第20話 光りの雫(金属の輪 : カレン編)
グラナディア王国
グラナディア城内の、とある場所──
カレンはふたたび、まどろみの中にいた。
体は重く、目の焦点は、定まらない。瞼は体よりも重く、自分の状況を判断する事さえ考えれなくなってきた。
右手から伸びるの管に、赤い液体が見える。管の先端は、カレンの血管に刺さっていた。
左手に刺さる管からは、無色の液体が流れていた。
『まさか、薬物を……わたしに……』
* * *
また、眠ってしまったようだ。
目を開けると、今度はガラスの棺のようなカプセルの中にいた。
カレンは、無数の透明なチューブと光る管に繋がれていた。
痛みはない。けれど、言い知れぬ寒気が全身を這い回っている。
「美しい……。 この被験者のDNAは見事な配列だ……」
カプセルの外で、ミディス国王がモニターを覗き込みながら恍惚の声を漏らした。
カレンはカプセルの中で、力を振り絞り叫んだ。
「ミディス国王! 今すぐ、私を解放しなさい! 私への侮辱は、エルディアとリュミエール王国が許しません!」
彼の耳には聞こえないのか……ミディス国王は、操作盤に手を走らせる。
「では、始めようか。 そなたの『すべて』を見せてくれたまえ……」
カレンの入ったカプセルは、音も無くゆっくりと立ち上がる。
カレンは立った状態となるが、カプセルの中で動けない。
こちらを見つめるミディス国王と目があった。
そして、その隣には二体のアンドロイドロボットが機器を操作している。
カレンは、ミディスを睨みつける。声を出そうとするが、呼吸するのが精一杯だった。
次の瞬間。ブゥン……という低い重低音と共に、カプセル内が青白い光で満たされた。
「うっ……!」
カレンの身体が弓なりに反る。
刃物で切られるような痛みではない。
もっと深く、身体の奥底にある「何か」を無理やり引き剥がされるような、生理的な拒絶反応だった。
数分後……カレンの肌から、キラキラとした金色の粒子が浮き上がり始めた。
それは汗でも血でもなかった。
彼女の生命力そのものなのか……それとも『星の加護』の輝きなのか……。
「……やめ……て……」
何かを吸い取られていく感覚──
……
意識が遠のく──
記憶が走馬灯のように駆け巡る。
幼い日にソフィアと走り回った庭園の花の香り。
エルディアの草原を流れる川の水の心地よい冷たさ。
森を馬で駆け抜ける時の、木漏れ日の輝き。
レオンと出会った日の風の匂い。
愛しい娘、オーロラの温もり。
私を形作る大切な記憶が、データとして分解される……
それが、ガラスの管を通って吸い上げられていく……。
……
アンドロイドロボットが口を開いた。
『検出しました…… 数値は、異常値で測定できません……」
「おお……! これだ! これがエルディアとリュミエールの突然変異……『祈り』の波形だ! この波形パターンのエネルギーを抽出せよ!」
ミディスは狂ったように笑う。
カプセルから抽出された金色の光は液体となり、一滴、また一滴と試験管のようなシリンダーを満たしていく。
それは、凝縮された生体エネルギーが可視化されたようだった。
カレンの瞳から光が失われていく。
身体に傷ひとつないまま、魂だけが削り取られていくような、静かで残酷な実験だった。
(レオン……お姉さま……助けて……私の心が……消えてしまう……)
カレンの悲痛な叫びは声にならず、ただ涙の雫となって、
頬を伝い落ちた…‥ ・ ・ ・ ・ ・
* * *
惑星マーノス──
地上は地獄絵図と化していた。
空は赤黒く染まり、放射能の嵐が吹き荒れる。
神殿を覆う光のドームは、絶え間なく降り注ぐ死の雨と衝撃波に耐え、悲鳴のような音を立ててきしんでいた。
その神殿のさらに奥深く。
レオンとリュシアは、子供たちを連れて地下ドックへと急いでいた。
先頭には、白い髪の少年、デュカリオン。扉を開けた。
リュシア「あれが……ノアの方舟……」
広大な地下空間に鎮座していたのは、巨大な白銀の宇宙船だった。
セラフィム号と似ている。しかしセラフィム号よりも、力強いフォルムをしていた。
デュカリオン
「これは、リュミエール王国の地下に眠っていたセラフィム号の姉妹艦である、
──ケルビィム号です──。
あなたたちの祖先は、「セラフィム(熾天使)」と「ケルビィム(智天使)」の、2つの天使の艦を、発展を祈る星の人々の為、建造したのです」
それは、古代エルディアの文明が残した、セラフィム号と姉妹艦。『種』の発展の為に平和を祈り建造した希望の船だった。
「急いでください! シールドが限界です!」
デュカリオンが叫ぶ。
子供たちが次々とハッチへ乗り込んでいく。
リュシアが最後の一人を抱え上げて乗せた時、デュカリオンが足を止めた。
「……デュカリオン?」
リュシアが振り返る。
少年は、寂しげに微笑んでいた。
「私は、ここまでです」
「何を言ってるんだ! 一緒に来るんだ!」
レオンが叫ぶが、デュカリオンは首を横に振った。
「外は高濃度の放射線と熱嵐です。 このまま船を出せば、上昇中に装甲が溶かされ、子供たちの命は守れません」
デュカリオンは、天を指さした。
「私が中枢に残り、神殿の全エネルギーを集結させます。 シールドを瞬間的に最大出力で膨張させ、大気圏外までの『道』を作ります。 それは、この神殿を守る私にしか出来ません」
「そんな……それじゃあ、あなたは……!」
リュシアの声が震える。
「構いません。 私は所詮、オリジナルのAIノアから作られたコピー…… 鏡に映った幻ですから」
「違う!」
レオンがデュカリオンの肩を掴んだ。
「お前は幻じゃない! 痛みを知り、子供たちを守ろうとした、人間だ!」
デュカリオンの瞳が揺れ、一筋の涙が流れた。
その涙は、AIが初めて流した「人間」としての涙だったのだろう……
「……ありがとうございます。 その言葉だけで、私は人間になれました」
轟音が響き、天井の岩が崩れ落ちる。もう時間がない。
デュカリオンは、強い力でレオンとリュシアを突き飛ばした。
「行ってください! 神である先祖の血を引くあの子たちを……未来を守って下さい!」
ハッチが閉まる。
レオンは叫び、リュシアは顔を覆った。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
二人は艦橋へ駆け込んだ。
無数の計器が並ぶ操縦席。
レオンとリュシアが操縦桿を握ると、船が鼓動を始めた。
機械的な認証ではない。二人の「守る」という強い意志──『祈り』に、古代の重力制御エンジンが共鳴したようだった。
デュカリオンは、《祈りの部屋》に戻り、ひとり座禅を組むと『祈り』をはじめた。
白い髪がフワッと浮かぶ。デュカリオンの体が白く発光すると、その白い粒子が天へと舞い上がる。
『……さようなら、私に命の希望と祈りの心を教えてくれた友人よ……あなたたちは神だった……』
デュカリオンの最期の声が、レオンとリュシアに聞こえた気がした──
ズズズ……ンッ!
神殿が光に包まれる。
デュカリオンが命を燃やして展開したシールドが、光の柱となって空へ突き抜けた。
荒れ狂う赤い嵐の中に、一本の清浄なトンネルが穿たれる。
「いくぞ、リュシアッ!」
「はいッ!」
レオンがスロットルを全開にする。
方舟ケルビィム号が、咆哮のような轟音を上げて浮上した。
光のトンネルの中を、白銀の巨体が垂直に駆け上がる。
外では死の風が渦巻いているが、船体はデュカリオンの守りに包まれ、傷ひとつ付かない。
やがて──
船は赤い雲を突き抜け、静寂に満ちた宇宙空間へと飛び出した。
眼下には、赤く燃え尽きていく惑星マーノス。
そして、神殿があった場所から放たれた最期の光が、フッと消えるのを二人は見た。
「……デュカリオン……」
リュシアが涙を拭う。
レオンは、その悲しみを振り切るように前を向いた。
星の海の向こう。
愛する人が待つ、惑星エルディアの方角を見据えた。
胸のペンダントが、熱いほどに脈打っていた。
聞こえるはずのない声が、ひとつの粒子となりレオンの心に届く。
花びらのように、光は言葉となり開花した。
(……レオン……助けて……)
レオンは操縦桿を強く握りしめ、叫んだ。
「カレン! 待ってろ! 今いく!」




