除霊できない除霊師ですけど、何か?
俺の名前は、結城晴人。
代々続く除霊師の家系に生まれた――はずだった。
子供のころから、見えた。霊が。
学校の廊下でボーっと立ってる人、教室の窓の外にぶら下がってる人。
俺には全部見えていた。でも、何もできなかった。
『ああ、またか』って見送るしかなかった。
祓う力? そんなもん、持って生まれてない。
『お前は血が薄いんだ』って、じいちゃんに言われたときは泣いたよ、マジで。
それでも除霊師を名乗ってるのは、他でもない。
人に頼られると、断れない性格なんだよな。
『ここに女の霊が……』って言われると、『あ、はい』って行っちゃう。
で、結局、何もできない。謝って帰る。
……いや、むしろ、そこからが問題だった。
最近じゃ、“居着かれる”ことが増えた。
成仏どころか、霊に気に入られて、家までついてくる始末。
除霊師なのに、モテてどうすんだよ。
ってか、そっちのモテは求めてないから!
一応、俺なりに頑張ってきたんだよ。除霊。
でも、結果が……うん、こう、なんというか、悲惨。
最初の依頼は、小学校のトイレに出るって噂の幽霊。
青白い顔で出てきたかと思ったら、泣きながら『友達になってくれるの?』って。
なぜか俺、その場でハンカチ渡して慰めてた。
数日後、『ハル兄ぃー!』って呼びながら毎晩現れるようになった。
成仏するどころか、超元気。
次はアパートの押し入れに現れる“呪い系女子霊”。
こっちは逆にヤバいやつかと思ったら、除霊の儀式の途中で急に頬を染めて、
『……こんなに真剣に向き合ってくれたの、初めて』って。
え? 恋? いやいやいや。
その後も『今日も会いに来たよ』とか言って、
押し入れに勝手に戻っていくのやめてくれ。怖いから。
とどめは、神社にいた猫の霊。
除霊しようとしたら、目の前でゴロゴロ転がって俺の足にスリスリ。
気がついたら、ペット霊三匹くらいに囲まれて、
俺、神主さんに『お前、なに呼んでんだ』って怒鳴られたからな。
……どうしてこうなった。
そんなポンコツっぷりを積み上げた俺に、またしても依頼が来た。
スマホが震え、着信表示に見覚えのある名前。
「……あ、もしもし。はい、結城です」
電話の相手は、近所の神社で除霊相談窓口をやってる佐伯さん。
若いのにやたら霊感が強くて、俺がヘタレだって知ってるくせに、ちょくちょく依頼を回してくる。
『おまえ、話だけは上手いからなー』とか言って。フォローになってねぇ。
『今回のはアパートの空き部屋。女の霊が出るって話。住人が怖がって逃げたらしい』
「あー……」
『出るのは夜が多い。お祓いできるならしてほしいけど、無理そうならまあ……話くらいは聞いてやって』
俺は、しばらく沈黙してから答えた。
「……わかりました。行きます」
また“話を聞くだけ”か。
でも、それでもいい。
誰かが困ってて、俺が少しでも役に立てるなら――
ポンコツなりに、やるしかないだろ。
日が暮れるころ、俺は家を出た。
目的地は、駅の裏手にある築古アパート。
古くて狭くて、よくある『出る』って噂が立ちそうな外観。
それでも、玄関の前に立つと、やっぱり緊張する。
背筋がゾワッとして、空気がひやりとする感じ。
ああ、いるんだろうな、って。
俺は深呼吸して、扉に手をかけた。
除霊師なのに、祓えない。
何度も失敗してきたし、たぶん今回も劇的な結果なんて出ない。
それでも俺が来る理由は、たったひとつ。
目の前の誰かが、困ってるなら。
たとえそれが、この世に未練を残した“誰か”でも。
俺の話を聞くくらいで、少しでも楽になれるなら――
行こう。ポンコツでも、俺なりに。
ドアが、きぃ、と音を立てて開いた。