「除霊師とギャル霊と、はじまりの日。」
「……ん……朝か……」
目をこすりながら起き上がると、部屋にはすでに“音”があった。
冷蔵庫を開ける音。なにやら探してる音。そして、明らかにビニール袋をあさる音。
「……かなぁ……」
台所には、金髪ミニスカの幽霊がしゃがみ込んでプリンと格闘していた。
「あ、晴人くんおはよ〜。ねぇ、このプリン、賞味期限ギリだけど食べていい?」
「それ俺の朝ごはん!! てか、霊が食うな!!」
「失礼な〜。ウチだって食べたいもんは食べる主義なんだから♪」
どこにそんな主義があるんだ。
成仏しそこねたギャルが朝から勝手に冷蔵庫を漁ってるの図、
これが俺の日常になりつつあるの、ちょっと納得いかない。
「ウチ、もうここで暮らすし〜、ね? ルームメイトってことで♪」
「やめて。“ルーム”はあるけど、“メイト”はないから」
はあ……。
今日もまた、ポンコツ除霊師の一日が始まる。
「ん〜、今日も天気いいね〜」
通学路――じゃなくて、依頼先に向かう途中の道。
その横を、かながふよふよと浮遊しながらついてくる。
制服姿の学生たちとすれ違いながら、俺はぼそっと言った。
「お願いだから、もうちょっと地面歩いてくれ」
「なんで? 空中のほうが足楽だし〜」
「視覚的におかしいんだよ! 一人でブツブツ文句言ってるやつになるの、俺なんだよ!!」
通りすがりのOLに、がっつり怪訝な視線を向けられた。
うん、完全に不審者コース。
「……あら、晴人くん。今日も元気ねぇ」
聞こえたのは、ご近所の佐々木おばあちゃんの声。
振り向くと、ニコニコして手を振っている。そしてその視線は――かなを見ていた。
「あ、ばあちゃん! それ見えてるの!? ていうか知ってたの!?」
「あらやだ、あの子ずっと前からいるでしょ? 可愛い子よねぇ」
「地元に溶け込みすぎじゃない!?」
公園のブランコが、誰もいないのに揺れていた。
それを見つけたかなが、俺の袖をつかんで言った。
「あれ、多分いるよ。……子どもの霊」
「……わかるの?」
「ウチ、そういうのはちょっと得意」
ブランコに近づいてみると、小さな男の子の霊がうつむいて座っていた。
ランドセルを背負っていて、姿は透けているけど、どこか寂しげな空気が伝わってくる。
俺は、ゆっくりと膝を折って目線を合わせた。
「……どうした? 学校、行きたくなかったのか?」
少しして、少年の霊はぽつりと呟いた。
「……誰も、遊んでくれなかったの」
「そっか」
「いなくなっても、誰も気づかなかった……」
それを聞いて、俺は静かに頷いた。
「でも、今は俺が気づいたぞ」
「……うん」
少年の姿が、すうっと薄れていく。
最後に、小さく『ありがとう』と呟いて、ブランコからふわりと消えた。
「……やっぱ晴人くん、モテるね」
かなのその言葉に、俺は即座に反論した。
「霊に、な!!」
まったく、どこまでいってもこれだよ。
日が沈みかけた空の下、俺とかなは並んで歩いていた。
商店街を抜けて、公園の脇を通り抜ける。
特に目的があるわけじゃない。ただ、今日の空気が気持ちよかっただけだ。
「ねえ、晴人くん」
「ん?」
「ウチ、やっぱりさ……成仏しなくてよかったかも」
「おい」
「だってさ、晴人くんとこうやって歩いてると、なんか“今”を生きてるって感じするんだよね〜」
俺は苦笑して、少し前を歩き出した。
成仏はしなかった。いや、しきれなかった。
それでも、こうして誰かと並んで歩けるのなら――
俺は除霊師だ。
祓えなくても、寄り添える。
それなら、それでいい。
「さて、明日はどんな依頼かな〜」
後ろでかながぴょんと跳ねる。
「ねぇねぇ、晴人くん、今度こそ女子の霊とか出てくるんじゃない? ライバル出現! 的な?」
「その手の発言、いちいち面倒だからやめてくれ!」
明日も、たぶん俺は誰かの話を聞いてる。
それが俺の――“除霊師としての仕事”なんだから。
一部、三人称になっていたところを修正しました