芸仕込み
「パオン! パオン!」
「はは、ウマゾウは可愛いなあ」
夕暮れ時。
僕は特にすることもなく、クランハウスの庭でウマゾウとじゃれていた。
テイムしたモンスターとは定期的にこういったコミュニケーションをとることで親愛度が上がる。
親愛度がX上がると、ステータスが1.0X倍上がるので意外と重要だ。
「ウマゾウ、おすわり!」
「パオ!」
ウマゾウはお座りする。
象がお座りするのは体格的にアンバランスな感じで、普通の象にやらせるとなるとなかなか難易度が高そうだが、ウマゾウは軽々やってのける。
「ウマゾウ、ちんちん!」
「パパオン!」
ウマゾウは後ろ足だけを地面につけ、前足を空に上げる。その巨体でちんちんするのはお座りと比べ物にならないくらい難易度が高いが、屈強な脚力と体幹を持つウマゾウなら軽々やってのける。
「あの~、すみません」
ウマゾウと遊ぶのに夢中になっていたら、背後から控えめな声がした。
「あれ、アンナさん?」
振り返ると、行きつけの冒険者ギルドの受付嬢アンナが立っていた。
栗色のセミロングヘアを後ろでひとつにまとめ、清楚な雰囲気を醸し出している。
淡いヘーゼル色の瞳が、微笑みとともに細くなり、優しげな印象を与えていた。
「こんにちは、カイルさん」
彼女はいつもの穏やかな笑顔を僕へ向ける。
「こんにちはアンナさん。まさか振り返ったら急に君がいるなんてびっくりしたよ。てか、今日はギルドの受付やってないんだね? 休みだったり?」
「いえ、本日も勤務中です。ここに来たのも、カイルさんたちに届けたいものがあったためでして」
そう言ってアンナは肩掛けカバンからA3サイズの封筒を取り出した。
僕は言われるがままに受け取る。
「これって?」
「先日ご提出いただいた、SSランクダンジョンクリアメダルの鑑定結果です。無事、【英雄クラン】に昇格となりました!」
「え!? そんな感じで通知されるの!?」
僕は封をやぶって中を取り出す。
中には、厚みのある上質な紙が数枚。差出先は――
『モレスティ王国直属・宰政院』
この国の、最も権威ある行政機関からの正式な通知だった。
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『モレスティ王国 宰政院より通達』
このたび、貴クラン“ベレスティガ”が我が国における最高難易度たるSSランクダンジョンを攻略し、多大なる功績を挙げられたこと、誠に栄誉ある偉業と認め、ここに【英雄クラン】としての認定を授与するものとする。
ついては、貴クランとモレスティ王国との間における今後の協調関係の在り方、ならびに相互の利益と安全保障の確立を目的とした協議を行いたく、下記の通り参上を求む。
【召喚日時】
本状受領日より14日後
【召喚場所】
モレスティ王国 王都“アルステル” 宰政院 謁見室
当日は、宰政院より高官を遣わし、貴クランとの協議に臨む所存である。
万障繰り合わせのうえ、必ずや御参上賜りたく存ずる。
なお、本件に関する疑義・照会等があれば、速やかに宰政院まで申し出ること。
以上、厳重かつ慎重なる対応を願い上げる。
──モレスティ王国 直属・宰政院
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「やりましたね! カイルさん!」
現実感が無く呆けている僕と対称的に、後ろから文書を覗いていたアンナがはしゃぐ。
「これって、ここで今後の方針を話す感じだよね? 例えば、国に支える英雄クランになるとか、互いに不可侵な関係を築くかとか」
「その通りです! 多分、色々と接待されて、【王神騎士】になる事を勧められると思います」
モレスティ国直属の英雄クランである【王神騎士】。
確かに、恩恵を考えれば一番安定で美味しい。
しかし、その実態は王の庇護と引き換えに自由を制限される立場だ。
僕は自由気ままにやっていきたいし、それに縛られるのはあまり魅力的には思えない。
勿論パーティメンバーと相談ではあるが個人的にはナシな選択だ。
「あー、まあそうだよね。でも個人的にはフリーのクランでやっていきたいかなぁ」
「本当ですか!? うちとしても、カイルさんのクランにはこの町に残っていただいて、今まで通りクエストを受けていただけると嬉しいです! カイルさんのクランはうちのギルドトップのクランなので! それにパワラちゃんたちと離れるのは、私個人としても寂しいですし」
アンナとは駆け出しの頃からの長い付き合いだ。
うちのクランメンバー全員と殆ど友達感覚に近い。
ただ、これからもこの町で今まで通り過ごすのは、それはそれでロマンがないなあ。
「うん……まあ今後の方針はこれから決めて行くよ。今日はこれを届けにわざわざここに?」
冒険者ギルドとうちの家は1km弱ほど距離がある。微妙に遠い。普段であれば、郵便員がこういった書類は届けてくるのだが。
「そうなんですよ。何でもその手紙、国直々という事もあって、かなり厳重に扱われているんです。カイルさんのクランが【英雄クラン】になったことも、ギルドの上位役職の一部の人しか知らないんですよ。私はたまたまカイルさんからメダルを受け取っちゃったので、その流れでこういう役割をさせられてます」
「へー、そうなんだ。何だか悪いね」
「うちのギルドは年がら年中暇なんで全然大丈夫です!」
「そんなに堂々と言っちゃうんだね……」
確かにこの町のギルドは、そこまで忙しそうな雰囲気はない。
大きな都市のギルドみたいに依頼がひっきりなしに入るわけでもないし、ギルド職員たちもどこかのんびりしている。
「でもありがとう、確かに受け取ったよ」
「はい! では私はこれで」
「え? もう帰っちゃうのかい? せっかくだしお茶くらい出すよ」
「いえ! 帰って5時に上がっちゃいたいので!」
ギルドの営業時間は9:00~17:00。しかも、土日はやっていない。
超絶ホワイトである。
「そっか。じゃあお気をつけてね」
「はい! では失礼します」
そう言って、足早に去っていくアンナちゃんを僕は見送る。
「……さて、と」
お国直々の呼び出し。
これは、僕たちにとって大きな転機だ。
「これ、みんなに話さないとなあ」
夕食後にクラン会議だな。
パワラたちに、これからどうするかの相談をしないと。




