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超絶美少女幼馴染達から、パワハラロジハラモラハラを受ける

 とあるS級ダンジョンの最下層。

 キングリザード、アイスサラマンダー、サベージウルフ――名だたるS級モンスターに囲まれてなお、それを物ともせず蹂躙する3人のS級冒険者たちがそこにはいた。


「灰燼と化せ! 《ファイア・グランドクロス》!!!」


 赤髪を翻しながら、剣聖パワラが空高く跳躍する。

 燃え盛る双剣をX字に振り下ろすと、火の十字架がモンスターへ炸裂し、一瞬で焼き尽くす。


「消えてください! 《アダマント・ブルースフィア》!!!」


 黒いローブを翻しながら、蒼髪の賢者ロジリーが杖をかざす。

 そこから放たれた青白い魔法球は、モンスターの群れのど真ん中で炸裂し、半径20メートル以内の全てを跡形もなく消し飛ばした。


「もう! 二人とも飛ばしすぎ! 《プライマル・エメラルドヒール》!!!」


 翠の長髪をなびかせ、聖女モラハがそう唱えると、パワラ、ロジリーの周囲を暖かな緑色光が囲み彼女たちのMPを回復する。

 このスキルにより、パワラ、ロジリーはS級スキルやS級魔術を何回も打つことが可能になるのだ。



 ――こうして、ダンジョン最下層のS級モンスターたちは、わずか数十秒で全滅した。


「カイル、おしぼり!」


 戦場の余韻を吹き飛ばすように、張りのある高飛車な声が響いた。

 僕の方へまっすぐ歩み寄ってくるのは、剣聖パワラ。

 一歩ごとに鳴るブーツの音すら堂々としていて、威圧的な雰囲気を纏っている。


「う、うんっ! 今、用意するよっ!」


「はあ!? まだ用意してないの!? あんたって本当使えないゴミね! 当然椅子とテーブルとティーセットも用意しなさいよ! じゃないと解雇するから!」


「ひゃっ、ひゃい!」


 僕、カイル(職業は盾テイマー)は大慌てで荷物持ちモンスターのウマゾウへと駆け寄る。

 鞍の上に置かれた収納空間(インベントリ)に手をかけ、がさごそと漁る。


「おしぼりおしぼり……テーブル……あった! ティーセットは――」


 焦りで手元がおぼつかず、汗が額を伝い、指先は震える。

 ようやく一式を取り出し、フロアの中央にテーブルと椅子を展開。クロスを敷き、カップとポット、お茶菓子を並べ、蒸気の立つ紅茶を注ぐ。


「よ、用意できたよっ!」


 準備が整うと、汗だくの僕をよそに、三人のお姫様たちは優雅に椅子へと腰を下ろす。

 まるでここがダンジョンではなく、王城の庭園であるかのように。


 それぞれが紅茶の入ったカップを手に取り、一口ずつ口に含んだ、その瞬間――


「う……苦い」


 賢者ロジリーが眉をひそめ、そう言った。


「けほっ、けほっ……! カ……カイルさん、私の紅茶にはたっぷりお砂糖を入れてって言いましたよね!? こんなの苦くて、とても飲めたものではありません……」


 ロジリーはパチリとした目をうるませながら僕を睨む。


「……へ? 確かにロジリーちゃんの紅茶には角砂糖3個半入れたはずなんだけど――」


「ちょっと! この紅茶滅茶苦茶甘いんだけど!!! あんたロジリーの紅茶と私の紅茶間違えてんじゃないの!?」


「……あ!」


 しまった! ロジリーちゃんとパワラちゃんの紅茶を間違えてしまった!


 パワラはテーブルをばんと叩き、立ち上がる。


「もう我慢できないわ! この無能、即刻解雇しましょう! 戦うことも奉仕することも出来ないなんて、何の存在価値もないじゃない!」


「同感です! 今、カイルさんがこのパーティにもたらす利益と不利益を計算した結果、『クビにすべき』という結論が出ました。昔からの付き合いとはいえ、パーティから外れてもらうのが賢明です」


「うっ……ううっ……」


 胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われ、僕は涙目になりながらうつむく。

 さっきまで優雅だった空気は一転し、張りつめている。


「ちょっと、二人とも! そこまで言うのはかわいそうよ! カイル君だって、頑張ってるんだから……!」


 そんな中、間に入ったのは、聖女モラハ。

 柔らかなその瞳が、僕を見つめる。


「カイル君、大丈夫。お姉ちゃんは、カイル君の味方だからね」


 ふわりと彼女の腕が僕の肩を抱く。

 そっと撫でられる頭。

 優しさに、全身が包まれていく――。


「モラハお姉ちゃん……」


 胸の感触が柔らかく、良い匂いがする。


「ちょっと、モラハ姉! その馬鹿を甘やかさないで!」


「そうですよ、モラハさん! クビは言いすぎましたが、少しは反省してもらわないと、カイルさんのためにもなりませんよ!」


「うえーん、モラハお姉ちゃん。パワラちゃんとロジリーちゃんが僕をいじめるよぉぉ……!」


 僕はそう言って、モラハの胸に顔をうずめる。


「ひっく……ひっく……」


「よしよし。大丈夫だから、ね? 泣き止んで、カイル君」


 優しく頭を撫でる手のひらに、そっと力がこもる。

 モラハお姉ちゃんは、悪魔のような幼馴染二人から僕を庇うように、よりいっそう僕の身体を引き寄せるのだった。


 ♦



 ここで、僕の所属するクラン“ベレスティガ”のパーティメンバーを紹介しよう。


 一人目は剣聖パワラ。

 見てくれは良く、ツーサイドアップの赤髪、少し釣り目の赤い瞳。程よく筋肉のついた健康的な体をしている。

 僕と同い年の幼馴染で、いつも僕をパワハラして虐めてくる。

 最強の剣聖で、めっちゃつよい。


 二人目は賢者ロジリー。

 見てくれは可愛らしく、ミディアムストレートの青い髪、パッチリとした目で幼い顔つき。身長も低く年齢より幼く見られがち。

 僕の2個下の幼馴染で、いつも僕をロジハラして虐めてくる。

 最強の賢者で、めっちゃつよい。


 三人目は聖女モラハ。

 見てくれ(だけでなく内面も)は高貴でとても美しく、ウェーブの掛かった長い緑の髪、少したれ目で優しさがにじみ出ている感じの上品で艶やかな顔。程よく肉付きの良いとてもセクシーな体をしている。

 僕の1個上の幼馴染で僕にいつも優しくしてくれる。

 最強の聖女で、めっちゃつよい。


 四人目は僕ことカイル。

 超絶不遇職の盾テイマーで、めっちゃよわい。

 まるで戦力にならないため彼女たちの身の回りのサポートをしている。


 おまけ:ウマゾウ。

 僕の相棒。数年前にテイムした。

 馬サイズのゾウ。荷物や人を乗せられる。



 ♦



 S級ダンジョンを踏破し、冒険者ギルドから報酬を受け取った後、僕たちは拠点であるクランハウスへと帰還した。


 僕たちの住むクランハウスは二階建ての木造4LDK。

 築年数は結構あるものの、しっかりと手入れが行き届いており、白塗りの壁とダークブラウンの木枠が落ち着いた雰囲気を醸している。また、立地が郊外な分部屋は広く、ちょっとした大浴場まで付いている。


 僕たち4人はこのクランハウスで寝食を共にしているのだ。


 だが、ダンジョンから帰宅したところで、僕に安息が訪れるわけではない。

 家に帰っても、彼女たちのハラスメントは続く。


「あ〜、いいお湯だった〜」


 ドアの向こうから、のびやかで満ち足りた、パワラの声が聞こえてきた。

 浴場の方から僕のいるリビングの方に、三人分の足音が近づいてくる。


 僕を除く三人は、帰宅するなり即、浴場に直行した。

 これは彼女達のルーティンで、ダンジョンから帰った後は決まってすぐにお風呂に入る。ダンジョンでついた、砂埃や土、汗で体がベタついたままでいるのが許せないらしい。


 そして今、浴場で存分に体を清めた後、ラフな部屋着に着替え、風吹出魔道具(ドライヤー)で髪を乾かし、化粧水・乳液を塗り、更衣場から出てきたのだ。


 ーーまずい、早くしないと。


 リビングの扉が開き、3人が気分よく談笑しながら入ってくる。


 しかし、先頭にいたパワラは準備している僕をみるなり、豹変したように怒声を飛ばしてきた。


「ちょっと! まだご飯の準備できてないの!? 早くしなさいよ!」


「はいい! いますぐに並べますう!」


 僕は飛び上がるように返事をし、仕上げの香草を急いで散らす。


 このクランの決まりとして、彼女達が風呂から上がり、リビングの食卓に来るぴったりのタイミングで、僕は、出来立ての料理を提供しなければならない。

 今日は少し、料理のできるタイミングが遅くなってしまった。(ちなみに、早く出来過ぎても怒られる。作り置きはNG)


 今日の献立は――

 キングリザードの肉厚ステーキ。

 サラマン出汁を贅沢に使ったコンソメスープ。

 そして、フェニックスのささみを炭火で焼き上げたチキンリゾット。


 どれもレア度S級のS級ランク食材を使った高級料理である。

 彼女たちにふるまう料理は素材も調理法も決して妥協は許されない。

 S級レストラン並みの逸品が求められる。


 湯気と香り立つ料理たちを、手早く皿に盛りつけていく。

 そして迅速かつ丁寧に料理、食器、おしぼりを席に座る彼女たちの前に並べた。


「お、お待たせしました……」


「待ちくたびれたわよ! まったく、私たちがお風呂を上がるまでには並べなさいっていつも言ってるでしょ!?」


 パワラが威圧するようにテーブルをばんと叩いて、僕を睨む。


「ひっ」


 僕はそれに委縮する。


「まあまあ、パワラさん。グズで鈍間でどうしようもない無能なカイルさんは一旦、脇に置いておいて、とりあえず食事のあいさつをしましょう。料理が冷めてしまうので」


「ふんっ。それもそうね」


 ロジリーが僕をかばってくれたおかげでパワラの怒りが少し収まる。


 ロジリーちゃんありがとう!


 彼女たちは手を合わせる。

 いつも僕をゴミくずのように扱う彼女たちだが、食材に対する敬意とかは持ち合わせていて、根はいい子である。


「「「いただきます」」」


 一礼のあと、彼女たちは食事へと移った。


「ん~~♡ おいしい! 今日私が倒したキングリザードのステーキ、とても肉厚でジューシーだわ!」


 パワラは器用にナイフとフォークでステーキを切り分けて、次々と口に運ぶ。


「この、サラマン出汁のスープもとても美味です……。綺麗にあく抜きされているし、複数のスパイスが織り重なっていて、濃厚でいて上品な深みのある味わいです」


 ロジリーは大きめのスプーンで、スープと具の野菜をすくって、ゆっくりと味わう。


「……癪ですけど、料理は愚図で鈍間で無能なカイルさんの唯一の取り柄ですね」


「本当ね~。いつもこんな美味しい料理を作ってくれる、カイル君に感謝しないといけないわね~」


 ロジリーちゃん……! モラハお姉ちゃん……!


 二人の言葉が、胸に染みた。

 じわっと熱いものがこみ上げてきて、思わず目じりを押さえそうになる。

 しかし――


「はあ? 何言ってるのよ二人とも」


 パワラがナイフとフォークを皿に置き、眉をしかめて不満げに口を開いた。


「この料理が美味しいのは素材が良いからであって、そいつの手柄なんて1ッッッミリもないわよ! なんなら、私のほうがうまく調理できるまであるわ!」


「うっ……!」


 確かに、素材がすごいのは事実だ。

 キングリザードにアイスサラマンダー、フェニックス。

 どれも並の冒険者じゃまず手に入らない、超高級食材だ。

 素材がいいから料理が美味しい、というのも一理あるだろう。


 でも、僕だって……僕だって、頑張ってるのに……!


「もう! パワラちゃんたら! どうしてそう、カイル君に対しては素直じゃないの! カイル君、また泣きそうになっちゃったじゃない!」


 軽く怒るような声をあげたのは、モラハだった。

 手にしていた水入りコップをそっとテーブルに置くと、立ち上がり、僕の方に歩み寄ってくる。


「カイル君、ほらおいで~。お姉ちゃんが慰めてあげる」


 モラハはいつものように優しく腕を広げる。


「うわーん!」


 声をあげて泣きながら、僕はモラハの胸に飛び込んだ。


 彼女は包み込むように僕の身体を抱きとめる。

 頬を寄せた胸元からは、ふわっと甘い香りがして――あたたかくて、やさしくて、僕の心がほぐれていくのがわかった。


「はぁ。どうしてこんな女々しくて弱弱しい男になったのかしら。全く、見てられないわ」


「同感です」


 パワラとロジリーは揃ってため息をつきながら、そんな僕を冷ややかな目で見ていた。




 ♦︎




 洗い物とウマゾウへの餌やりを終えた後、僕はシャワーを浴びていた。


「ふぅ……」


 シャワーの温水が頭から流れ落ちる。

 湯気に包まれた浴場の中、ぼんやりと天井を見上げながら、ぼそりと呟いた。


「今日も疲れたなあ」


 荷物持ち、事務、掃除、洗濯、炊事。

 クランの雑用係はそれなりにハードではある。

 しかし、僕の疲労のほとんどの要因はパワラとロジリーだ。彼女達の理不尽な要求や心無い罵声が、僕を心身共に疲弊させていく。


「昔は優しくていい子だったのに、どうしてああなっちゃったんだろう」


 物心つく前はパワラもロジリーも、酷いこととか言わず僕に優しく接してくれていた。

 対等に扱われていたし、理不尽に罵られたりすることも無かった。

 それがいつからだろう、僕がモラハお姉ちゃんに恋愛感情を抱き始めたくらいの時期から二人の態度が急にキツくなった気がする。


 僕は「はあ」とため息をつきながらシャワーを切る。


 そして湯船(このクランハウスの浴場は広く、湯船も8人くらいは入れるほどの大きさ。いつもパワラちゃんとロジリーちゃんとモラハお姉ちゃんは一緒に入っている)につかる。


「やっぱり僕が弱いから、なのかな」


 パーティを組み始めた当初、僕たち4人の強さは同列だった。盾テイマーという不遇職ながら、僕もそれなりに戦闘に貢献できていた。

 しかし、パーティ全体のレベルが上がるにつれて僕と彼女たち3人の差が広がり始める。優遇職と不遇職で、レベルアップによるステータスの伸び幅の違いは大きく、僕は徐々に、強さのインフレに着いて来れなくなった。

 それでも、どうにかして、工夫して、精一杯頑張って、僕はこのパーティの戦線に立ち続けたが、ある時を境に心が折れてしまい、僕は戦線に立つことを辞めた。


「もう、考えるのはよそう。すでに割り切った、過去の事じゃないか」


 誰に向けるでもない言葉を呟きながら、僕は深く湯に身を沈めた。


 ♦︎


 風呂上りも僕に休む暇はない。

 夜九時以降、パワラちゃんとロジリーちゃんそれぞれで、個別の奉仕時間が設けられており、僕は彼女たちに奉仕活動をしなければならないのだ。


「どうぞ、入って」


 ノックの後、日中よりも若干柔らかめなパワラの声を聞いて、僕は扉を開ける。


「失礼します……」


 中に入ると、香水ともボディソープともつかない、ふんわりとした甘い匂い。

 窓際にはピンク色のカーテンがかかり、端にある棚には可愛らしい雑貨やぬいぐるみ。

 ベッドにはピンク色のシーツや花柄の毛布と、部屋主の普段の振る舞いとは大きく乖離した、なんとも甘ったるい空間が広がっている。


 そして、部屋主はベッドにうつ伏せになり、肘をついて雑誌を読んでいた。

 フリルのついたキャミソールに、軽いショートパンツ。かかとをゆっくりぱたぱたと揺らしていて、完全に気が抜けたリラックスモードだ。


 近づくと、読んでいた雑誌を「ん」と言って手渡してくる。

 僕はそれを黙って受け取り、ベッドから少し離れた、机の上に置いた。


「じゃ、お願い」


 その後パワラは肘を崩し、頬を枕に埋めるようにして完全にうつ伏せになる。

 僕はベッドに上がり、そっと彼女の腰に手を添えた。


「……んっ♡」


 程よい肉付きの健康的かつ女の子らしい柔肌を揉むと、彼女はかすかに喘ぐ。


 そう、パワラへの奉仕内容はつまり、マッサージである。

 体をよく動かす剣聖のパワラは体が凝るのだ。

 戦闘で疲れた筋肉をほぐしてあげる必要がある。


 腰から太ももにかけて、丁寧に、優しく、撫でるように揉みほぐしていく。

 パワラはときおり小さく身をよじらせながら、甘ったるい声を漏らす。


「んっ……んんっ……ふぅ……。ん……そこそこ♡」


 マッサージの時パワラは、自覚があるのかは分からないが、えっちな雰囲気を出してくる。

 僕も一応男の子なので、いくら極悪非道性悪なパワラちゃん相手と言えども、少し、くるものがある。

 しかし、仮に反応してしまってそれがバレてしまった日には、酷い目に遭うことは火を見るより明らかなので、僕は平静を保つ。


「カイル〜?」


 そんな僕の気持ちなど露知らず、パワラが機嫌良さげに話しかけてきた。

 枕に顔をうずめたまま、視線だけ横目でこちらに向けてくる。


 声のトーンはとろけた感じで、すっかりリラックスモードだ。


「な、なんだいパワラちゃん」


 僕は太ももを揉みながら返答する。

 マッサージの手は止めない。(止めたら怒られる)


「今日ね~、冒険者ギルドで待ってる時、ナンパされちゃった」


「え!?」


 思わず大きめの声が出る。

 驚きで一瞬だけ手に力が入ってしまったけれど、すぐに圧を戻してごまかす。


「んっ……何? 驚いてるの?」


 枕に頬を預けたまま、パワラがくすっと笑う。

 顔は見えないけど、どや顔してるのが分かる。


 そういえばダンジョン攻略の後、僕がギルドの受付で手続きをしていた時、彼女たちとはしばらく別れていた。

 その間に、そんなことがあったのか……。


「久し振りでびっくりしちゃった。多分、身なりから察するに王都から来ていた冒険者だったと思うわ。私たちのこと知らなかったんでしょうね」


 僕たちのクラン“ベレスティガ”はこの町では最強のクランとして有名だ。そのメンバーにナンパする命知らずはこの町にはまずいない。

 駆け出しの頃はちょくちょく、モラハお姉ちゃんやパワラが柄の悪い冒険者にナンパされる事がよくあり(ロジリーは見た目が幼すぎるため対象外だった)、その都度僕かパワラが追い払っていたが、最近ではめっきりそんなことは無くなっていた。


「やっぱり、私って可愛いのかな? カイル」


「……え? えっと……」


 質問の割には、パワラの声がちょっとだけ不安げだった。

 自信満々なようでこういうとこ妙に繊細なんだよな、パワラちゃん。


 多分その場にはモラハお姉ちゃんもいたと思うので、パワラはモラハお姉ちゃんのオマケとして、ついでに声をかけられた可能性も否めないが、そんなことを口に出したらどうなるかは火を見るよりも明らかなので僕は一旦口を継ぐんだ。

 まあ実際、パワラは見てくれだけはいいので、おまけじゃなくナンパされた可能性も、20%くらいはあるかもしれない。


 そんなことを考えながら僕は平静に返答する。


「パワラちゃんは(見てくれだけは)可愛いと思うよ」


 僕がそう言うと、パワラは肩をビクッと震わせた。


「……っ。や、やっぱりそう?」


「うん。パワラちゃんは可愛いよ」


「〜〜〜〜〜〜っ!」


 わずかな沈黙の後、パワラは枕に顔を埋め、足をバタバタさせる。

 マッサージ中だったことなんて完全に忘れてる様子で、思いきり蹴りが飛んできた。

 普通に痛い。


「でも、結局それでどうしたの?」


 尋ねると、パワラは枕を抱きしめたまま、得意げに返してきた。


「どうって、追い払ったわよ! 《威圧》スキルを使っただけで、蜘蛛の子散らして逃げて行ったわ。装備はそれなりだったけど、とんでもない弱小冒険者だったわね!」


 《威圧》スキルは前衛職業が使える自己バフスキルだ。

 スキル発動者よりレベルが半分以下のモンスターを寄せ付けない効果がある。低ランクダンジョン攻略時に重宝するスキルだ。

 ナンパしてきた冒険者のレベルはパワラの半分にも満たなかったのだろう。


「でもちょっと安心したわ。最近、男の人から声を掛けられることが無くなったから、少し不安に感じてたのだけど、やっぱり私は可愛いのね」


 ……本人に自信があることはいいことだ。

 すっかり機嫌がいいみたいだし、余計なことは言わないでおこう。


「う、うん、そうだよ。パワラちゃんは可愛いし、可憐だし、美人だ」


 僕は適当な相槌を打ちながら、マッサージを続ける。


 ♦♦♦


「すぅ……すぅ……」


 約20分後、パワラは寝落ちした。

 身体はうつ伏せのままだが、目はすっかり閉じられ、静かな寝息を立てている。


 今日はS級ダンジョンを攻略したし、さすがに疲れていたのだろう。

 ダンジョン内では、なんだかんだ《ファイア・グランドクロス》を10回は放っていたし。


 揉んでいた手の力を少しずつ抜きながら、そっとパワラの背から離す。

 するとパワラは「う゛~ん」と小さく唸りながらごろりと寝返りを打ち、仰向けになった。

 もう完全に寝る体勢だ。


 僕はベッド脇に畳んであった毛布を手に取り、そっとパワラの体に掛けてあげる。


「こうして眠ってる姿は、本当に可愛いのにな」


 日頃の暴君ぶりが嘘のような、静かな寝息と柔らかな寝顔。

 口元がほんの少し緩んでいて、まるで幸せな夢でも見ているようだった。




 僕は寝息を立てるパワラを見下ろしながら、ふと昔のことを思い出す。


 昔のパワラは、もっと素直で、優しい子だった。


 幼い頃、僕が転んだら真っ先に駆け寄って手を引いてくれたし、風邪をひいた時は、僕が寝ている間ずっとそばにいてくれたこともあった。


 それが今では毎日のように僕を罵倒し、こき使い、パワハラしてくる。


「……一体どうして、こうなっちゃったんだろう」


 僕は一言つぶやいた後、部屋の明かりをそっと落とし、そのまま部屋を出た。



 ♦︎



「チェックメイト!」


「うわあ。また負けちゃった。ロジリーちゃんは強いなあ」


 パワラにマッサージをした後、僕はロジリーの部屋で彼女と一緒にチェスをしていた。

 透明なちゃぶ台の上にチェス盤を置いて対面し、ただいま2局目。が、終わったところだ。


「カイルさんが弱すぎるんです。こっちはクイーンとルークとビショップを抜いているのに、どうして負けちゃうんですか」


 ネイビー色パジャマ姿のロジリーは僕のキングを手に取り、にぎにぎとしながら煽る。


 僕のチェスの腕は一応人並み以上だ。少なくとも、パワラとモラハになら普通に勝てるくらいの腕はある(もっとも、パワラ相手にはギリギリで負けるよう調整するが)。

 しかし、ロジリーは最上級職の『賢者』。

 【知能】ステータスが飛びぬけており、こういった頭を使う類のことに関して敵なしだ。


「カイルさんはいつも定石通りにしか動かないので動きが予測しやすいんです。もっと奇策を使うとか、意表を突くとか、ないんですか?」


「う、うん……それができれば苦労しないよ」


「はぁ……やっぱりカイルさんは凡人ですね」


 ロジリーは小さくため息をつきながら、チェス盤の駒を片付ける。

 片付けると言っても、チェス盤上で配置をデフォルトに戻すだけだ。

 普段からチェス盤はしまわれることなく、そのまま駒が並べられた状態になっていて、ロジリーの部屋のおしゃれオブジェクトになっている。 


「ふあぁ……そろそろ眠くなってきました。カイルさん、私をベッドまで運んでください」


 ロジリーは小さくあくびをしながら、両手をこちらに差し出す。

 その目は眠たげで、目じりに欠伸の涙を含む。


 立ち上がり近づくと、彼女は当然のように僕の首の後ろへ手をまわしてくる。

 僕はそのまま彼女の背中と太ももを腕で支え持ち上げ、いつものようにお姫様抱っこした。

 そしてベッドに運んだ後、一緒に毛布の中に入り、彼女の横で添い寝する。


 ロジリーは一人で寝ることができない。僕は彼女が寝付くまで、添い寝するのだ。


「頭……撫でてください」


「……うん」


 言われるがまま、彼女の頭を優しく撫でる。

 髪からはふわりと、シャンプーの香り。

 サラサラした蒼い髪が指の間を滑り、心地いい感触がする。


 しばらく撫でていると、彼女の小さな手が、そっと僕の服の裾を握った。

 指先が僕の服をつまみ、そのまま離れようとしない。


(……甘えモード入ったな)


 ベッドの中では彼女は甘えん坊だ。

 いつもの刺々しさは無くなり、僕に抱きついて甘えてくるのだ。


 少しずつロジリーは、僕の胸に頬をすり寄せてくる。彼女の腕が僕の腰に回り、より強く、しがみつくみたいにぎゅっと抱きついてきた。


「……ん……すき……」


 微かに息を詰まらせるような、小さな音。

 ロジリーが何か言ったような気がした。


「ん? 何か言った?」


「何も言ってません」

 

 なんだ気のせいか。

 

 にしても、少し甘えすぎじゃなかろうか。

 ロジリーちゃんも、もう14歳になる。

 発育がロリ目ではありつつも、少しずつ体つきは成長している。

 特に最近、少し成長した胸部分を僕に当ててきている気がする。


 僕も一応男の子なので、やはりそこは少し意識してしまう。

 そろそろ、一人で寝られるようになって欲しいものだ。


 ♦


 ロジリーを寝かしつけた後、僕は音を立てないように、そっと部屋を抜け出した。

 ロジリーが僕に添い寝してもらっている事はふたりだけの秘密なので、あのまま彼女と一緒に寝てしまい、仮に他二人にバレてしまうと大変な事になるのだ。

 彼女の寝つきが悪く無いのがせめてもの救いだ。


 クランハウスの二階、メンバーの部屋は廊下を挟んで対称に配置されている。

 階段から見て奥側の二部屋がパワラ、ロジリーの部屋。手前側がモラハ、僕の部屋だ。


 僕はロジリーの部屋を出てすぐ隣の、自室の扉を開いた。


「あ、カイル君! 待ってたよ!」


「モラハお姉ちゃん!」


 自室に入ると、白いレースのナイトドレス姿のモラハが、僕のベッドに腰かけていた。


 モラハお姉ちゃんは三日に一回くらい僕と一緒にねてくれる。

 今日はモラハお姉ちゃんと一緒にねれる!


「モラハお姉ちゃん! ギューってして!」


「はいはい♡」


 駆け寄り、ベッドに腰掛けていた彼女に勢いよく抱きつく。

 ふわりと広がる、花の蜜のように甘い香り。

 彼女の柔らかな胸が、やさしく僕を包み込んだ。


「もう、カイル君ったら♡  ふふっ。かわいいなあ」


 こうしていると、溜まっていた日々のストレスが少しずつ溶け出していく。

 主にパワラからのパワハラや、ロジリーからのロジハラのストレスである。


「うっ……ううっ……。今日もパワラちゃんとロジリーちゃんにたくさんたくさんいじめられちゃった……。確かに僕は弱くて戦えないから雑用しかできないけど、それにしたってひどすぎるよ……ううっ……」


「よしよし。辛かったね~」


 モラハお姉ちゃんは僕の頭を優しく撫でる。

 その手のひらは温かく、やわらかく、ただただ優しかった。

 これが無きゃ、僕は生きていけない。


「モラハお姉ちゃん……僕、やっぱり……このままじゃダメなのかな……」


「ん?」


「僕ももう一度、盾テイマーとしてみんなと一緒に戦えるよう頑張らなきゃいけないのかなって……」


 僕はぽつりと呟いた。









「カイル君、それは駄目だよ」


 瞬間――モラハお姉ちゃんの声のトーンが変わった。


 優しく撫でていた手が、ぴたりと止まる。

 さっきまでの穏やかな笑顔が、どこか冷たく歪んで見える。


「……え?」


「カイル君は、そのままでいいの」


 彼女の手が再び動く。

 さっきまでと変わらない優しさ。


「弱くて、情けなくて、女々しくて、役立たずで、愚鈍で、どうしようもないのがカイル君なんだから」


 なめらかに流れる言葉が、僕の耳にすっと入り込んでくる。


「それがカイル君のアイデンティティなんだから」


 モラハお姉ちゃんの手が、僕の頬に添えられる。

 微笑みながら、そっと僕を見つめる。


「カイル君には向上心とか、成長とか、そんなのはなくていいの。無能なんだから、できっこないの。一生そのままでいいの」


「で、でも……」


「ねぇカイル君」


 モラハお姉ちゃんの指先がそっと僕の唇を押さえた。


「それ以上言ったら、お姉ちゃんでも怒っちゃうよ? カイル君はね、変わらなくて良いの。カイル君はお姉ちゃんの言うことだけ聞いてれば良いの。カイル君は私なしじゃ生きていけないんだから。私が一生面倒を見てあげるんだから。ね? 分かった?」


「うん……」


「うんうん。言うこと聞けて偉いね〜。良い子良い子♡」


 モラハお姉ちゃんは嬉しそうに、僕の頭を撫でる。

 安らかな、心地よい感触がする。


 そうだよね。僕は弱くて、情けなくて、女々しくて、役立たずで、愚鈍で、どうしようも無い無能なんだから、お姉ちゃんの言う事を聞くしかないよね。変わろうとすることすらおこがましい人間なんだ。そんな僕に優しくしてくれて、面倒を見てくれるモラハお姉ちゃんの言うことは絶対絶対、聞かなきゃ。


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