SSランクダンジョン2
”ハラールの森”。
緩やかな起伏で木々の海に覆われた広大な森。
道なき道に獣道が交差し、空気には常に湿った草の匂いが漂っている。
ここは中級冒険者の登竜門のような場所で、階級で言うとCランク区域だ。
なので道中の魔物のレベルはそう高くない。
パワラの《威圧》スキルにより魔物に遭遇することなく、森の奥の洞穴にあったダンジョン前まで辿り着いた。
結局大した準備をせず、ここまで来てしまった。
昨晩泊まった"ハラハラ村"で、一通りのポーションや強化薬は買うことができたが、欲を言えばもっと良質なものが欲しかった。"ハラハラ村"は"ハラールの森"の近くということもありラインナップが中級冒険者向けだ。王都近くや、魔王城近くの村に行って最上級ポーション・強化薬を用意したかった。
「これがSSランクダンジョンの紋様……改めて実物を見ると緊張してきますね」
ロジリーがぽつりと呟く。
”ハラールの森”の最奥、小さな洞穴の中にあった遺跡の扉。
その中央にはSSランクを表す紋様――二匹の翼ある龍の姿が象られていた。
ダンジョンの階級は入口扉の紋様で判別される。
今回も、偶然この洞穴で探索していたBランク冒険者がこの紋様を見て報告したとのことだ。
ちなみにランクごとの紋様はFランクはスライム、Eランクは猪、Dランクは狼……といった感じでモンスターの種族がモチーフにされている。
Sランクダンジョンのモチーフはドラゴン。今回はSSランクなので、それが2体いる形の紋様になっている。
「じゃあ気合い入れて行くわよ! みんな、準備はいい?」
扉に手を当て、パワラがみんなに呼びかける。
ロジリーとモラハは軽く頷き、僕も内心不安ながらも頷いた。
♦
ダンジョン自体の構造は他ランクのものと大きく違いはない。石造りで、薄暗く、どんどん地下に進んでいくいつものステレオタイプな遺跡だ。
他ダンジョンと唯一決定的に違う点はモンスターの強さ、その一点である。
「――来るわよ、構えて!!」
パワラの叫びと同時に、空気がひりつく。
次の瞬間、通路の先から、地面を軋ませるような足音が響く。
それに続いて、大地を揺らすような咆哮。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオ!!」
現れたのは、グランドサイクロプス。
体長5mほどの巨躯に、分厚い筋肉をまとった三つ目の巨人型モンスターだ。
確か、前に行ったSランクダンジョンのボスモンスターだった気がする。
SSランクダンジョンでは雑魚モンスターとして普通に出現するらしい。
「《ファイア・グランドクロス》!!!」
「《アダマント・ブルースフィア》!!!」
敵との距離が詰まるより早く、パワラが双剣を振り灼熱の十字光を発射する。
同時に、ロジリーの杖から青白い魔力球が放たれた。
「グアアアアアアアアア!?」
着弾後、爆発的な衝撃と風圧が通路を満たし、グランドサイクロプスは蒸発するように消え去った。
……相変わらず凄まじいなぁ。まあ、いつも通りなんだけど。
しかし、序盤からこんなに飛ばして大丈夫だろうか。
確かにいつものダンジョンは、うちのパーティに温存とかいう概念は無いので、二人とも最上級範囲攻撃スキルを連発していたが、今回はSSランクのダンジョンだ。もっと、効率よく戦った方がいいような……。
「パ、パワラちゃん、ロジリーちゃん、もう少し温存して戦った方が良くないかい? 確かに《ファイア・グランドクロス》と《アダマント・ブルースフィア》なら一瞬で倒せるけど、その二つは消費MPがかなり多いよ。モラハお姉ちゃんの《プライマル・エメラルドヒール》でMPは回復できるとは言え、それだって限りがある。例えば、グランドサイクロプスの弱点って三つ目と脇腹だから、三つ目のとこにロジリーちゃんの《アイシクル・ランス》、脇腹にパワラちゃんの《紅翔剣》を放つとか――」
「はぁ!? カイル如きが私達の戦い方に口出しするとか何様のつもり!? あんたに何がわかるって言うのよ!」
僕の言葉が終わる前に、パワラが怒鳴り声を上げた。
さらに追い打ちをかけるように、ロジリーの冷ややかな反論が飛んでくる。
「パワラさんの言う通りです。カイルさんの提案は、ただの教科書的な理想論に過ぎません。
《アイシクル・ランス》は反動が大きく、目をピンポイントで狙うのは困難ですし、《紅翔剣》は至近距離でなければ使えません。グランドサイクロプスのような近接高火力モンスターに、それはあまりに危険です。結局のところ、最上級の範囲スキルを撃つのが最も効率的なんです。正直、分かったような顔で戦い方に口出しされるのはとても不愉快なので、黙っていてください。論理的に考えてそれが、無能で役立たずでどうしようもないカイルさんにできる、唯一にして最善の行動です」
う……! 何も言い返せない……!
けど、このままだとまずいような……。
「心配しなくても大丈夫よ、カイル君」
ふわり、と甘い声。
気がつけば、モラハお姉ちゃんの手が僕の頬を包んでいた。
「カイル君はね、何も考えなくていいの。ぜんぶ、お姉ちゃん達に任せて?」
「モラハお姉ちゃん……」
モラハお姉ちゃんがそう言うなら……。
♢
その後も、パワラとロジリーは最強の高火力範囲スキルを惜しみなく連発しながら、次々と現れる魔物をなぎ倒していった。
例えば――
燃え盛る業火をまとい、あらゆるものを焼き尽くす、イフリート。
氷塊を飛ばしながら冷気の奔流で襲いかかる、リヴァイアサン。
そして、すべての魔法を跳ね返す黒鉄の巨人、ヘカトンケイル。
いずれもS級の中でも上位の魔物だったが、モラハお姉ちゃんの支援スキルと二人の火力でなんとか押し切ることが出来た。
そうして、ついに最終階層へとたどり着いたのだった。
「はぁ……はぁ……。ごめんね、パワラちゃん。ちょっと魔力切れが近くて……。最低限の回復魔法分は残しているんだけど」
モラハは疲労の色を隠せず、肩を貸しているパワラに申し訳なさそうに言う。
「気にしないで、モラハ姉。大丈夫よ。ここまで来れば後は、残りのMPだけで何とかするわ!」
モラハお姉ちゃんが《プライマル・エメラルドヒール》を連発した事により、MPが切れてしまった。
今まで、《プライマル・エメラルドヒール》による潤沢なMP供給により、パワラ、ロジリーが最上級範囲スキルを連発していたが、それが出来なくなった。残りのMPだけで、最終戦を乗り切るしかないのだ。
こんな状況はいつぶりだろうか。
ここ最近、MP量を心配する機会など無かった。それより前にカタが付いていた。
「そういえばパワラさん、モラハさん。次のレベルアップまで必要な経験値量はどのくらいですか? レベルアップが出来ればHP・MPが全回復するので、もう少しでレベルアップなら、前階層に戻ってレベルアップするのがいいかもしれません」
「ロジリーナイスアイデアだわ!」
流石ロジリーちゃん!
この世の当然の理として、当たり前すぎて忘れてしまっていたが、人がレベルアップするとHP・MPが全回復する。なのでモラハお姉ちゃんがレベルアップ出来れば、再びプライマルエメラルドヒールを連発できるのだ。
そうすれば実質出発前とほぼ同じ状態でボス戦に臨める。
もちろん、パワラやロジリーがレベルアップしても、それはそれでありがたい。
モラハ、パワラは理を司る神々の啓示をオープンする。
「だめ……。次のレベルまでまだ半分も行ってない」
モラハお姉ちゃんは駄目だった。
「私もダメね……。ここまで結構強敵を倒していたからちょっと期待していたけど、やっぱり最上級職・高レベルになってくると中々レベルは上がらないわね」
パワラも駄目か……。
そういえば僕は最近ステータスウィンドウを開いてなかったな。開いてみるか。
「お、僕はもう少しでレベルが上がりそうだ。もう少しで、256レベルになれるや」
「あんたがレベル上がってもどうしようも無いでしょうが! 腹立つわね!」
「同感です。ここまでの経験値が何もしていない無能に四分の一入っていると思うと、ものすごく腹が立ちます。カイルさんを殺したら、私たちのレベルが上がったりしないでしょうか」
ひどい!流石に怖いよロジリーちゃん!
ともあれ、ピンチな状況な事もあり結構ピリピリしているなあ。迂闊な発言はしないようにしよう。
「まあ、戦い方を工夫すれば大丈夫でしょ! ボス戦は単体高火力スキルで効率的にダメージを与えましょう!」
「そうですね。範囲スキルでなければそこまでMPは使いません。それであれば最後までMPは持つかもしれません」
それ僕が序盤に言ったーーーーー!!!
と僕は心の中で思ったが口には出さなかった。