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【小噺】パメラの想い人

 ささやかな夜風に吹かれ、緊張で火照る身体が優しさに撫でられる。落ち着こうと目を閉じ、深呼吸をしてみるが、しかし、周囲の人々の熱気は冷たい風越しにも感じて、周りの熱気に当てられて、また心が早鐘を打つ。


 目を開いて、空を見上げた。雲をも貫くほどに巨大な建造物。白亜の塔。この高い、高い塔の中のダンジョンへと、願いを叶える聖冠を求めて、夢を叶えるために自らの意志で、これから挑むのだと思えば、この心の高鳴りを鎮める方法も思い浮かばないものだ。


 パメラは、もう何度目かになる深呼吸を繰り返して、胸に手を当てた。大丈夫。故郷のことを想えば、どんな恐ろしい場所だって挑めるはずだ。


 そうしてまた周囲を見渡す。ここにいる人々はまるで大地を埋め尽くさんとするばかりの数だ。大きく、長い馬車。それを運搬する家畜や、家畜化した魔物たち。それを守護する屈強な護衛隊たち。馬車の管理をする商人。そして護衛たちのうち、何割かがこの塔を探索することを目的とした探索者たち。


 とてつもない数の人々に息を呑む。鎧に身を包んだ人もいれば、動きやすさに重点を置いた人もいる。如何にも魔法使いと云った出で立ちの人もいれば、全身を黒尽くめのローブに身を包んだ正体不明の一団もいる。


 きっと、彼らにも様々な思惑があって、きっと、それは自分のように譲れないものもあるのだろう。


「大丈夫よ。不安なんてないわ」


 言い聞かせるようにパメラは呟き、両の手をぎゅっと握り合わせた。


 嗚呼、それでも。それでもと、願わずにはいられない。


 強くあれと言い聞かせるこの心の端に巣食う暗黒を払ってくれる、強く、逞しく、大きな存在が、あれば。


「——っ!?」


 ふと、それは視界に入った。


 見間違いか。いや、そんなことは考えてはいられない。微かに面影のあるその存在が視界の端を横切った時、パメラは頭が真っ白になって、反射的に、そう、反射的だ。何も考えずに動いていたのだ。


「お待ちください! 待って!!」


 咄嗟に手を伸ばして掴んだその人の腕は丸太のように太い。膨れ上がった筋肉を鋼鉄のガントレットや胸当てなどの軽鎧が包み、頭は銀色の兜に守られている。人型の妖精——戦妖精いくさようせいを供に連れた、赤いマントを風に靡かせる、ハイマンの男が振り向いた。


「え? あの、なにか……?」


「……あっ」


 振り返ったその男の顔。


「どしたの、シュラン?」


「いや、オレも何が何だか……」


 兜の奥に見える、小さくて穏やかな青い瞳と、団子っ鼻。傍に飛ぶのは少年のような容姿のあどけない妖精だ。


「あ……し、失礼しました。その、知り合いだと、勘違いを……」


「そうですか」


 男はどことなく、迷惑そうな、邪魔そうな表情を浮かべると、妖精を連れて去って行ってしまった。


「……何をやってるのかしら、私は」


 一瞬、記憶の中にある人の姿を幻視した。それに翻弄されて、似ても似つかない人をその人だと思い込んで、声をかけるなんて、未熟な熱に浮かされた少女染みた行動なんて、破廉恥だ。

「どうしたの、パメラ?」


「タヌライ……」


 自分の行動を恥じていたパメラが頬を手で押さえていると、戻ってきたパメラが今しがた去って行った男の方を見つめる。


「なにかあった?」


「……いえ。知っている方だと勘違いして、お声かけをしてしまいました」


「そーなんだ。その人も探索者なの?」


「……わかりません。ただ、特徴が同じでしたので……ふふっ、あの方には失礼なことをしてしまいました」


「ふーん?」


 タヌライは辺りを見回す。人の波に消えて、先ほどのハイマンもどこに行ったか、もうわからない。


「どんな特徴の人なの?」


「……同じ格好とは限りません。何せ一三〇年ほども前のことですから。ですが、今でも鮮烈に目に焼き付いているの」


 パメラは目を伏せ、心の奥に焼き付いている、その男を想う。


「全身を鎧に包んで、輝く銀の兜に、赤いマント。女の子の戦妖精を連れて、栗毛の馬を駆る、おとぎ話の騎士のような方。兜の奥には燃えるような赤い瞳。強い、とても強い意志と勇気を秘めた、情熱的な瞳です。そして、日に焼けた、少し浅黒い肌の、ハイマンの男性です」


「銀兜に、戦妖精……」


 まだ成人前に出会った、その男。


 その腕の中に抱かれ、馬を駆け、自分を護るために剣を振るわれたその姿は、その熱い瞳は、今でも胸の中にくすぶり、時に乙女を少女へと戻す。憧憬どうけいと、焦熱にむしばまれた、あの日の少女へと。


「ちょーっと、それだけだと情報が……」


 うーん、とタヌライは首を傾げる。


「やはり、あまり珍しい恰好ではありませんか?」


「そうだねぇ」尋ねるパメラに、タヌライも眉を八の字にして唸るばかりだ。その視線は右へ、左へ、と動き、ふぅ、と嘆息する。


「探索者でも、兵士でも、冒険者でも、みんなやってるんだよね、それ」


 返って来た言葉は、パメラには意外なものであった。みんなやっている、とは?


「えーっとね、確かエルフの国のおとぎ話だっけ? ほら、エルフの国を創った、白い王様の話。その人が銀色の兜を被って戦に出ると常に勝つ、っていうお話だったかな。それにあやかって、旅に出る人はみんな銀色の兜を身に着けるのがメジャーなんだよね」


「そ、そうなのですか?」


 表情に出ていたのか、タヌライはそのゲン担ぎの話をし出し、パメラの戸惑いに、頷いて返した。


「あとは妖精だっけ。これもどこが発祥かは、ボクもよくわかってないけど、旅に出る人は戦妖精をお供に着けるのが流行らしいよ。それに軽鎧やマントも長い旅だと身に着けている人もかなり多いし、馬を連れてる人なんてそれこそいくらでもいるから、特徴的とは言えないかなぁ……」


「そう、でしたか……」


 戦妖精——妖精族の中でも人に近い姿を持つ、特徴的な妖精だ。他の妖精と比べて、人の姿に近いからか、武装して戦闘を行ったり、魔法による補佐などを行うこともあれば、本来の妖精よりも自然物から離れても大きな影響はない。そのため、戦場への供として昔から人と行動を共にすることが多い、一風変わった妖精である。妖精を連れた騎士など、掃いて捨てるほどいるだろう。


 そんなことも知らず、それを特徴だと思って、記憶の中の蜃気楼しんきろうを追い求めるだなんて、恥ずかしい話だ。パメラは両手で顔を覆いながら、深いため息を吐いた。


「パメラがそんな反応するなんて意外だよ。そんなに、その人に会いたいんだ?」


「会いたい……という気持ちが正しいのかわかりませんが、その方にはとあることで助けて頂いたことがあるのです。その時のお礼を、まだ言えていないの……」


「そうなんだ……いつか、会えるといいね」


「……ありがとう、タヌライ」


 遠くからクレバシが呼ぶ声がする。そろそろ突入するぞと。彼女の傍には弟のテットも控えていて、手を振って、パメラを呼んでいた。


「さ、行こう、パメラ。その人に会うためにも、まずは最初のダンジョンを乗り越えなきゃ」


「えぇ、そうですね。今は目の前のことに集中しなければ」


 人々が動き出し、塔の中へと入っていく。吸い込まれるように、導かれるように。


 自分も、まずは目の前の試練へと挑むべきだ。パメラは気を引き締め直し、仲間と共に塔の中へと入って行った。

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