SSランクダンジョン
陽の光がやわらかに差し込む、クランハウスのリビング。
窓辺のレースカーテンが微かに揺れ、午後の陽気に染まった空間の中、湯気を立てるハーブティーの匂いが、のどかなひとときを演出していた。
白磁のティーカップを優雅に傾けながら、モラハはハーブティーを啜る。
ロジリーはフルーツタルトを一口サイズにナイフとフォークで切り分け、一つ一つ口へと運んでいる。
僕はダイニングキッチンに立ち、次のハーブティーを淹れながら、彼女たちの穏やかな時間を壊さないよう気を配っていた。
「みんな! 大変よッ!!」
――ドンッ!!!!!
その空間を突き破ったのは、凄まじい勢いでリビングの扉を開け放った、パワラだった。
走ってきたのか、額には汗が伝い、顔は火照っている。
「どうしたの? パワラちゃん。そんなに慌てて」
息切れをしながら膝に手をつくパワラに、カップ片手にモラハお姉ちゃんが尋ねる。
パワラは荒い呼吸の中押し出すように言葉を吐き出した。
「さっき……冒険者ギルドでアンナ(ギルド受付嬢)から聞いたんだけど……”ハラールの森”に……SSランクダンジョンが発見されたって!!」
「SSランクダンジョンですか!?」
ロジリーは手に持っていたフォークを思わず取り落とし、皿の上にガシャンと音を立てた。
僕も思わず手を止め、ティーポットを持ったまま固まる。
ダンジョンの等級はF、E、D、C、B、A、S…とランクが分けられており、基本的には等級が上がるほど中に棲むモンスターは手強くなっていく。また、高ランクのダンジョンでは、攻略によって得られる報酬や昇格ポイントも大きくなる。一定以上のランクに達していないクランや冒険者は、その等級のクエストを受けることすらできない。
――SSランクダンジョンは現在確認されている中で最高ランクに位置づけられている。
これまでにその存在が確認された例も、世界でほんの十数件しかない。
そんなダンジョンが、僕たちの活動圏にある“ハラールの森”に出現したのだ。
これは大事件だった。
パワラは次第に呼吸を整え、上半身を上げた。
彼女は【剣聖】なだけあり、【スタミナ】回復速度が尋常じゃない。
そして、いつもの調子で続ける。
「これをクリアしたら昇格して、ようやく次のステージに行けるわ! SSランククラン――【英雄クラン】になれるわよ!」
ランク分けされているのはダンジョンだけじゃない。
クランにも等級があり、クエストの実績に応じて昇格や降格が行われる仕組みだ。
一般的なクランの場合、B、Cランクあたりが打ち止め。Aランクにもなれば相当優秀なクランで、数も非常に少ない。
しかし、その上に位置するのがSランク――僕たちのクランはこの等級だが、ここまでくると町に一ついるのが珍しいくらいになる。ドラゴンだろうがベヒーモスだろうが片手で倒せるくらいの実力は持っていて、この辺りから化け物じみた強さになっている。
そしてそのまた更に上に位置するのがSSランク。クランに与えられるランクとしては最高格で、国の中でも認定されているのは片手で数えるほど。認定されるには【伝説】モンスターの討伐、【魔王軍幹部】の打倒、SSランクダンジョン攻略などの偉業級の実績が必要だ。
SSランククランはあまりに桁外れな強さのため、一国に影響を及ぼすほどの存在である。
国は囲い込みのため、認定されたクランに対して莫大な賞金や待遇を施しているらしい。
そんなSSランククランは、畏怖と尊敬の念を込めて【英雄クラン】と呼ばれているのだ。
「ようやくチャンスが来たって感じですね! 今の私たちはSランクダンジョンを目をつぶっててもクリアできるレベル。SSランクダンジョンも余裕でクリアして、英雄になりましょう!」
パワラの熱にあてられ、ロジリーもすっかり乗り気だ。
ロジリーの言う通り、最近の”ベレスティガ”の強さはSランクのそれを逸し始めた。
Sランクダンジョンのボス階層を数十秒で殲滅できるほどに。
ただ、SSランクダンジョンの攻略は僕も賛成だが、おそらく攻略は一筋縄ではいかない。
油断せず、たくさん準備してからいかないと――
「もう今日の14時から馬車は予約したわ! 今から出発しましょう!」
「えっ!?」
反射的に口から声が漏れた。
「ちょちょちょちょちょっと待ってパワラちゃん。SSランクダンジョンの攻略は僕も賛成だけど、そんなに急がなくても……。行くなら事前にたくさん準備しないと――」
「はあ!? そんな悠長に構えてて、他に攻略者がでたらどうするのよ!」
「いやでも、SSランククランに挑戦できるのはSランク以上の限られたクランだけだから、そんなに早く攻略者は出ないと思うけど……」
「『思う』、ですか? カイルさん」
ロジリーが即座に言葉を重ねてくる。
「確かに過去の記録からはSSランクダンジョンが発見されてから攻略されるまで、半年~数年かかるのが一般的です。ですがそれらはあくまでも過去の話。パワラさんの言う通り、先に攻略者が出る可能性も否定できません。不確実なことを言うのは無責任ですよ、カイルさん」
「うっ……」
そう言われると何も言い返せない。
「そもそも、カイルごときが私に意見しないでくれる!? あんたはいつも通り黙って荷物持ち兼お茶汲み係に徹していればいいの!」
「え……? SSランクダンジョンにもティーセットを持っていかなきゃいけないのかい!?」
「当たり前じゃない! あんたの存在意義なんてそれしかないんだから」
「そうじゃなくて、それよりもポーションとか、強化薬とかを多く積んだ方がいいんじゃ――」
「うっさいわね! とにかく、カイルなんかが私に意見しないで!」
いやいや!
流石にこれはおかしいだろう。
いつもの余裕あるダンジョン攻略なら、インベントリをティーセットで埋めてもさして問題はないが、今回はあのSSランクダンジョンの攻略だ。
余裕なんてないだろう。
そうだ!
こういった、流石にどう考えても理不尽なことをパワラが言ったとき、ロジリーは極偶に論理的に僕を庇ってくれる。説得してみよう。
「ロ、ロジリーちゃんはどう思う? さすがに今回ばかりはティーセットより、その分回復薬とかを多く積んだ方が――」
「そうですね、論理的に考えて今回はSSランクダンジョンなので、極上のティータイムが必要ですね。カイルさん、お茶菓子はいつもより良いものにしてくださいね」
えーーーーーーーー!?
僕は天を仰いだ。
ロジリーちゃんは、論理より感情を優先することがままあるが、流石にここは感情より論理を優先して欲しかった。
「そうと決まれば、さっそく行くわよ! 今日中に”ハラールの森”最寄りの”ハラハラ村”に行って、明日からダンジョン攻略ね!」