第27話 黒の署名(敵陣の懐 : エルザ編)
グラナディア王国 謁見の間──
ミディス国王と、軍隊長のディアナは、勝利を確信しほくそ笑んでいた。
その正面、テーブルの反対側には、ソフィアに変装をしたエルザが座る……
エルザは、ディアナと目が合った。
……
ディアナのアメジストの瞳が、疑り深く私を貫く……
何か言いたげだった……
(怪しまれてる!?)
私のペンを持つ手が震える。演技ではなく、緊張が指先を冷たくしていた。
今まで黙っていた、ディアナが口を開いた。
「フッ……あれほど、この世で一番、高貴で高潔な女王と噂の、あのソフィア・リュミエールが……
命惜しさに尻尾を振ってくるとはな……」
(バレて無い──!)
私は深呼吸をすると、安堵の微笑みをディアナに返した。
ペンを紙に押し当てる……
リュミエール王国の筆記体で……
丁寧に……
綺麗で……
流れるような……文字で書いた。
『くたばれ! この変態ジジイ!』
私は、丁寧に書類を回転させると、そっと黒い文字が 《落ちないように》、ミディス国王の前に差し出した。
ミディス「ん? 文字が…… 何と書いてある?」
「あらっ? 読めません? ちゃんと署名しましたわよ」
ミディス「ん? 文字が消えた……」
私は、わざとらしく大きな声で言い放つ。
「そんな訳ないですわ。 私が書くところをちゃんと見てくださっていましたわよね……」
私は、首を傾げながら、ペンのキャップを外してインクを確認する──
「あっ!」
こぼしたインクは、机の上を黒く染めた。
その時、私の右後ろに控えていたアンドロイド兵が、突然ガクリと膝を折り、音をたてて倒れた。
ディアナの表情が変わった。
私はふたりを見て、ほくそ笑んだ。
「読めません……?
……『くたばれ! この変態ジジイ!』って書いたんだよ!」
私は、ペンの後ろのボタンを押すと、机の中央に滑らせた。
閃光が炸裂し、周囲を白く染める。
私のアクアマリンブルーのコンタクトレンズは、瞬時に調光モードに切り替わり、閃光手榴弾の強烈な光を遮断した。
そのまま、重厚な机を蹴り倒しながら、胸のペンダントを引きちぎる。
スイッチを入れて、ディアナに投げつけた。
ソフィア陛下のDNA発信機 兼、小型グレネードは、一瞬ディアナを怯ませるには充分な爆風を放った。
しかし、瞬間、ディアナはミディスを庇うように覆いかぶさった。
(くそっ! ディアナの軍服は対爆仕様かッ!)
私を取り囲んでいたアンドロイド兵士たちは、無言のまま、次々とその場に崩れ落ちていく。
……
胸の放熱スリットや関節の隙間から、黒い煙のようなものが漏れ出していた。
机にこぼれたはずの黒いインク――。
それはただの液体ではなかった。
液体に見えた黒い染みが、突如として物理法則を無視した動きを見せ、無数の微細な粒子の集合体へと変化する。
かつてリュシアやサディスを苦しめた、あの悪夢のような「黒いスウォーム」――超小型マイクロドローンの群れだ。
それらは意思を持つ生き物のように舞い上がると、正確にアンドロイドのコア部分へと侵入する。
AIノアが残してくれたこの兵器は、狼型がカプセルに入れた状態でエルディア城に持って来てくれた。
ファランのプログラム通りに、アンドロイド兵士のコアに潜入すると自爆して破壊した。
「人間を対象とする」プログラムは消去されている。私が危険だという、ソフィア陛下の判断だった。
……
倒れた机の向こうから、ディアナがグレネードをこちらに投げ放った。
私は、後ろのアンドロイド兵の残骸を飛び越えると、謁見の間の扉へ飛び込んだ。
ドオォォォンッ!!
後ろで爆風が吹き荒れる。
通路で頭から滑り込んだ。
リュミエール王国の女王専用軍服の膝のアーマーを、傷つけてしまったようだ。
(許して、ソフィア陛下……)
城門の方から、白い犬に変装した狼型の『ボンド』が駆けてきた。
口には、私の愛用の武器が乗った銀のトレイを、落とさないように器用に咥えている。
ボンドの体に『ノミ』へと変装していたマイクロドローンも、門兵のアンドロイドを見事に沈黙させてくれたようだ。
「ボンド! おいで!」
私は、うつ伏せの状態のまま、トレイから小型グレネードを掴むと、謁見の間に向かって次々と投げ込んだ。
連続して爆発音が轟く。
重厚な扉は、爆圧によって木っ端微塵に吹き飛んだ。
私は立ち上がると、ブラスターを乱射して牽制しながら、ナイフなどの愛用品を素早くベルトに収納する。
「行くよ! ボンド!」
私は煙立ち上る、謁見の間に再び飛び込んだ。
「左右クリア!」
それと同時だった。
ズズズゥゥン……!!
空気が歪むような重低音と共に、城全体が激しく揺れた。
上空から何かが大気を引き裂いて降りてくる――ソニックブーム(衝撃波)だ。
謁見の間の窓ガラスが一斉に割れ飛び、天井が悲鳴を上げて軋む。
「時間どおりね……」
私は、ニヤリと笑うと、小型グレネードをふたたび謁見の間の中央に投げ入れた。
* * *
エルディア王国 エルディア城前の庭園
セラフィム号 艦橋──
エルザが、ペンを持ってサインをした瞬間──
ソフィアは、メインモニターに映し出される『エルザの視界』を注視していた。
それは、城の入り口で待機する、犬型兵器ボンドの背部ユニットを経由して届く。
極めて高度なステルス通信だった。
ボンドは周囲一帯に、敵の連携を断つための強力な電子妨害ノイズを撒き散らしている。
だが、エルザとの通信波だけは別だ。
嵐のようなノイズの隙間を縫うように、秒間で数千回も周波数を切り替える『周波数ホッピング』を行い、クリアな映像データだけを抽出・中継しているのだ。
「今よ! セラフィム号発進!」
ソフィアの、金髪に染めたショートカットが揺れる。
セラフィム号のメイン推進装置が唸りを上げ、空気を揺るがす。
ミレイ「上空、敵艦エウノミア号に動きは有りません。 敵艦からの火器管制レーダーの照射もありません」
ソフィア「大丈夫よ。 リュシアは必ずやり遂げるわ」
その直後、ミレイが声を上げた。
「あっ! エウノミアが! 急に制御を失いました。 墜落します!」
「墜落? リュシア素敵よ! 後はレオンお願い!」
ソフィアは操舵輪を握りなおした。
セラフィム号は、瞬時に空高く舞い上がると、艦首を宇宙に向けて急加速した。
大気圏を一気に駆け抜け、宇宙空間へ。
そして放物線を描き、グラナディア上空で大気圏に再突入する。
燃え盛るプラズマを纏いながら、音速を遥かに超えて垂直に急降下する白銀の巨体。
その質量と速度が生み出すソニックブーム
(衝撃波)は、それ自体が巨大な兵器だった。
グラナディア城上空で白銀の翼を広げ、急制動をかける。
その轟音で地上の兵士たちが足を止めた瞬間、ソフィアはミサイル発射のスイッチを押した。
「道を開けなさい!」
雨のように降り注ぐミサイルが、城の対空陣地を正確に狙う。
次々とグラナディアの砲台は破壊され、火柱が上がった。
ソフィア「ミレイ! 敵艦の動きは!?」
ミレイ「2時の方向! 山に囲まれた地点に反応あり!」
グラナディア軍の主力艦隊が、次々と舞い上がった──




