「成仏してないのかよ!!」
アパートを出てから、しばらくの間、俺は無言だった。
夕焼けの空が街を包み込んでいて、肌寒い風が頬をかすめる。
足取りはゆっくりで、どこか心がふわふわしていた。
「……成仏、したんだよな」
自分に言い聞かせるように呟く。
あんなふうに、誰かを見送ったのは初めてだった。
胸の中に残っているのは、さみしさと、ちょっとだけの誇らしさ。
除霊できないポンコツでも、誰かのためにできることがあるのかもしれない。
そんなことを考えていた――その時だった。
「はーるとー♪」
……聞き覚えのある、あまりにも軽やかな声。
振り返ると、そこには――
金髪ミニスカ、笑顔全開のギャル霊。
「うそだろ……!?」
「……うそだろ……」
呆然と立ち尽くす俺の目の前で、
かなは満面の笑みでピースサインを決めていた。
「やっほー、晴人くん。また会ったね☆」
「いや“また”じゃねぇよ! 完全に成仏したじゃん!」
「いや〜、なんかちょっとだけ未練残ってたっぽくて?」
「そんな軽い感じで帰ってくんな!!」
どういう理屈だよ。完全に見送ったじゃん。
光の粒、消えたじゃん。泣かせたじゃん俺。
「いや〜、でもさ? ウチ、帰ってみて思ったんだよね〜」
「……帰ったのかよ」
「ちょっと、晴人くんのこと好きかもってやつ?」
「いやいやいやいや!!」
今度こそ、俺のツッコミが街に響いた。
「……で、なんでお前、俺の部屋にいんの?」
気がついたら、かなは俺のベッドの上であぐらをかいていた。
霊なのに。ベッドに座れてるのがもう意味わからん。
「いや〜、だってここが一番落ち着くんだもん♪」
「もうここ、お前の家かよ……」
ていうかそもそも、霊って物理的にここ来れんの!?
幽霊ってもっとこう、境界とか結界とかあるんじゃ……
「もうさ、ここ住んじゃおっかなって思って〜」
「ちょっと待て、何勝手に入居しようとしてんの!?」
「家賃いらないし、邪魔にならないし、寂しくないし、いいことづくめじゃん?」
「俺の精神が死ぬわ!!」
ああ、ダメだ。
この流れ、絶対に止められないやつだ。
その夜、俺の部屋には、当然のように“同居人”がいた。
ソファに寝転び、スマホのフリして空中スワイプしてる霊。
かなはもう完全にくつろぎモードで、俺の存在など空気のようだ。
「冷蔵庫にプリンあった〜! 食べていーい?」
「だめだ。っていうか、なんでお前食べられんの!?」
「ん〜、気合?」
「超能力じゃねぇか!!」
ああ、これはもう、絶対に祓えない。
成仏させたと思ったら、なぜかヒロイン化して戻ってくるし、
俺の除霊人生、完全にバグってる。
でも――
そんな日々も、悪くないかもな……なんて、思ってしまう自分がちょっと怖い。
「さてさて〜、次はどんな霊が来るのかな〜?」
「フラグ立てるな!!」
俺のツッコミが夜の部屋に響いた。