ギャル霊、現る
アパートの一室は、静かだった。
家具はなく、古びた畳と埃だけが残る六畳間。
夕方の薄明かりが障子越しに差し込み、ほこりの粒を浮かび上がらせている。
足音が吸い込まれるように消えて、やがて、部屋の空気が変わった。
背筋がゾワッとする。目に見えない“なにか”が確かに、そこにいる。
「……いるな」
小声で呟いた瞬間、背後から――
「うしろ〜♪」
ビクッとして振り返る俺の目に飛び込んできたのは、
金髪・ミニスカ・ピースサイン。
なんだこの霊!?
「やっほ! 除霊師くん? よろしくね〜★」
半透明の笑顔が、やけに眩しかった。
「……あの、君は……?」
恐る恐る声をかける俺に、彼女はにっこり笑って指を立てた。
「ウチ? “かな”でいーよー。よろしくね、除霊師くん★」
除霊対象が自己紹介してきたんだけど!?
「ていうかマジ助かる〜。最近、誰も来てくれなくてさ〜。
ウチ、めっちゃ寂しかったんだよね〜」
「いや……それどころか、ここの住人が出て行ったって……」
俺は小さく肩をすくめながら言った。
「え? マジで? そりゃびっくり!」
「びっくりじゃなくて!」
すでにペースを完全に持っていかれている。
なんだこの霊。元気すぎる。テンション高すぎる。
「てかさ〜、そのお札? そういうのってマジで効くの?」
「……まあ、本来はね。俺にはあんま効かないけど」
「えー、そーなの!? ウケる!」
こっちは深刻に来てんのに、あっちは笑いすぎて腹抱えてる。
除霊、できる気がしねぇ……!
「それで……君は、どうしてここに?」
少し落ち着いたタイミングで、俺は問いかけた。
かなは、畳の上にぺたんと座りながら、ぽりぽりと指先で耳の横を掻いている。
「ん〜? なんでだろね〜。気づいたら、ここにいたって感じ?」
「自分の死因とか……覚えてないのか?」
「いや、たぶん覚えてるけど……思い出すのめんどいっていうか?」
と、軽く笑ってごまかした。
でもその笑顔の裏に、ほんの一瞬だけ、影が落ちたのを俺は見逃さなかった。
「ていうかさ〜、ウチ、ひとりにされるの、マジで無理で。
ここってさ、人来ないじゃん? だから、めっちゃつらくて〜」
声の調子は明るいけど、語尾が少しだけ震えていた。
彼女の周囲の空気が、ふわりと揺らいだ気がした。
「……そっか」
俺はそれ以上、深くは聞けなかった。
「ねえ、晴人くんってさ、彼女いないでしょ?」
突然のぶっこみに、俺は盛大にむせた。
「なっ……え、なんで名前知って……っていうか、何その質問!?」
「んー、なんとなく? ウチ、そういうの勘いいし」
ニコニコと悪びれもなく笑う霊。
その姿に、なんだか生きてる人間よりも生き生きしてる気がして、複雑な気分になる。
「ウチさ、思ったんだけど」
かなは、ふわりと立ち上がると俺の目の前で両手を組んで、言った。
「晴人くん、ウチの話ちゃんと聞いてくれるし、優しいし……もしかして、好きかも〜」
「えっ!? ちょっ……!?」
「じゃ、明日も来てねっ♪ ぜったいだよ〜?」
そう言い残して、かなはぴょんと跳ねて、部屋の奥へふわりと溶けていった。
……これは、マズい。
除霊するつもりが、惚れられてどうすんだよ。
ていうか、マジで明日も来る流れになっちゃってるんだけど!?