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新しき星命 最後の祈り(パート3)  作者: 慧ノ砥 緒研音


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第30話 古い玩具(女神奪還 : ディアナ編)

 

 グラナディア城跡地──地下最深部、第零研究室。

 赤色の回転灯が狂ったように回り、侵入者の接近を告げる警報音が鼓膜を刺す。


 「ミディス国王! 急いでください! アンドロイド兵の反応が消失……奴らが来ます!」


 ディアナの声には焦燥が滲んでいた。


 だが、ミディスは拘束台のカレンを運び出そうと、配線やロックを外す作業に没頭している。その手つきは、執拗なまでの執着に満ちていた。


「ディアナ! 突っ立っていないで手伝わぬか!」


「陛下、先をお急ぎ下さい! データ収集は既にお済みでしょう!?」


「まだだ! これこそが、私が生涯をかけて探し求めていた究極の検体なのだ。こんな宝を、やすやすと手放せるか!」


 ミディスが狂喜に満ちた瞳でモニターを指差す。

「見ろ、この美しいDNA配列を。 リュミエールの加護と、エルディアの祈り……相反する因子が見事に融合し、奇跡的な『突然変異』を起こしている。 これこそが、神の領域へ至る『鍵』だ!」


「ミディス様! もう時間がありません!」


「黙れッ!」


 ミディスは、すがりつこうとしたディアナの手を、汚らわしい塵でも払うかのように乱暴に振り払った。


 床に叩きつけられたディアナの指先が、微かに震える。


 「この女を連れて行くのは不可能です! ここを放棄して旗艦へ! サンプルなら私の体からいくらでも抽出してください! 私のDNAも、国王が発見された最高の傑作なのでしょう!?」


 必死に服にしがみつく彼女を見下ろし、ミディスは冷酷な言葉を投げつけた。


 「お前から抽出だと……?」


 ミディスの唇が、嘲るように歪む。

 「お前の因子は所詮、大昔のオリジナルの『痕跡』にすぎん。 いくら調整を重ねたところで、この女神のような天然の変異には遠く及ばぬのだ。 お前というデータは、もうすべて凌駕されたのだよ」


「……え?」


 ディアナの動きが止まった。見開かれた瞳の奥で、紫色の虹彩が激しく揺れる。


「せっかく新しい『正解』が見つかったのだ。いつまでも古い玩具をいじくり回して、無駄な時間を過ごすつもりはない!」


 ディアナは床に崩れたまま、動かない。


 父と慕い、神と崇めた男からの、無慈悲な宣告。

『古い玩具はもう要らない』

 その言葉が、彼女の存在理由を根底から打ち砕いた。



 直後、通路の奥で凄まじい爆発音が轟いた。

 鋼鉄の扉がひしゃげ、硝煙の向こうからレオンたちの殺気が迫る。


 「くっ、野蛮な悪魔め……。ディアナ、何をしている! この娘を背負って行け!」


 ミディスが怒鳴る。だが、ディアナの視線はミディスを通り越し、拘束台で眠るカレンに釘付けになっていた。


(この女さえ……この女さえいなければ!)


 ディアナの細い眉がピクリと跳ねる。


 彼女は、何かに取り憑かれたように腰のブラスターを抜くと、その銃口を迷いなくカレンへと向けた。


「何をする!」

 ミディスが反射的に剣を抜き、ディアナのブラスターを叩き落とした。


 カランッ……と乾いた音が、静まり返った研究室に響く。


 叩かれた手首を抱え、ディアナが顔を上げる。その表情は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。


 彼女は突然、ミディスの腕を強引に捻り上げると、その細い体からは想像もつかない力で彼を締め上げた。


「貴様、何を──ッ!」

「失礼します……お父様!」


 ディアナはカレンを一瞥もせず、抗うミディスを引きずって走り出した。


 研究室を出ると同時に、隔壁の閉鎖スイッチを拳で叩き割る。


「待て! カレンを置いていく気か!」


「父上をここで失う訳には参りませんから……」

 感情の消えた声と共に、分厚い隔壁が閉まっていく。


 そのわずかな隙間から、部屋に飛び込んでくるレオンとエルザの姿が見えた。


 「待て! ミディス!!」


 レオンの叫びが響く。

 閉まりゆく扉の向こう側、ディアナはレオンを睨みつけ──歪な三日月のような笑みを浮かべていた。

 その瞳からは一筋の光が流れていた。


 ズンッ!!

 隔壁が完全に閉鎖され、重厚なロックがかかる。


 「逃げられたか……!」

 レオンは即座にブラスターで研究室のドアの制御装置を破壊し、リュシアと共に中へ飛び込んだ。

 そこには、冷たいカプセルの中で眠り続けるカレンの姿があった。


「カレン! カレン!!」


 レオンは叫びながらカプセルにしがみつき、リュシアと必死に解除スイッチを探す。


 その時だった。

「危ないっ!!」


 リュシアが叫ぶと同時に、施設全体をきしませる不気味な振動が走った。

 天井に巨大な亀裂が走り、岩塊が降り注ぐ。


「あいつら、格納庫から旗艦を発進させる気よ!」

 エルザが頭上を睨みつける。


 旗艦の巨大なスラスターが至近距離で噴射され、限界を迎えていた地下施設が押し潰されようとしていた。


「崩れるぞ! 急げ!」


 リュシアが操作盤の緊急開放スイッチ見つけ、叩きつけた。

 プシューッ!と白煙を上げてドームが開き、レオンは拘束具を断ち切ってカレンを抱き上げた。


 その身体は、驚くほどに軽かった。


 意識はないが、僅かに呼吸の温もりが伝わってくる。


「カレン……もう大丈夫だ。 迎えに来たぞ」


 レオンは傍らに落ちていた彼女のペンダントを握りしめた。

 わずかにカレンの瞼が動いたのを確認すると、彼女を抱きかかえたまま全力で走り出す。


 轟音と共に支柱が折れた──


 「道を開けるわ! 遅れないで!」

 エルザが小型ランチャーを放ち、行く手を阻む瓦礫を粉砕して退路をこじ開ける。


「急いで! この区画全体が落ちるわよ!」


 犬型のボンドが崩落の予兆を察知し、的確にルートを先導する。

 エルザがリュミエールソードの光で闇を照らし、リュシアが翠玉の剣で降り注ぐ岩を切り払う。

 エメラルドグリーンの閃光が描く防壁の中を、レオンはカレンを離さぬよう、決死の覚悟で駆け抜けた。


 地上では、すべてを焼き捨てたミディスの旗艦が、薄暗い空へと消え去ろうとしていた。


 その轟音は、遠ざかるほどに小さく、そして冷たく響いていた。



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