モラハラ幼馴染を曇らせるPart2
アンナから文書を受け取り、整理している間に夜になった。
食卓に行くと、モラハお姉ちゃんの料理の匂い。
なんだか懐かしい匂いがした。
「あ、カイル君! もうすぐできるから座って座って!」
リビングに入ってきた僕に気づくと、エプロン姿のモラハお姉ちゃんが振り向いて、元気そうに言った。
「ああうん。食器並べてるね」
僕はちらりとキッチンのほうを見る。
メニューは肉じゃが、みそ汁、ほうれん草のお浸し、小松菜と人参の胡麻和え、ご飯といったところか。
これらは典型的な東洋の料理だ。モラハお姉ちゃんの得意分野である。
やがてパワラ、ロジリーも揃い、料理が食卓へと並ぶ。
食卓の真ん中には肉じゃがの入った筒鍋が置かれている。
「懐かしい匂いね。なんだか、昔を思い出すわ」
「久しぶりのモラハさんの料理、楽しみです」
「久しぶりにお姉ちゃん頑張ったんだから! どうぞみんな召し上がって!」
配膳を終え、それぞれが席につく。
姿勢を正し、手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
僕は、まず肉じゃがを一口。
箸で持ち上げたじゃがいもからは、ほろりとした感触が伝わってくる。口の中に入れると――
「……!?」
思わず目を見開いた。
「どう? 美味しい?」
「え、えっと……」
お……美味しくない……。
なんだか……すごく微妙な味だ。
なんでだろう、前はとても美味しく食べられていたのに……。
いや待て、ひょっとしたら、はずれの部分(?)を食べてしまったのかもしれない。
そう思いなおし、一口目は咀嚼し飲み込み気を取り直して再度、肉じゃがを口にしよく味わう。
いや……おそらく肉じゃが自体は昔食べたままの味だ。変なところは無い。
しかし、僕の味覚というか感覚が変わってしまったのか、なんだか調味料の配分や下処理の甘さが、咀嚼する度感じられて、美味しく食べられない。
僕はパワラちゃん、ロジリーちゃんの方に目を向ける。
「…………うん……まあ……美味しいわ。モラハ姉」
「…………懐かしい味です!」
とパワラ、ロジリーは言うが、手はあまり進んでいない。表情もなんだか微妙だ。
普段、僕が作った料理を食べるときは二人とも美味しそうに、結構がっついて食べている。
…………そうか!
最近僕たちが口にする食事は大抵、S級レストランシェフ並みの腕を持つ、僕が作る料理だ。
普段僕が作る料理が美味しすぎて、モラハお姉ちゃんの料理が美味しく感じられないんだ!
料理に関してはパワラとロジリーにこれまで散々ハラスメントで詰められ、要求を叶えていく内に相当腕が上がった。その甲斐あり、保有者は世界で100に満たないと言われる、S級料理師免許を僕は持っている。
だから、そんな僕の料理と比べた時、モラハお姉ちゃんの料理は稚拙で粗末なものに感じてしまうのだろう。
「カイル君はどうかな!?」
モラハお姉ちゃんはうきうきで僕に味の感想を求めてくる。パワラ、ロジリーのお世辞をそのまま受け取ってしまっているようだ。モラハお姉ちゃんは結構そのあたり鈍感である。
「……モラハお姉ちゃん、これって味見した?」
「うん! ちゃんと、昔作ってた通りの味になるよう頑張ったよ!」
……なるほど。モラハお姉ちゃん自身は『美味しい料理を作る』ことより、『昔みんなに振る舞ってた料理を作る』ことに集中していて、これが美味しいか美味しくないかは気になっていなかったんだ。
ここで美味しくないと言ってしまうと、モラハお姉ちゃんが傷ついてしまう。かと言って嘘をつくのも、それはそれで僕の料理人としてのプライドが許さない。僕が『美味しい』と言ってしまうと、この料理は『S級料理師が美味しいと認めた料理』になる。それは一料理師として、許容することはできない。
「モラハお姉ちゃん……」
一拍置いて続ける。
「僕は……この料理を美味しいと言うことはできないよ」
「…………え!?!?!?!?!?」
モラハお姉ちゃんは目をぱちぱちとさせている。
「お姉ちゃんの頑張りは伝わったけど、これは料理としてはあまりにお粗末……じゃない、伸び代がまだまだある。このまま食べるのは、命を落とし、糧になってくれた牛さんとジャガイモさんを侮辱することになりかねない」
僕は立ち上がり、肉じゃがの入った筒鍋を掴む。
「僕はそれを一人のS級料理師として、許容することはできない。だから僕が、この料理を救ってみせる!」
鍋筒をキッチンの方に持っていく。
そして流れるように少量の水、醤油、みりん、砂糖、etc、etc、etcを最適量入れ混ぜて、加熱しながら『修正』していく。
また、同時にフライパンでいくつかの香辛葉と薬味豆、追加の野菜を炒め、それらをアクセントとして加える。
少々強引ではあるが、これくらいしないとどうしようもないので仕方ない。
そしてものの一分と経たず、僕は肉じゃがを『再構築』した。
僕は『再構築』された肉じゃがを食卓の中央に戻す。
「さあみんな、召し上がれ!」
『再構築』された肉じゃがは、まず、香りの『質』が違う。香りにつられ、ロジリー、パワラは肉じゃがを自身の皿によそい、食べ始めた。
「むぐ……! こ、これは、とんでもなく美味しいです!カイルさん! なんだか、初めて『肉じゃが』を食べたような気がします。いえ、これはもう逆に『肉じゃが』とは言えないかもしれません!」
言っている内容はよく分からないが、ロジリーはとても感動し、もぐもぐと食べ進めている。
「んっ……! ……まあ、悪くないわね。カイルにしては、やるじゃない」
と言って、パワラは肉じゃがとご飯を次から次と交互に口に入れている。明らかに先ほどとペースが違う。
「モラハお姉ちゃんも食べてみてよ!」
と言いながら、僕が『再構築』した肉じゃがをモラハお姉ちゃんのお皿によそい、差し出す。
モラハお姉ちゃんは戸惑いながらも、口にする。
「……………………うん……おいしいよ……カイル君………」
「そう!? 良かった! 結構強引に『修正』したから少し不安だったけど、上手くできてよかったよ!」
人の作った料理に手を加えた経験はあまり無かったので、S級料理師の僕とはいえど結構難易度は高かった。
1から作る方がはるかに簡単である。
パーティ全体の舌が肥え過ぎている感は否めないが、この状況ではモラハお姉ちゃんを厨房には立たせられないな。
みんな打って変わって美味しそうに食べているし、やっぱりご飯は美味しくないと!(モラハお姉ちゃんだけ、目にハイライトがない感じで少し表情が暗い気がするが。照明の当たり方の問題だろうか)
明日からはやっぱり僕が料理を作ろう!




