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親友の魔術  作者: ルト
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第九話:まいにちの授業

 ウォーラム校の授業は容赦がない。

 教科書を講師が読み上げるなんて迂遠な真似はしない。要旨をかいつまんで少し解説しただけで次に進む。授業のペースは速く、課題では早速進んだ分の考察や論述が求められる。その発表や討論が授業内容になるときもある。魔法学概説のブレンバ先生ほど不親切ではないが、日本の授業ほど冗長でもない。

 だから、リスニングに手間取っていると、出遅れる。


「はい、今のところは分かりましたか、ミスターミシマ」

「うぇっ! あ、いえ、その……」


 板書と解説のメモだけで一杯いっぱいになっていたヒロは、急に問われて一気にパニックに陥った。ただでさえギリギリ遅れていて必死になっていたところに新たなタスクが求められて処理能力が限界を超えてハングアップしたようかのに、頭が白熱して真っ白になってしまったのだ。

 あうあう、と意味のなさない言葉を口の中でもにょもにょと転がしてまごついていると、ヒロより後ろに座っていた生徒が挙手をして発言した。


「ゲルマン系アングロサクソン人がイングランドへ上陸したことです。彼らは……」


 先生の要旨をまとめた説明をさらに簡潔にかいつまんで説明するジェレミーの言葉に、先生は動きを止めて耳を傾ける。やがて説明が終わってジェレミーが着席した。


「オーケー、すばらしい。完璧です、ミスタールーベンス」


 白髪の混じり始めた鉤鼻気味の先生は乾いた拍手をしながら彼を振り返る。頷き、そして声を低くしてヒロに手を向ける。


「ただ、私はミスターミシマに質問していたのです。代弁は私の許可を得てからにしなさい」

「これは申し訳ありません。彼が答える様子がなかったので」


 ジェレミーは綺麗な姿勢で礼を見せる。鉤鼻先生はかすかに眉をひそめたが、追及せず、声を上げて教科書の続きを読み上げた。

 なんだかんだで渦中からはじき出されていたらしいヒロは一息ついた。頭が冷えれば、なんのことはない、話を聞いていたのだから答えられる質問だった。しかし実際パニックになって、こぼれていた言葉も日本語だった。助けられたのだから、感謝するべきなのだろう。そんな風に思いながらメモの続きを取り始める。隣でリックが苛立たしげに顔をしかめていた。


 授業が終わって休み時間の間に教室移動をする。ウォーラムの校舎はちょっとした城くらいの広さはあるという感想を抱いていたヒロだったが、城塞とは本来戦争のための防御拠点であるため、積まれる石は大きく分厚いため見た目より狭く環境が悪いのだ、とアキトに先入観を是正されていた。窓も小さいため通気性も悪く、湿気がこもり、住むにはまったく適さない。近世以降の、住むためだけに作られた居城なら問題はだいぶ解決されているものだが、石造りの特性までは脱却できない。

 教室移動する生徒たちでごった返す廊下を歩きながら、リックは口をゆがめてヒロに陰口を叩いた。


「なんかジェレミー、感じ悪かったな。横取りしたみたいだ」

「……そう?」

「ああ。だってヒロ、あの質問は答えられただろ?」

「ん。まあ、いちおう」


 ヒロの歯切れの悪い返事を気にした様子もなく、リックは顔をしかめて続ける。


「それにあの礼見たか? なにが『彼が答える様子がなかったので』だ」

「うーん、まあ、答えられてなかったのは事実だからね」

「それでも、言いようってものがあるだろ。頭いいからって鼻にかけてるんじゃねえか?」


 随分とひどく言い連ねているが、ヒロはなんとなく、リックも大量の課題とハイレベルな授業に戸惑って機嫌が悪いだけだろうと感じていた。だいたい、つい昨日その勉強で世話になった相手を悪し様に言うと言うのも変な話だ。

 ヒロは苦笑して、リックの肩を叩き話を切り替えるために促した。


「まあまあ、そんなことより、次の授業に向かおうよ。早めに着いて予習を手伝ってもらうんだから」

「またお前は。呆れるくらい勉強が好きなんだな」

「そうでもしなきゃついていけないもの。さ、早く早く!」




 ウォーラム校は魔術実践が選択履修で存在する。望まない生徒は他のグラウンドで別のスポーツなどの授業を受けることができるようになっている。

 魔術実践の授業は、ヒロたちが受講するようなごく初歩の魔術しか行わない場合、屋内で行われる。場所を広く取らねばならないほどの効果がある魔術は扱えないこと、屋外では集中が難しいことなどが挙げられる。


「以上がこの練習場を使ううえでの注意点です。よろしいですね?」


 道場のような広々とした板敷きの部屋を裸足で歩く男性が整列する生徒たちに確認した。めいめい上がる返事に頷き、生徒たちの正面に立ってよく通る声で話を始める。


「では、まず魔法学概論で学んだと思いますが、魔術というものは我々の思考の流れによって発生します。もちろん、考え事をしていたらウッカリ何か起きてしまった、というケースがたびたび起きるほど簡単なものではありません」


 逆に、ボンヤリしていたら起きてしまう、と言うケースも滅多にない。


「では、どのようなときに起きるのか。素人の間は、東洋的ないわゆる無我の状態から始めて感覚をつかむのが一番早いと言われています。もちろん、ただ魔術を使うだけなら聖歌でもなんでも手段はありますが……魔術の『行使』となれば、やはり個人で扱うことができなければ」


 思考の流れによって発生する魔術だが、雑念があればそれらに阻害され観測すらできないような微弱な効果しか発現しない。逆に言えば、生きている限り魔術自体は誰もが使っていると言える。しかし『自在に行使する手段』としての魔術となれば、厳しい修行を積まねば満足に扱うことができない。だからこそ、古来、呪術的な古代宗教から中古近代に隆盛する聖典宗教まで、専門として研究修行する宗教家が存在したのだ。


「それでは、早速始めましょう。とはいえ、最初は坐禅(ざぜん)のやり方を覚えるだけです。魔法陣は不要でしょう」


 魔術とは思考の流れによる。思考など他人に伝えられるものではなく、また具体的に何かを順繰りに思い浮かべればできる、というものではない。つまり基本的に各人で体得していかなければならない。

 下手に教えられれば、その言葉に惑わされ固定観念からうまく流れなくなることがあり、魔術がうまくできないということもありうる。

 それは坐禅を行う禅宗の、禅問答(=公案)などに代表される「禅宗とは何か」ということを自ら悟るのみで他人に語ることができないという性格に近しいため、坐禅は効果的な手段だと考えられている。もちろん、坐禅と言う手段を借りるだけであり、禅宗とはなんら関係がない。


「結跏趺坐ができない人は、半跏趺坐でも構いません。さあ、みなさん出来ましたね」


 ヒロは坐禅を組みながら、鼻にかすかな香りを感じた。教師がアロマを焚いたようだ。この場での教師の役割は、教え導くことではなく、各人が次へ進みやすいよう場を整え誘導することだ。香を焚くことは伝統的に行われてきた魔術的行為でもある。

 安心して目を伏せ、呼吸を整え心を(しず)め、ヒロは自らを魔術へ導いていく。アキトもカオルも、もはやこんな過程を踏まずとも魔術を扱える。そしてヒロも、この程度の練習ならばとうに通り越した。ほどなく、ヒロは自分の周りの空間に流れる魔力を『掴ん』だ。


(へぇ……)


 そしてその感触に感心する。ただ香を焚いているだけではなく、先生自身も座って魔術を使って、魔力を感じやすいよう空間作りに励んでいた。慣れた魔力の流れのクセを感じ、アキトもそれに加わっていることを悟る。そしてヒロ自身、通気性のよい空間を吹き抜ける風のように、魔力が彼らによって整えられて穏やかにかつ確かに、容易く感じ取れていることに気付く。


(これなら、きっとみんなすぐに魔術ができるようになるんだろうな)


 苦笑いをひとつ。日本で魔術を感得するためにありとあらゆる試行錯誤を繰り返したヒロは、しかしそれほどまでに今自分が置かれている環境が恵まれていることを実感する。日本から出たお陰で、もうあのような苦労をせずに先に進めるのだ。

 現に、他にも感覚を掴みかけている生徒が何名か。ただ、リックもフェナーもジェレミーも、緊張しているのか気がそぞろに波打っていて、どうも今日中に魔術を感得することは難しそうなグループに属していることは残念だった。

 細く長い吐息をつく。

 口に強い笑みを浮かべて、心の中で頷いた。


(ようし、がんばるぞ!)


 直後に、奮い立たせた心のせいで集中が解けていることに気付き、慌てて心を落ち着けるのだった。

 ちょっと短い。

 授業風景でした。

 魔術に関して新しい用語が出てきたりしましたが、あまり難しく考えることはないです。いつか来る説明シーンで難しく説明してくれるので、難しく考えてしまったら収拾がつかなくなります。

 というわけで、次回、魔術復習と観戦。

 ……また日常編か。

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