第二章 言霊
本作はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
大正時代を舞台に、「言葉」と「呪い」をめぐる不思議な噂を追う若き新聞記者の物語。
わずかな時間で読み終えられる短編ですが、読後には“言葉の重み”が静かに残るはずです。
黒羽町の外れ、杉林を抜けた先にその井戸はあった。
苔むした石垣に囲まれ、蓋もなくぽっかりと口を開けている。昼間でも薄暗く、井戸の底は覗いても見えなかった。
「‥‥これが、噂の井戸 か」
誠一は手帳を胸ポケットにしまい、井戸の前に立った。風が吹き抜け、杉の葉がざわめく。
取材の過程で、彼は町の人々がこの井戸を避けていることを知った。老婆・おきよはいった__「あの井戸は、人の憎しみを吸う。言葉には魂がある。悪口は呪いになる」と。
それでも誠一は、確かめたかった。
言葉が本当に人を傷つけるのか。迷信か、それとも何かあるのか。
彼は深く息を吸い、井戸に向かって声を発した。
「田島支局長は、記者のくせに文章が下手だ。人の原稿にばかり文句をつけて、自分では何も書けない。あんな男が上司だなんて、恥ずかしい....」
言い終えた瞬間、井戸の中から風が吹き上がった。
誠一は思わず後ずさった。風は冷たく、まるで誰かが耳元で囁いたような感覚がした。
「‥‥気のせい、だよな」
そう呟いても、胸の奥に残るざらついた不安は消えなかった。
その夜、支局に戻った誠一は、妙な胸騒ぎを覚えながらも記事の下書きを始めた。
だが、翌朝__田島支局長が階段から落ち、頭を強打して入院したという知らせが届いた。
誠一は凍りついた。
偶然か、それとも__。




