ブラックアルティメットドラゴン
ボス部屋の扉を押し開くと、そこには一体のドラゴンが鎮座し眠っていた。
天井に届きそうなほどの巨体。
全身を覆う闇よりも深い漆黒の鱗。
刃のように鋭い爪、太くしなやかな尾、そしてその背から広がるのは、雷雲を裂くような巨大な双翼。
ってあれ、伝説モンスターのブラックアルティメットドラゴンじゃん!
これはまずい。本当にまずい。
ブラックアルティメットドラゴンは”伝説の三龍”の一角とされる神話級モンスター。
大昔、“勇者”ですら倒せなかったという、史書の記録に残る存在だ。
伝承は聞いていたが、まさか実在するなんて……!
「なんだ、SSランクダンジョンのボスだからどんなモンスターが出るのかと思ってたけど、よくいる普通のドラゴンじゃない! 楽勝そうね!」
え!? まさかパワラちゃん、ブラックアルティメットドラゴンを知らないのか!?
いやでも、確かにテイマー以外の一般人からしたら、ドラゴンの種類の区別なんてつき辛いのか。
そんな僕の動揺をよそに、ドラゴンが重々しくまぶたを上げる。
澄んだ金色の瞳がこちらを見据え、ゆっくりとその巨体を起こす。
「ギャオオオオオオオオオオオス!」
――次の瞬間、世界が震えた。
その咆哮は空間を引き裂き、大気を震わせ、耳の奥を破壊するような衝撃波となって襲いかかってくる。壁に無数のヒビが走り、床は波打ち、天井からは岩石が崩れ落ちる。
そして、その咆哮に応えるように、ドラゴンの足元に黒い魔法陣が幾重にも広がっていく。
魔法陣が禍々しく輝き、そこから――
「「ピギャアアアス!」」
小型のドラゴン――リトルブラックドラゴンが次々と湧き出してくる。
リトルブラックドラゴンはブラックアルティメットドラゴンの無限の魔力から生み出される、魔導生命体だ。本体を倒さない限り、リトルブラックドラゴンは生み出され続ける――と伝承では言われている。
「雑魚を生み出すタイプのボスですね……厄介です。まずは、雑魚から倒しましょうか」
「待って、ロジリーちゃん! 雑魚じゃなくて本体を倒さないと――」
僕は咄嗟に制止するが、それを意に止めずパワラ、ロジリーは技を繰り出す。
「《ファイア・グランドクロス》!!!」
「《アダマント・ブルースフィア》!!!」
「「ピギャアアアアアア!?」」
灼熱の十字光と、青白い魔力球が炸裂。
魔法陣から出てきたばかりのリトルブラックドラゴンたちは、生まれて間もないまま爆炎と衝撃に呑まれて消し飛んだ。
しかし――
「「ピギャアアアス!」」
すぐに魔法陣が再出現して、新たなリトルブラックドラゴンたちが湧き出してくる。
「うげぇ……しつこいですね。SSランクボスドラゴンの癖に、戦い方が狡いです」
「要は小物って事よ! 召喚できなくなるまで、焼き尽くしてやるわ!」
♦♦♦
しばらくすると、パワラとロジリーのMPが尽き、戦況は急変した。
高範囲・高火力のスキルはもはや使えず、リトルブラックドラゴンたちは際限なく湧き続け、視界を覆い尽くすようにフィールドを埋めていく。
「くっ……!」
パワラが歯を食いしばり、震える腕で剣を構える。
ロジリーも肩で息をしながら、杖で体を支えていた。
二人は雑魚ドラゴンの群れをいなし、かいくぐりながら本体に攻撃を仕掛けるが――
ブラックアルティメットドラゴンは、びくともしない。
傷一つ負わず、悠然とこちらを見下ろしていた。
時間だけが過ぎていく。
そして、それに比例するように二人の動きが明らかに鈍っていった。
息遣いは荒く、足元がふらつく。
かつてどんな強敵とも渡り合ってきたパワラとロジリーが、明らかに限界を迎えつつあった。
「パワラちゃん危ない! よけて!」
モラハお姉ちゃんの声が響いた。
直後――
「え?」
パワラが《紅翔剣》を繰り出した後隙。
その死角から、リトルブラックドラゴンが突進してきた。
モラハの声に反応したパワラだったが、間に合わない。
「きゃあっ!」
パワラの体が弾き飛ばされた。
無防備なまま壁に激突し、そのまま崩れ落ちる。
「パワラさん!」
ロジリーが一瞬気をとられる。
その隙を伝説モンスターのブラックアルティメットドラゴンは見逃さない。
巨大な尻尾をロジリー目掛け振り回してくる。
「あ……」
振り返る暇すらない。
次の瞬間、巨大な尾が彼女の胴を直撃した。
鈍い音が響く。
小さな体が宙を舞う。
そして、壁へと叩きつけられた。
あっという間に二人は戦闘不能になってしまった。
ま……まずい。
いやこれ、本当にまずくないか?
パワラの軽装鎧はひび割れ、ロジリーの杖は転がっていた。
口元から血が零れ、微かに痙攣している。
このままだと――パワラちゃんも、ロジリーちゃんも……
「パワラちゃん! ロジリーちゃん! 今、助けに行くから……!」
モラハお姉ちゃんが二人を助けるため、《聖防壁》でリトルブラックドラゴンを掻い潜りながら二人の方に走っていく。
「「ピギャアアア!!!」」
「ぐっ……!」
しかしMP量が足りず、完全な《聖防壁》を張れないのだろう、今にも防壁は破れそうだ。
………………と言うか、僕は一体何をしているんだ?
なんで戦わず、みんながやられているのを見ているんだ?
目の前では、パワラとロジリーが血を流し倒れている。
モラハお姉ちゃんは、今にも砕けそうな《聖防壁》を張りながら、必死で二人のもとへ向かおうとしている。
それなのに、僕はただ、突っ立って見ているだけ。
僕が弱くて役に立たない不遇職の盾テイマーだから?
一緒に戦っても足手纏いだから?
「……ふざけんなよ……」
だからって、戦わない理由にはならないじゃないか。
このままだと大好きなパワラちゃんもロジリーちゃんもモラハお姉ちゃんも、みんな、死んじゃうかもしれないんだ。
思い出せよ。昔の僕はそんなんじゃ無かったはずだ。
彼女たちに並ぶために自分にできる事をやって、必死に頑張っていた。
彼女達を救った事だってあったはずだ。
……そうだ。
僕はただのテイマーじゃない。
『盾』テイマーなんだ。
不遇職×不遇職のどうしようも無い劣等職業だけど、僕はこの職業を昔、誇りに思っていたんだ。
だって、みんなを守る事ができるんだから。
僕はガタガタと震える足を一歩踏み出す。
「ウマゾウ、来てくれ」
呼びかけに応え、ウマゾウが駆け寄ってくる。
僕はウマゾウが抱えているインベントリを開き、ティーセットの下敷きになっていた、僕の盾を取り出した。
「ウマゾウ、僕がドラゴンたちを引き連れている間に、みんなをこのダンジョンから脱出させてくれ」
ウマゾウは強く首を横に振り、足踏みしながら抗議の声を上げる。
「パオンッ! パオンッ!」
「大丈夫だって。僕も隙を見て逃げてくるよ。……大丈夫、死んだりしないから」
おそらく今考えていることを実行すれば、僕は生きて帰ることはできないだろう。
「《使役対象強化:脚力増強・防御力増強・防壁付与》」
ウマゾウの体が淡く光に包まれ、補助魔法が展開される。
(テイマー職は、使役対象に強化バフをかけることができるのだ)
しかしウマゾウは僕から離れることを躊躇していた。
「パオン……」
ウマゾウは涙を浮かべ、悲しげな声を漏らす。
「ウマゾウ!!! 早く!!!」
叫んだ。
僕は久しぶりに、本気で声を張り上げた。
ウマゾウの瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「……パオォォォン!!!」
そしてウマゾウは、パワラたちのもとへと駆け出した。