別視点 : 言霊の継承者 【前編】
大正時代の地方紙に残された一本の記事――
「黒羽町に伝わる言霊信仰」。
その古い記事に惹かれた大学生が、
記者の足跡を辿り、ひとつの“声”に出会う。
言葉を信じる者と、語らぬことを選ぶ者。
時代を超えて響く“言霊”の物語。
大学の卒業論文で「地方紙に見る民間信仰の変遷」をテーマに選んだのは、正直、教授ウケを狙っただけだった。
図書館の古文書室で、埃をかぶった地方紙の縮刷版をめくっていたとき、ふと目に留ま
った記事があった。
「黒羽町に伝わる言霊信仰__言葉が持つ力について」
大正時代の記者、白井誠一という人物が書いたものだった。
内容は淡々としていた。井戸にまつわる言い伝え、言霊の概念、沈黙の選択。
だが、妙に引っかかる文があった。
>「語らぬことで守れるものもあるーそれを、私はこの町で学んだ。」
守る?何を?
興味が湧いた。ネットで「黒羽町井戸 言霊」と検索しても、何も出てこない。地図にも「旧井戸」の記載はない。それでも、僕は行ってみたくなった。
春休み、レンタカーで黒羽町へ向かった。
町は静かで、観光地でもない。地元の人に井戸のことを尋ねても、誰も答えなかった。
町の古地図を片手に、僕は商店の前で立ち止まった。
店先に座っていた白髪の老人が、じっとこちらを見ていた。
「‥‥あんた、何を探しとるんだい?」
低く、しかしどこか澄んだ声だった。
「昔の井戸を探してて。言霊の話、知ってますか?」老人はしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「言葉は、落とすもんじゃない。拾うもんだよ」「‥‥え?」
「昔、うちのばあさんが言ってた。井戸に向かって言葉を吐くと、耳元に戻ってくるってね。風になって、囁くんだと」僕は息を呑んだ。
その言い回しは、白井誠一の記事に出てきた"おきよ"の言葉と、ほぼ同じだった。
「その井戸、今もあるんですか?」老人は目を細めて、杉林の方をちらりと見た。
「あるかどうかは、あんたの言葉次第だよ」そう言って、老人は立ち上がり、店の奥へと消えていった。




