君は、なにを残しているの?
翌日、俺はまたアパートに来ていた。
昨日のあれは……夢じゃなかった。むしろ、夢ならよかった。
扉の前に立って、深呼吸。
ノックしようか迷ったが、ここは誰も住んでいない。
ノックする相手が“霊”だという現実に、毎度ながらちょっと笑えてくる。
静かにドアを開けると、そこには――
「おかえり〜っ☆ 晴人くんっ!」
ぴょんと跳ねて出てくる金髪ミニスカギャル霊。
見慣れると、これはこれでテンプレ化しそうで怖い。
「ただいま……って言わせるな!」
「ウチさー、マジでヒマしてたから超うれしいんだけど!」
「いや、別に遊びに来たわけじゃ……」
「んー?」
……あれ?
昨日と同じテンションだけど、どこかちょっと違う。
無理してる、ってほどじゃない。けど……なんだろう、この感覚。
「あ、そうだそうだ! 昨日の続きしよ〜よ!」
そう言って、かなは畳の上に座って手招きする。
何の“続き”なのかは分からないけど、とりあえず腰を下ろす。
「晴人くん、好きな芸能人とかいる〜?」
「いきなり何の話?」
「いいから答えてって〜」
結局、そのまま他愛もない雑談が始まった。
好きな食べ物、趣味、恋愛観まで、まるで普通の女子高生との会話みたいで、
途中から俺もツッコミを入れながら、気がつけば笑っていた。
でも――
「そういえば、ウチもさ……」
と言いかけたかなが、ふっと言葉を飲み込んだ。
表情が、ほんの一瞬だけ沈む。
「……なんでもないっ!」
すぐに笑顔を取り戻してみせたけれど、その笑いは少しだけぎこちない。
「かな……」
声をかけかけて、やめた。
無理に聞いちゃいけない気がして。
けど、確かにあの時、彼女の中に“何か”が揺れた――そんな気がした。
しばらく沈黙が続いた。
明るかった雰囲気が、ふとした拍子に色を変える。
かなは視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。
「ウチね……気づかれなかったんだ」
「……え?」
「死んだときも、そのあとも。誰も、ウチがいなくなったって気づいてくれなかった」
声は静かで、笑いもギャル語もなかった。
「クラスでも明るくしてたし、友達もいっぱいいたはずなのに……
誰も“あれ、かな最近見ないね”とか言ってくれなかった」
かなの手が、畳の上でぎゅっと握られる。
「それが……一番つらかった。いなかったみたいに、全部が流れてって」
「誰にも覚えてもらえなかったら、ウチ、ほんとにここにいた意味あるのかなって……」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
彼女の涙が、音もなくぽたりと落ちた。
「……誰にも覚えてもらえなかったら、ウチ、ほんとにここにいた意味あるのかなって……」
その言葉が、部屋に静かに響いたまま、しばらく空気が動かなかった。
俺は、言葉を探した。
正解なんてないのは分かってる。だけど――
「……それでも、君のことをちゃんと覚える人が、ここにいるよ」
かなが、顔を上げる。目は涙で赤く、でも驚いたように見開かれていた。
「俺は、君に会いに来た。昨日も今日も」
「……晴人くん」
「君がここにいたこと、俺はもう、忘れないから」
一瞬の沈黙のあと、かなは泣き笑いみたいな顔をして――
「……やっば、それって告白じゃん」
照れ隠しの軽口。その奥に、かすかな安堵が見えた気がした。
俺は、少しだけ笑って、答えた。
「たぶん、違う」
でも、きっとこの瞬間――
彼女の“心”は、救われかけていた。