「それでも、俺は除霊師をやめない」
夜、部屋の灯りを落として、カーテン越しに月明かりが差し込んでいた。
かなはソファの上で丸くなって寝て――るように見えたが、多分ただぼーっとしてるだけだ。
俺はちゃぶ台の前に座って、ノートを広げていた。
ページには、薄く書きかけの文字。
「除霊師って、なんなんだろうな……」
小さく独り言を呟く。
祓えない。浄化できない。式もまともに使えない。
でも俺は、“霊の話を聞く”ことができる。
それだけでも、何かの意味があるのなら――
「……まあ、ポンコツなりに、やるか」
ページの隅に、さりげなく書き足した。
『今日、ひとり救えた』
その言葉を見つめたあと、ゆっくりノートを閉じた。
ノートを閉じたあとも、しばらく俺はぼーっと天井を見ていた。
小さい頃のことを思い出す。
初めて霊を見たときのこと。
誰にも信じてもらえなかったこと。
『おまえは視えるだけで、祓えない』
除霊師の家系に生まれた俺にとって、その言葉は呪いみたいなもんだった。
血筋に裏切られた気がして、自分の存在意義すら疑って――
でも、今日。
俺は、ひとりの霊とちゃんと向き合えた。
話して、笑って、泣かせて――
成仏させて。
……いや、正確には“成仏したと思ったら戻ってきた”だから、どうなんだろな……
それでも、感謝された。
「ありがとう」って、言ってもらえた。
あの一言が、ずっと頭に残ってる。
それだけで、俺は救われたような気がしていた。
ピコン、とスマホが鳴った。
ちゃぶ台の上に置いてあったそれを手に取り、画面を確認する。
『除霊のご相談をお願いできますか? 急ぎではありませんが、可能であればご連絡ください』
差出人は、佐伯さんだった。
「……また来たか」
少しだけ、表情が緩んだ気がした。
「どうせまた、話を聞くだけになるんだろうけど」
それでも、必要としてくれる人がいるなら――
「――行くか」
後ろから、ふにゃっとした声がかぶさる。
「ん? なになに? 次の現場〜? ついてっていい〜?」
振り向くと、かなが布団からひょこっと顔を出していた。
髪ぼさぼさのまま、ウィンクしてピースサイン。
「やめとけ。お前が出る方が怖がられるわ」
「ひど〜い! ウチのどこが怖いのさ〜!」
「ぜんぶだよ!」
にぎやかなツッコミが、夜の静けさにぽつんと響いた。
翌朝、空気は澄んでいて、空には雲ひとつなかった。
軽く寝ぐせを直して、玄関で靴を履く。
除霊師としての装備は……いつものカバンひとつ。
お札と、線香と、あとは――会話力だけ。
背後から、かなの声が飛ぶ。
「気をつけてね〜。また惚れられないようにね〜?」
「フラグ立てるな!」
俺は振り返らずに手を振って、歩き出す。
除霊できない。力もない。実績なんて、ほぼゼロ。
それでも俺は――
「俺は除霊師だ。話すだけでも、誰かの力になれるなら――」
空を見上げると、まぶしい朝日が目に刺さった。
「……ポンコツなりに、やってやるさ」
その一歩が、少しだけ軽く感じた。