別視点 : 言霊の継承者 【後編】
その言葉が、妙に引っかかった。
その言葉は、警告のようにも聞こえた。
それでも、古地図を頼りに杉林を歩いた。
そして__見つけた。苔むした石垣、蓋のない井戸。まるで時間が止まっているようだった。
僕は井戸の前に立ち尽くしていた。
杉林の奥、誰にも見つけられないような場所に、ぽっかりと口を開けた井戸。石垣は苔に覆われ、周囲には鳥の声も虫の音もなかった。まるで、音そのものがこの場所を避けているようだった。
「‥‥これが、あの記事に書かれてた井戸か」
僕はスマホを取り出した。画面には、白井誠一の古い記事のスクリーンショットが表示されている。
>「語らぬことで守れるものもある__それを、私はこの町で学んだ。」その一文を見ながら、僕はふと笑ってしまった。
「守るって、何を?こんな迷信、今どき誰が信じるんだよ」そう言って、僕はスマホのカメラを井戸に向けた。
動画を撮ろうかと思ったが気が変わって、ただ音声だけを録音することにした。
録音ボタンを押し、井戸に向かって言葉を落とす。
「くだらない。こんな井戸に向かって悪口言ったら呪われる? バカバカしい。
それに、あの記者も結局何も書いてないじゃん。中途半端な記事残して、逃げただけだ
ろ」
言い終えた瞬間、スマホの画面が一瞬ちらついた。
風が吹いた。冷たい、耳の奥を撫でるような風。
杉の葉がざわめき、井戸の中から、何かがこちらを見ているような気配がした。
僕は慌てて録音を止め、スマホをポケットにしまった。
「‥‥気のせいだよな」
その夜、スマホの録音データは消えていた。
バックアップも取っていたはずなのに、クラウドにも残っていない。
「‥‥‥まさか、そんな‥‥‥」
僕は何度も検素履歴をたどり、キャッシュを探し、復旧ソフトまで試した。けれど、何も戻らなかった。
あの井戸の前で録音した音声も、スマホから消えていた。
録音アプリの履歴には「ファイル破損」とだけ表示されていた。偶然だと、思いたかった。
でも、あの風の感触__耳元を撫でるような冷たい囁きは、今も忘れられない。
僕はは再び、白井誠一の古い記事を読み返した。
そこには、呪いのことは一切書かれていない。ただ、言葉の力について静かに語られていた。
>「語らぬことで守れるものもある__それを、私はこの町で学んだ。」その一文が、胸に刺さった。
僕は、語ってしまった。軽い気持ちで、面白半分で。
そして、何かを壊してしまったのかもしれない。
卒論のテーマを変えた。
「言霊と沈黙__未記録の民間信仰について」
資料は少ない。証拠もない。でも、僕は書いた。あの井戸のことを、白井のことを、そして自分の体験を。
ただし、具体的な場所も、井戸の写真も、録音の記録も載せなかった。
僕は、沈黙を守った。
論文の最後に、こう記した。
>「言葉は、記録されることで力を持つ。
>だが、語られぬ言葉にも意味がある。
>沈黙は、呪いを断ち切る最後の手段かもしれない。」
提出した論文は、教授に「曖昧すぎる」と言われた。でも、それでよかった。僕は、語るべきことを語らずに済んだ。
そして今、僕はこの文章を書いている。
誰にも見せるつもりはない。ただ、記録として残しておく。
言葉の墓標として__次に誰かが、あの井戸を見つけたときのために…。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、言葉が持つ“見えない力”と“沈黙の意味”をテーマにしたフィクションです。
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