カイルがあんなんになるまで
とあるC級ダンジョンの最下層。
B級モンスターのリザードマン、サラマンダー、ナイトウルフに囲まれ苦戦する4人のC級冒険者たちがそこにはいた。
「だめです! 氷魔法が全然効いてません!」
魔術師ロジリーが杖を振り、範囲氷魔法アイシクルバーンを放つも、魔物たちはその冷気をものともせずにじりじりと間合いを詰めてくる。
「なら、私の剣で斬り殺す! はあああああああ!」
剣士パワラが気合いと共にサラマンダー目掛け剣を突き出す。しかし、鋭い刃はサラマンダーの硬い鱗に弾かれ、無情にも折れてしまった。
「そんな……」
「パワラさん、後ろ!」
剣が折れたショックで怯んだパワラ。その隙を見逃さず、影に潜んでいたナイトウルフが一瞬の静寂を破って飛びかかる。
「ワオーーーーーン!!!」
「しまった……!」
振り返るも、間に合わない。パワラはナイトウルフの牙を受けることを覚悟した。だがその瞬間――
「ぐあああああああ!」
盾テイマーのカイルが咄嗟にパワラの前へ飛び込み、左腕をナイトウルフに噛まれることでその攻撃を受け止めた。
「カ、カイル……!」
「痛っってぇなぁ! おらあっ!」
カイルは噛みつかれた左腕ごとナイトウルフを地面に叩きつける。狼がわずかに牙を緩めた隙を逃さず、腕を引き剥がし、そのまま馬乗りになる。そして、手にしていた盾の先端をナイトウルフの喉元に何度も叩き込んだ。
「この犬っころっがよぉっ! 俺の大切なパワラちゃんにっ! 歯向かってくんじゃねえっ!」
「ワ、ワオ……」
ナイトウルフの動きが止まり、息絶え絶えの状態になる。しかし、サラマンダーがナイトウルフを助けるべく口を大きく開き、灼熱のブレスを吐いた。
「グーギュルル! ブハアアアア!」
「ちっ……うぜえ!」
咄嗟の反射で盾を構えたカイルは、辛うじてブレスを防ぐ。しかし、その炎は途方もない威力を持っており、盾は瞬く間に焼き尽くされた。さらに熱は持ち手にまで回り、カイルの手を焼いた。
「熱っ! いや痛っ! いや痒っ! ……くそが! 盾が無くなっちまったじゃねえか!」
盾テイマーにとって盾は生命線だ。その喪失は絶望的とも言える状況――だが、カイルはすぐに目の前に転がるナイトウルフへと視線を落とした。
「いや……丁度いいところに丁度いいもんが転がってんなあ!」
今にも死にそうなほど弱ったナイトウルフ。その姿を見たカイルの口角が上がる。
「テイム!!!」
「ワ、ワオ!?」
瞬時にログが流れ、『テイム成功』の文字が浮かび上がる。
「おっし、『盾』補充〜。こいつでまだ戦えるぜ!」
カイルは右手でナイトウルフの首根っこを掴み上げ、サラマンダーへと振り回した。
「おらぁっ!!!」
「グギュ!?」
鞭のようにしなるナイトウルフの体がサラマンダーの顔面に命中する。もふもふの尻尾が目元をかすめ、サラマンダーの片目が潰れる。
「ちっ。こいつ鱗が硬くて、ダメージ入れらんねえな……。
そうだ! この犬っころの犬歯なら、こいつの鱗を砕けるんじゃねえか!?」
カイルはナイトウルフの上顎と下顎を無理矢理広げると、その牙をサラマンダーの首元に押し当てた。強い力で噛ませると、硬い鱗が砕け、赤い血が勢いよく吹き出す。
「グギャアアアアア!」
「ギャハハ! いい声で鳴くじゃねえか! トカゲ野郎〜〜〜!」
カイルはサラマンダーが死ぬ寸前まで首元をすりつぶした。そして、およそ意識のないサラマンダーを左手、ナイトウルフを右手に構え、最後のボスモンスターであるリザードマンへ向き直る。
「ニンゲンメ、ワガドウホウタチヲ……ヨクモ……!」
リザードマンは怒りで青筋を立て、手にした短剣を力強く握りしめる。憤り放ったその言葉は、当然人間の言葉では無いが、テイマーであるカイルには通じる。
「ああ!? モンスター風情が仲間意識持ってんじゃねえよタコ! 人間様に楯突いた当然の報いじゃボケ!」
「コノゲドウガ……!」
リザードマンは怒りを露わにしながらも戦闘脳は冷静に働いていた。両腕に瀕死の魔物を抱えたカイルは大振りな動きしか出来ない。故に、距離を詰め懐に入り、自身の持つ短剣で狭い間合いで戦うことが得策と考えた。剣を構え走り、すぐにカイルとの距離を詰める。
「っらあ!!!」
カイルは先ほど同様ナイトウルフを鞭のように振り回す。しかし、リザードマンはそれを俊敏に潜り躱し、勢いのままカイルの腹へ短剣を突き刺す。
「がああああああああああああ!!!」
激痛によりカイルは叫ぶ。
常人であれば、腹に剣を突き刺された時点で、まともに動くことはできない。しかし、アドレナリンが分泌され、興奮状態にあったカイルは、骨が折れようが皮膚を火傷しようが腹が切り裂かれようが、激しい怒りと敵意によってすぐに次の動きに転じられた。
カイルの腹を突き刺した短剣を持つリザードマンの右腕。それをカイルは力強く掴む。
「ナ……!」
「俺はテイマーだぞ!? テイムなしでもお前如き支配できんだよ!!!」
カイルは力を込め、リザードマンの腕を無理やり動かし、短剣を腹から引き抜いたそしてそのままリザードマンを押し倒し、手ごと反転させ、その心臓部へと刃を向ける。カイルの腕力はリザードマンのそれを上回っており、ジリジリと刃が心臓へと向かう。
「ヤ……ヤメロ……!」
「しねええええええええ!!! クソ野郎があああ!!!」
――刃がリザードマンの心臓を貫く。
結果的にカイルはCランクダンジョンのボスモンスター3体をたった一人で蹂躙した。自身の身を削りながら、荒々しく、野生的に戦う様を見て――
(カイルはやっぱりすごいわ! いつか私もあんな風に戦えたら……!)
剣士パワラは憧れていた。
(カイルさんはやっぱりすごいです! カイルさんが居たらどんなモンスターも怖くありません!)
魔術師ロジリーは信頼していた。
そしてアドレナリンが切れ、血塗れで満身創痍のカイルは、そのままうつ伏せで倒れ込む。
「カイル君!!!」
ただ一人、僧侶モラハはそんなカイルの身を案じていた。僧侶であり人体に精通していた彼女は、カイルがどれだけ無茶な戦い方をしていたかを分かっていた。
♦︎
自身の【ステータス】を優に超えたパフォーマンスを発揮し、体を限界ギリギリまで酷使したカイルは、HPを回復してもすぐに目を覚まさなかった。
パワラが気を失ったカイルを抱え、一行はクランハウスへと戻る。
カイルはすぐにベッドで寝かされ、モラハによる更なる治癒や看病を受けた。
そして、半日が過ぎ夕刻を迎えた頃、カイルは目を覚ます。
「……いっ……つつ……! ……あれ?ここは?」
「カイル君! 良かった、目を覚ました!」
治癒魔術を継続的にカイルに施していたモラハは、それを中断し、カイルを抱きしめる。
「モ、モラハ姉さん!?」
「馬鹿! カイル君の馬鹿! あんな無茶な戦い方して……! 今度こそ死んじゃったらどうするの!?」
安堵と激情により、モラハの目からはボロボロと涙が流れる。
「人は死んじゃったら、生き返らないんだよ!? カイル君が死んだらわたし……わたし……!」
「ごめん、モラハ姉さん……」
ピンチの際、カイルが無茶をして死にかけることはこれまでも何回かあった。しかし今回の肉体の損傷は今までのそれとは一線を画していた。ランクが上がるほどモンスターの危険度は上がるため、肉体へのリスクは順当に上がっている。
「次からは気をつけるよ……」
「嘘! 前も同じこと言ってた! カイル君、ピンチになるといつも、人が変わったみたいに無茶するんだもん! 私との約束なんて、忘れちゃってたんでしょ!?」
「そんなことは……!」
カイルは言いかけて、止まる。
カイルはピンチの時自身の理性が外れ、衝動に身を任せて戦ってしまうことを自覚していた。
「そんなことは……無いけどさ。けど、戦ってる最中、とにかく俺は必死なんだ。不遇職だから普通より頑張らないといけないし、何より、みんなが危ない時、『絶対守らなきゃ』って意識でいっぱいになるんだ」
カイルにとって幼馴染3人は何よりも大切な存在で、自分の命に替えてでも守るべき対象だった。4人でパーティを組んだ時からそれは、絶対遂行すべき使命として胸に刻んでいた。
「俺にとっては、パワラ、ロジリー、モラハ姉さんが自分の命よりも、何よりも大切だから……」
「私にとっても、カイル君は何より大切だよ!? 私だって、カイル君が死ぬくらいなら自分が死んだほうがいいって思うもん!」
「それは駄目だ! それは絶対違う! 不遇職の俺なんかより、絶対、モラハ姉さんの方が大事だ!」
「そんなの関係ないよ! 私にとってカイル君はかけがえのない幼馴染なの!」
「…………そう思ってくれるのは嬉しいけど――」
「やだ! いやなの! もうカイル君がボロボロになるのを見るのは嫌! だからもう、これ以上、無茶しないでよぉ……」
モラハはカイルの胸元で泣き崩れる。
「……ごめん、モラハ姉さん。分かった、分かったよ。これ以上、無茶はしない」
カイルの言葉は半分本音で半分嘘だった。モラハがカイルをここまで想ってくれている事はカイルにとっても嬉しい事だったし、彼女を悲しませることは本意ではない。だからなるべく彼女に心配をかけたくない気持ちはあるものの、また同じような事になったら同じ事をするだろうとカイルは心の中で思っていた。
「――お姉ちゃん」
「……え?」
「昔みたいに、『モラハお姉ちゃん』って呼んで! 大人になって呼び方変わってからだよ、カイル君が言うこと聞かなくなったの。だから、『お姉ちゃん』って呼んで昔みたいに戻って!」
『お姉ちゃん』呼び。
成長したカイルにとってその呼び方はかなり照れ臭くあったが、それが少しでもモラハの気休めになるのであれば、喜んでそう呼ぼうとカイルは思った。
「……分かったよ、モラハお姉ちゃん。これ以上、無茶はしない」
♦︎
「モラハ姉どうだった? カイルの様子は」
「一先ずは、大丈夫そう。一度起きてご飯を食べた後、今はぐっすり眠っているわ」
クランハウスリビングの卓。
そこをパワラ、ロジリー、モラハが囲んでいた。
モラハの報告を受けパワラ、ロジリーはほっと胸を撫で下ろす。
「でも、次同じか、それ以上のダメージを負えば命が有るかは分からない。今回はその一歩手前まで行っていたと思うの……」
「そうですか……。でも、今回のクエストはカイルさんの活躍がなければ私たち全員の命が危うい状況でした。まさか、CランクダンジョンでB級モンスターが出るとは思いませんでした……」
「アンナが前、言っていたんだけど、その辺りのランク付けは結構いい加減らしいわ。まあ、ダンジョンもモンスターも自然のものだから、完全に把握するのが難しいのは仕方ないのだけど。『冒険者』である以上命の危険は避けられないってことね」
「そう、命の危険は避けられない。けど、今のままだと1番最初に死ぬのはカイル君になる。たぶん、カイル君は命懸けで私たちを守り抜いた後、死ぬ」
モラハの言ったことは他二人にも容易に、鮮明に想像がついた。
「今の状況は、命の危険をカイル君に押し付けている形になっているの。それでカイル君が死んでしまったら、私はその後、どんな顔をして生きていけばいいか分からない」】
「それは……同感です」
「そうね。今、パーティの生命線になっているのは間違いなくカイルだわ。だから、私たちがもっともっと強くなって、カイルの負担を減らさないとダメね!」
パワラの言葉にロジリー、モラハは頷く。
今よりも強くならなければならない事。
それは3人の共通認識だった。
♦︎
その後、カイル以外の3人はメキメキと力を上げる。カイルにこれ以上頼らず、追いつき追い越す意識になった事で、格段に3人の成長率は上がった。
パワラは【剣士】から【剣聖】
ロジリーは【魔術師】から【賢者】
モラハは【僧侶】から【聖女】
へクラスアップした所で、更にそれは顕著になった。
対して、不遇職【盾テイマー】のカイルは強さのインフレについて行けず、次第にパーティ内での役割を失う。
――Bランクダンジョンにて
眼前にはブラッドウルフ(B級)が5体、ギガンテス(B +級)が1体。
従来であれば、モラハのバフをもらったカイルがギガンテスと対峙している間に、残り3人でブラッドウルフを掃討。その後ギガンテスに集中するのがセオリーだったが……。
(よし、まずは俺がギガンテスを引きつけて――)
カイルは先んじてモンスター達の前に出る。
「カイル! どいて!」
しかしカイルの思惑と裏腹に、パワラが一人ギガンテスへ突っ込む。
「はあああああ!! 《紅翔剣》!!!」
「グオオオオ!?」
ギガンテスは一発で火炎を纏った刃に焼かれ、倒れる。
紅翔剣を放った後隙、それに漬け込む形でパワラの背後からブラッドウルフ達が襲いかかるが……
「《ミスリル・ブルースフィア》!!!」
「ワ……ワオ!?」
ロジリーに放った上級範囲魔術で一掃される。
パーティは以前と違う圧倒的強さを誇っていた。
「……あれ? 俺要らなくね?」
その光景を前にカイルは呆然と立ち尽くす。
♦︎
パーティでの自身の役割の喪失。
それに危機感を覚えたカイルは、パーティの年長者であり、見守り役のモラハへ相談を打診した。
「カイル君、突然どうしたの? 何か、相談があるなんて言い出して。珍しい」
モラハの部屋。
中央にあるお洒落なちゃぶ台を挟み、2人は対面している。
「実は……最近悩んでいるんだ。俺の、パーティ内での役割が無くなっているような気がして……」
「そう? そんな事ないと思うけど。カイル君のお供モンスターのウマゾウ君はいつも荷物を持ってくれてるし、カイル君の盾スキル《挑発》でみんな戦い易くなってると思うよ」
「いや……最近は盾スキル《挑発》は使っていないよ……」
「あれ? そうだった?」
最近、パーティ全体に力がつき始めダンジョン攻略が楽になった、とモラハは感じていた。
しかし特段、カイルが役に立たなくなっている感覚はなかった。
「何か、俺の戦い方を変えるべきじゃないかと思って。モラハお姉ちゃんにいいアイデアがあるか聞きたいんだ」
「う〜ん。そう言われても……」
モラハはしばらく顎に手を当て考える。
ダンジョン攻略は今のところ順調。
パーティ全体が強くなった事で、以前のようにカイルが死にかける事も無くなっている。理想的な状況だった。
「今のままで……いいんじゃないかな?」
「え……?」
「今のところ上手くいっているんだし、カイル君に負担が掛からないならそれは良い事だよ!」
「いやでも――」
「カイル君考えすぎ! 多分、頑張り過ぎちゃって疲れてるんじゃないかな? それで不安になってるのかも。昔みたいにモラハお姉ちゃんに甘えてごらん? そしたらリラックスできて、疲れも取れるかも!」
モラハは明るい笑顔をカイルに向け、立ち上がる。そして、ゆっくりとカイルに近づき座り、抱きしめた。
「モラハお姉ちゃん……」
モラハから香る甘い体臭と、身を包む柔らかな感触。それは、年頃のカイルを陥落するには十分な威力だった。
カイルはそれに逆らう事は出来ず、身も心も溶かされてしまう。
♦︎♦︎♦︎
それ以来、カイルは心疲れるたびモラハの部屋に明日繁く通い、甘えるようになった。モラハもモラハでカイルが昔のように甘えてくることは嬉しく、まさに共依存の負のスパイラルだった。
「ん、膝擦りむいちゃった……。モラハお姉ちゃ〜ん、痛いよ〜! 回復魔法かけて〜!」
「はいはい♡ 今回復に行くから座って待っててね〜〜」
次第に、ダンジョン攻略中でもカイルはモラハに甘え、泣きつくようになった。
「カイルさ……なんか最近、様子おかしくない?」
「はい……。なんだか、見ていてムカムカして来ます」
憧れ、信頼していたカイルが日に日に弱々しく情けなくなっていく。更に、モラハにだけ甘えジャレついている。
そんなカイルの様子を見てパワラ、ロジリーは当然面白くないのであった。




