【絶対徴収サブスクリプション】ではじめた異世界生活
「――というわけで、君は死んだ。そして僕に魂を拾われて、異世界転生させてあげようって話さ」
ごく平均的な……平均よりちょっとアレな顔をした男性がにこやかに言う。
彼は、自称神様らしいです。まあ……真っ白な空間にいる時点で普通ではない事態ですし、普通ではない存在なのは確かでしょう。
申し遅れましたが私は添野萌乃香。生前は30代のOLをやってました。趣味はWeb小説……なのでこういうシチュエーションには理解があります。まさか自分がこうなるとは思いませんでしたが。どこかにカメラ、ありますかね? TLのみんな、見てるかな?
「もしもし、聞いてる? とりあえずね、君が行く世界はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界ね。街にダンジョンがあって冒険者がいて、文明レベルは低めのやつ」
ざっくりした説明でなんとなく分かってしまうのがオタクの悪いところです。
「それで君にあげる特殊能力なんだけど」
神様? は、にこやかに言います。
「その名も【絶対徴収サブスクリプション】! どうだい、ワクワクするだろう?」
「……ファンタジーっぽくないのに驚いてます」
「まあまあ聞いてよ。実はさあ、少し前に【全サブスクリプション無料化】って能力を現代人にあげてみたんだよ。定職につけないかわりに、サブスクリプションサービスは全部契約すると無料になるっていう能力」
「えっ、それの方が欲しいですけど?」
あまぷら、ようつべ、にこにこ、ツイッターだって無料で便利に楽しめるとかオタクには嬉しすぎる。
「それがさあ、彼、半月もしないうちにタワマンで生活し始めて」
「えっ、どうして」
「家賃もサブスクじゃんって言ってさ……」
……なるほど?
「家も車も何もかもサブスク……インフレがとんでもない速度で起きて……すぐ物語が終わっちゃったから、今度はもう少し歯ごたえのある設定でやり直そうと思ってね」
「……それで、ファンタジー世界でサブスク……?」
「そう!」
神様は嬉しそうに身を乗り出します。
「じゃあ説明しよう。【絶対徴収サブスクリプション】とは! 君が開発したサブスクリプションサービスと契約した対象から、必ず利用料金を徴収できる! ……という能力だ!」
「……私のサブスク?」
「そう。例えば毎日肩叩き5分で毎月5000円とかね。ほら、異世界ファンタジーに引き落としとかクレカはないからさ、絶対にとりっぱぐれないのはチートだろ?」
確かに料金を踏み倒されないのはチートではあるけど……なんとも地味というか……いろいろ聞きたいことがありますね。
「その、毎日5分の肩叩きは必ずやらないといけないんですか?」
「契約によるね。肩叩きの場合は相手の都合もあるだろうし、『毎日5分肩叩きを要求できる権利』として契約すれば、肩叩きしてほしくない日には権利行使しなければいいだろ?」
なるほど。どうやら契約内容には気をつけないといけないようです。
「……肩叩きの要求を断ったら?」
「サービスを提供しなかった場合は死ぬ」
……絶対徴収できる対価が思ったより大きかった。
「だって安いからサブスクに入ったのに、材料ないから提供できませんじゃ納得できないじゃない。肉ぐらい死ぬ気で確保してくれなきゃさあ!」
神様、焼き肉かステーキか何かのサブスク利用していたんでしょうかね。
「契約……の内容は信じてもらえるでしょうか?」
「君が契約内容として喋ったことは真実として伝わるようにするよ」
逆に言うと嘘はつけないということですね。
「どうかな? やっていけそう?」
「……まだ質問があります。徴収……ってどうやるんですか? 集金に行くと必ず払ってくれる……?」
「そこは自動化されていてね! 利用者の財産が君のもとにテレポートしてくるんだ! これから君の転生する異世界は貨幣経済があるから、貨幣が瞬間移動する形だね!」
「貨幣……」
「金貨とか銀貨とかさ」
「……ちょうど支払える額面の貨幣がなかったらどうなるんですか?」
毎月銅貨1枚、とかいうサービスに契約してもらったのに、お財布に金貨しかなかったら支払えなさそうです。
「あ、そっか……うーん、じゃあ、自動で両替してあげよう。チートっぽくていいだろ?」
「急に財布の中身が増えて大変なことになりそうですが……」
「空間が足りない場合は、開けるまでは拡張された異空間にしまっておくことにするよ。財布を開けると溢れてくる感じだね」
それなら問題なさそう……ですが、私側の問題がありますね。
「私のもとにはどうやってお金が現れるんですか? 契約数が多いと、貨幣の山に埋もれて死んでしまいそうですが」
「おっ、そんなに自信があるんだ? ……ふむ、そうだね……確かにそんな間抜けな結末は面白くないな……」
神様はパンッと手を叩きます。
「よし、能力を追加しよう。【不可侵金庫】を授けるね。これは君だけがアクセスできる金庫で、【絶対徴収サブスクリプション】で徴収した貨幣だけを納められる。容量は無限。好きな時に好きな貨幣に両替して取り出せることとしよう」
言ってみるものです。貰える能力が増えてしまいました。
「ただし、一度取り出したら戻せない。これでいいかな?」
「……両替、って、他所の国の貨幣にもできますか?」
「うーん。交換レートがきちんと定まってない世界だから、ダメだね」
なるほど……あくまで両替は同じ通貨の範囲内と。
「……勝手に利用料金を徴収できる、ということですが……何か証拠は残りますか? 私が設定した料金以上を徴収した、というイチャモンをつけられそうな気がします」
「ふむ。神の力を疑われるのは気分がよくないな。それにそういう輩は無限にいそうだし、いちいち対処してたら面白くない……わかった、【誓約領収書】という能力もあげよう。契約者と君の間でのお金のやり取りを記録し、空間に表示できる能力さ。こんな風に」
神様は虚空にウィンドウを表示しました。例として私の支払いが金貨1枚、神様が金貨1枚を受領。合計金額の変動……エクセルみたいですね。
「この【誓約領収書】に記載された内容はどんな悪人でも否定できない。絶対に正しいと認識される。これでイチャモンもつけられないだろう」
「便利ですね。……これ、【絶対徴収サブスクリプション】とは関係ない内容も残せますか? 買い物したときとか……家計簿に便利かなと思って」
「それくらい構わないよ。お互いが合意した内容は記録に残せるようにしよう」
「わあ……ありがとうございます」
神様は余裕の笑みを浮かべます。
「ま、僕も君にすぐに終わって欲しいわけじゃないからね。理不尽だと思う点は修正するよ。他には何かあるかい?」
「私がサービスを提供できない時は死ぬらしいですけど……利用者が支払えなかった時はどうなるんですか? 財産がゼロのときとか……死にます?」
「すぐに解約か、サービスを維持して次の支払日を待つか、サービスを停止して支払いを待つか、の三択だね。さすがに貨幣以外を差し押さえして支払わせるのはねえ……査定も難しいし。死なせるのも悪用できそうだからナシ」
私は死ぬのに。
「……私が徴収を諦める分には問題ない?」
「そうだね。まあ、人情? とかで負債が残っているのに解約してあげる、とかもあってもいいんじゃない? あ、ただし解約は双方の合意あって成り立つからね。君がサービス提供できないからって勝手に解約するのはダメ」
私を死なせたい気持ち、結構ありそうです?
「……サブスクの内容はどんなものでもいいんでしょうか?」
「お互いが合意すればね。支払い間隔も毎月だけでなく、毎日でも毎秒でもいいよ」
毎秒は手間が……徴収が自動だからそうでもないですね。
「さて……そろそろ質問も出尽くしたかな?」
「あの、【絶対徴収サブスクリプション】【不可侵金庫】【誓約領収書】の他には何か能力はもらえませんか? 剣術とか魔術とか」
「そういうのはないね。まあ訓練したら身につくんじゃない?」
あくまでこの3つの能力で生きていけということみたいですね。ハードモード……。
「よし、じゃ、こういうのは思い切りが大事だからね! はじめるよ、転生!」
「ワッ」
急に周囲が光りに包まれて、何も見えなくなります。
「それじゃ、よきサブスク人生を期待してるよ!」
そして私の意識は遠のいて……
◇ ◇ ◇
目が覚めたのは、朝日も差し込まないような暗い路地裏でした。冷たい風が吹き抜けて、私の小さな身体を震わせます。
……小さな身体? 手脚をまじまじと見ると……ボロ布の袖から覗いたそれはやせ細っていて……どうやら子供の身体のようでした。
……近くには痩せた女性が横たわっています。冷たくなって動きません。年齢的に……私の母親にあたる人かもしれませんが……わかりませんね。
とりあえず……状況をまとめると。
私は第二の人生として……身寄りのない浮浪者の子供として転生したようです。
「……うーん」
神様から与えられた能力は、あるのを自覚できます。
てすが、後ろ盾も何も無い、無一文の子供に転生するとは……。
「……ベリーハード」
神様、前回【サブスクリプション無料化】で失敗したの相当悔しかったんでしょうね? 私にその八つ当たりしてくるの、やめてほしいんですけど!
◇ ◇ ◇
一日目は、この街を歩き回って情報収集に努めました。
この街はダンジョンを中心にして広がる街です。元々は小さな街だったのが、ある日突然ダンジョン――異世界の迷宮につながる扉が発生したことによって、急激な発展を遂げたようです。
再開発されたダンジョン周辺の土地は賑やかで、冒険者や彼ら目当ての店舗が多く立ち並びます。一方で郊外には広い農地が広がり、中心から外れた歓楽街の近くには、スラム街のようなものも出来ていました。
……そう、私が倒れていたのはスラム街でした。転生前の母娘は何をしていたのかは分かりませんが、さすがにスラム街や歓楽街で子供が生きていけるとは思えません。
こんな私が身を立てるにはやはり神様にもらった能力を……【絶対徴収サブスクリプション】を活用するしかありません。そのためには、顧客に目当てを付ける必要があります。
そこで二日目……井戸水で飢えをしのぎながら観察したのは、経済の中心たる冒険者たちです。
彼らは武器防具を身に着け、町の中心にあるダンジョンの扉に入っていきます。中は魔物の跋扈する迷宮とのことですが、その魔物からは良質な皮や肉などの素材、果ては金属まで手に入るとのことで、日暮れになると荷物をたくさん背負った冒険者たちが扉から出てきます。
彼らはそれを冒険者ギルドで換金して、周囲の飲食店で飲み食いし、歓楽街で遊んで、そして安宿に帰って行って寝ているようです。荒くれ者が集まっているせいか治安はあまりよくなく、ダンジョンで一山当てても次の日にはすかんぴんで歓楽街の路地裏で寝ているようなこともよくあるとか。
計画性がないなあと思いましたが、どうも治安が悪いせいで貨幣として持っているとすぐ盗まれたりトラブルに巻き込まれるようで、それなら歓楽街で消費するのがいいだろうというのが共通認識らしいです。
そんなわけで、冒険者というのはたいていが低層で小銭稼ぎをしている人たちです。ごく一部にはダンジョンの深い階層に潜るようなパーティもいるようですが、そういう人たちは運よくガツンと儲けて武器防具を更新して乗り切った、みたいな感じのようです。
いずれにしろ、金払いはいい冒険者たちは顧客としてとても見込みがあると思います。
さて……どんなサブスクを契約してもらいましょうか?
契約が履行できないと死んじゃうので、私が……この小さな子供の体でできることしかサービスを提供できませんが……。
◇ ◇ ◇
「ちょっと、君何してんの?」
その日、私が冒険者ギルドに構える専用窓口にやってきたのは、平均よりちょっとアレな顔をした男性でした。見覚えは……あります。覚えてました。自称神様ですね。この世界にも普通にその姿で来るとは思いませんでした。
「お久しぶりです、神様。一年ぶりでしょうか」
「そうだね、季節がひと巡りして……じゃなくて!」
「何って、お仕事してますけど」
「一日中そこに座ってるのが? 君がどんなに苦しんで生活しているかなあ、って見に来たっていうのに!」
なんてひどいこと言うんでしょう。まあ、ベリーハードな状況に転生させたのだから、そういういやらしい趣味をしているとは思っていましたが。
「そうはいっても、ここまで来るのは大変でしたよ? 最初は冒険者の荷物持ちのサブスクリプションをやったじゃないですか」
「うん、それは見てたよ。1週間定額で荷運びしてたやつね。めちゃくちゃ苦労してて面白かった」
「その次は宿屋の受付サブスクをやって」
「そこからもうおかしいんだよな。何さ、宿屋の受付サブスクって?」
最初は資金難とコネがないので孤児たちに混じって荷物持ちをやっていたのですが、その時契約してくれた冒険者さんに口をきいてもらって、すぐに宿屋さんで働かせてもらえるようになりました。
「この街ってあんまり治安よくないじゃないですか」
「そうみたいだね」
「だから宿屋みたいな無形のサービスって、トラブルが多いんですよ」
契約期間以上に部屋に居座るとか、鍵付きの部屋だと鍵を持っていかれちゃうとか。
「そこで私が【絶対徴収サブスクリプション】を使って、お客様に契約日数分の部屋を低額で貸す、という契約を結んできっちり料金を徴収する、というサービスを提供することにしたんです」
つまり宿屋とお客様ではなく、宿屋と私、私とお客様の契約にしたのです。
宿屋は私に部屋を提供する。
私はその部屋をお客様にサブスクリプションサービスとして貸し出す。
お客様は私に料金を徴収され、私はそこから宿屋にお金を支払う、と。
「これで借り逃げされることがなくなって、WIN-WINな関係を築けました。それで、他にも似た様な事をいくつかやって」
「……まあ、そこまではいいよ」
自称神様は受付の机をコツコツ叩きます。
「で? 今は?」
「はい。『お金預かりサブスクリプション』を提供してます」
「なにそれぇ……」
「平たく言えば銀行ですね。メインターゲットは冒険者です」
この街の経済の中心である冒険者。
彼らの金遣いが荒いのは、町の治安が悪い……つまりお金を盗まれる可能性が高いためでした。
くわえて、パーティ間でのお金の管理も難しい問題でした。誰かに大金を預からせたら、逃げられるかもしれない。だから大きなお金を使うようなことができない……。
「そこで、【絶対徴収サブスクリプション】です」
【絶対徴収サブスクリプション】は必ず貨幣を徴収します。そこで契約時に決めた金額を、特定の時間帯に徴収。【不可侵金庫】に貨幣が移動します。移動した貨幣は【誓約領収書】で記録されているので……――
「お金が必要になったら、この窓口で私を通じて引き出せるようになっているわけです」
なんと、いったん全財産を徴収する契約をしているパーティもあります。ご夫婦で冒険者をやられていて、旦那さんの賭博癖がひどいということで……最近、旦那さんの顔から生気が抜けてるので、たまには息抜きさせてあげたらとアドバイスしてます。
「大手の商人さんのお金も最近預けてもらってます。すぐ解約すれば追加の徴収はしないので、便利ですね。あっ、それから、公証人もやってますよ!」
「公証人……?」
「私が契約内容として喋ったことは必ず真実として信じてもらえるし、【誓約領収書】に書いたことは絶対に正しいって認識してもらえるでしょう? だから私を仲介して契約をするんです。その時手数料を貰ったりもしますね」
「思ってたのと違う……」
ちなみに『お金預かりサブスクリプション』も少額だけど費用を貰ってるので、今の私はここで座っているだけでお金がどんどんたまっていく状態です。
「私の身に危険があるとこの街の経済が死んじゃうので、今は冒険者ギルドに護衛付きで住まわせてもらってます。おかげさまで、安全にあったかく過ごせてますよ」
「もっと……苦労する場面が! 見たかったのに!」
「週に一度のお休み以外は窓口対応するって契約なので、以外とブラックな労働環境だと思うんですけど。この街から出ていくこともできないし」
「普通の人はもっと生き死にのかかった生活をしてるんだよ……!」
確かに冒険者さんたちはそう。でも、ちゃんと貯金して計画的にお金を使う人たちが増えてきて、装備の質も向上して、死んでしまう人も一年前と比べたら少なくなったと思います。
「はぁ……で? 君はこれからどうするとか、計画はあるわけ?」
「娯楽がないのだけが困りごとなので、お金が溜まったら現代知識でまずは印刷から……」
「君たちそういうの好きだねえ……はあ、せっかく面白い能力を作ったと思ったのにな」
自称神様はしょんぼりして、窓口から離れます。
「あれ、どちらに?」
「また別のおもちゃを探しに行くよ。君はもうアレだ、ゴールだよ、お疲れ様」
やっぱり私はおもちゃ扱いでしたか。薄々感づいてはいましたけど。
「第二の人生を楽しむといいよ。それじゃあね」
「はい。それでは、神様もお元気で」
なぜでしょうね。次の人にあげる能力もデカい抜け道があって楽々人生になりそうな気がしますが……。
……いえ、ぜひそうなって欲しいですね。ハードモードなんて、ごめんこうむりますもの。