの、無慈悲な宣告。
『古い玩具はもう要らない』
その言葉が、彼女の存在理由を根底から打ち砕いた。
直後、通路の奥で凄まじい爆発音が轟いた。
鋼鉄の扉がひしゃげ、硝煙の向こうからレオンたちの殺気が迫る。
「くっ、野蛮な悪魔め……。ディアナ、何をしている! この娘を背負って行け!」
ミディスが怒鳴る。だが、ディアナの視線はミディスを通り越し、拘束台で眠るカレンに釘付けになっていた。
(この女さえ……この女さえいなければ!)
ディアナの細い眉がピクリと跳ねる。
彼女は、何かに取り憑かれたように腰のブラスターを抜くと、その銃口を迷いなくカレンへと向けた。
「何をする!」
ミディスが反射的に剣を抜き、ディアナのブラスターを叩き落とした。
カランッ……と乾いた音が、静まり返った研究室に響く。
叩かれた手首を抱え、ディアナが顔を上げる。その表情は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
彼女は突然、ミディスの腕を強引に捻り上げると、その細い体からは想像もつかない力で彼を締め上げた。
「貴様、何を──ッ!」
「失礼します……お父様!」
ディアナはカレンを一瞥もせず、抗うミディスを引きずって走り出した。
研究室を出ると同時に、隔壁の閉鎖スイッチを拳で叩き割る。
「待て! カレンを置いていく気か!」
「父上をここで失う訳には参りませんから……」
感情の消えた声と共に、分厚い隔壁が閉まっていく。
そのわずかな隙間から、部屋に飛び込んでくるレオンとエルザの姿が見えた。
「待て! ミディス!!」
レオンの叫びが響く。
閉まりゆく扉の向こう側、ディアナはレオンを睨みつけ──歪な三日月のような笑みを浮かべていた。
その瞳からは一筋の光が流れていた。
ズンッ!!
隔壁が完全に閉鎖され、重厚なロックがかかる。
「逃げられたか……!」
レオンは即座にブラスターで研究室のドアの制御装置を破壊し、リュシアと共に中へ飛び込んだ。
そこには、冷たいカプセルの中で眠り続けるカレンの姿があった。
「カレン! カレン!!」
レオンは叫びながらカプセルにしがみつき、リュシアと必死に解除スイッチを探す。
その時だった。
「危ないっ!!」
リュシアが叫ぶと同時に、施設全体をきしませる不気味な振動が走った。
天井に巨大な亀裂が走り、岩塊が降り注ぐ。
「あいつら、格納庫から旗艦を発進させる気よ!」
エルザが頭上を睨みつける。
旗艦の巨大なスラスターが至近距離で噴射され、限界を迎えていた地下施設が押し潰されようとしていた。
「崩れるぞ! 急げ!」
リュシアが操作盤の緊急開放スイッチ見つけ、叩きつけた。
プシューッ!と白煙を上げてドームが開き、レオンは拘束具を断ち切ってカレンを抱き上げた。
その身体は、驚くほどに軽かった。
意識はないが、僅かに呼吸の温もりが伝わってくる。
「カレン……もう大丈夫だ。 迎えに来たぞ」
レオンは傍らに落ちていた彼女のペンダントを握りしめた。
わずかにカレンの瞼が動いたのを確認すると、彼女を抱きかかえたまま全力で走り出す。
轟音と共に支柱が折れた──
「道を開けるわ! 遅れないで!」
エルザが小型ランチャーを放ち、行く手を阻む瓦礫を粉砕して退路をこじ開ける。
「急いで! この区画全体が落ちるわよ!」
犬型のボンドが崩落の予兆を察知し、的確にルートを先導する。
エルザがリュミエールソードの光で闇を照らし、リュシアが翠玉の剣で降り注ぐ岩を切り払う。
エメラルドグリーンの閃光が描く防壁の中を、レオンはカレンを離さぬよう、決死の覚悟で駆け抜けた。
地上では、すべてを焼き捨てたミディスの旗艦が、薄暗い空へと消え去ろうとしていた。
その轟音は、遠ざかるほどに小さく、そして冷たく響いていた。




