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親友の魔術  作者: ルト
8/10

第八話:これからの生活

 パブリックスクールには自習の時間というものが設けられている。その時間には、各自机に向かって授業で課せられた課題を片付けることになっているのだ。ウォーラム校の場合は、夕食の後にその時間が当てられる。

 スポーツのあと、午後の授業を受けたヒロはやはり何割か分からない単語に苦しめられた。やっぱり英語の勉強も欠かせないなあと頭を抱えながらも、平等に課せられた課題もこなさなければならない。夕食を終えて部屋に戻ったヒロたちはさっそく、課題に取り組んでいた。


「ねぇ、ここはどういうこと?」

「ん、ああ。ここはホラ、教科書のこの部分に書いてあるだろ? これみたいなもんで、ここを……こう、な。解いていけばいいんだ」

「ああ……うん、なるほど。次も似たようなものだね。ありがとう」


 ヒロのする質問にリックは不器用に答え、彼の教えようとする手元を見ながら言いたいことを読み取って、自ら答えを悟っていく。

 ヒロは先に一通り分かるところを終わらせた後、一気にリックに分からないところ、ひっかかっていたところを確認していこうとしている。授業中についていけていないこともしばしばだったのでその量は少なくないが、疑問の要点を抑えたメモから的確な質問を引き出し、貰った情報のピースから正しい答えを導いていく。

 リックは誰かに尋ねながらの作業の割りに物凄い快速で解き進めていくヒロの勉強慣れした手腕に感心し、できる限り答えようと思っていた。いたのだが、


「おう、まあ、答えるのはいいんだが」


 リックの歯切れの悪い声にヒロが顔を上げる。言いにくそうに彼は自分のノートを示した。


「俺はまだ終わってないから、質問は他のやつにしてもらっていいか?」

「あ……そっか、ゴメン。邪魔しちゃって」

「いや、答えるのは構わないんだけどな。自分の課題を終わらせないとなんとも」


 質問しているヒロが答えるリックより先まで進めてしまっているのではいたたまれない。謝るヒロに申し訳なさそうに眉をさげつつも、こればかりは譲ってもらうしかないのだった。ヒロはノートに手を添えて立ち上がる準備をしつつ顔をめぐらせる。目が合ったフェナーは首だけで謝る。彼もまだ課題が終わっていないらしい。ヒロは残る1人へと視線を転じ、彼と目が合う。なんだかんだでジェレミーとはまだちゃんと会話をしていない。ヒロは小首をかしげて彼に問いかけた。


「ジェレミー。……いいかな?」


 目を逸らして手元に目を泳がせたジェレミーだが、やがて小さくため息をつき、ヒロを振り向いてかすかに笑った。


「ああ、構わない。自分の課題も終わったしな」

「ありがとう、助かるよ」


 ヒロは笑ってノートを持ってジェレミーの隣に行く。彼は自分の教材類を片付けて、ヒロがノートを広げやすいよう場所を開けた。


「授業についていけないんじゃ課題をするのも大変だろうからな。助け合うのは当然だろ」

「そっか、本当にありがとう」


 懐の広いジェレミーの発言にヒロは感謝した。さすが英国紳士、人間ができている。

 また誰よりも早く課題を終わらせた知能は伊達ではないようで、教え方もうまく、ジェレミーはどうやら本当に頭がいいらしかった。マンツーマンで教わりその恩恵を享受したヒロは順調に課題を片付けていき、最後の一問を解き終える。


「これでいい、かな」


 ペンを傾けて自分の答えを検分するヒロの横で、ジェレミーは今までのものもざっと見返してうなずいた。


「そうだな。これで今日の分は終了か、お疲れ」

「ありがとう、ジェレミーのおかげだよ」


 ジェレミーにねぎらいの言葉を掛けられ、ヒロは笑顔を浮かべて礼を重ねる。ジェレミーが気にするなと言うように手を軽く振った。二人がそんな話をしている背後で、リックが悲鳴を上げる。


「げえっ、ヒロもう終わったのかよ。俺より早いじゃねーか!」

「あはは。ジェレミーの教え方がうまいからね」

「なんなら、リックも見てやろうか?」

「なに! 頼む!」


 冗談めかしたジェレミーの申し出を受けてリックは即座に飛びついた。ジェレミーは冗談で済ませるようなたちの悪い真似はせず、笑いながらリックに応じる。フェナーもそんなリックたちのようすを見て笑いをこぼす。ヒロも笑顔でそれを見届けると、自分の席から別のノートを取り出して部屋から出ようとする。

 それに気づいたフェナーが声を上げた。


「あれ、どこ行くの?」

「ん、アキトのところにね。分からなかった英語とか授業で他に分からなかったところを聞きに行くんだ。特にブレンバ先生の授業はチンプンカンプンだったからさ」


 ヒロは苦笑を浮かべてノートを見せた。フェナーは納得したように頷き、勉強熱心だなあと声を上げて感心したリックは、ジェレミーに問題のミスを指摘されてうなだれる。そんなルームメイトたちを背に、部屋を後にした。




 ヒロが談話室に来ると、アキトが先輩を相手にチェスをして圧倒していた。


「アキト、なにしてるの」

「申し込まれたから受けただけだ。ちょうど、ヒロが来るころに終わらせられそうだったからな。……チェックメイト」


 問われたアキトは事も無げに答え、同時に駒をタンと音高く進める。相手をしている先輩がアキトの態度に顔を真っ赤にしたりアキトの技量に顔を蒼白にしたりしながら盤をにらんだ後、糸が切れたように机の上に倒れこみ、小さな声で投了を宣言した。アキトは一礼し、席を立つ。

 あまりの態度にヒロは呆れてため息をつく。相変わらず、敵を作ることに恐れもためらいもない。


「さてヒロ。どうせ、質問があるんだろう」

「ああ、うん。とりあえず、座ろうか……」


 談話室には8人掛けの大きな机がいくつか並べられていて、生徒たちが集まってのんびりできるようになっている。部屋の隅には卒業アルバムや雑学本、児童文学などジャンルを問わず本の詰め込まれた本棚や、簡単なキッチンも据え付けられていた。大きな暖炉もあって風情があるが、掃除が大変だからか使われておらず、代わりに石油ストーブが焚かれている。

 ヒロとアキトは生徒の数もまばらな談話室で近場の椅子に腰掛けた。


「じゃあ、まずは、こまごまとしたところから聞いていこうかな」

「分かった。ノート、見せてみろ」


 アキトはノートを開いて、ヒロが授業を聞いて分からなかったと思われる場所にあたりをつけていく。

 二人がこうして会うことは事前に申し合わせたわけではない。だが、英語が万全ではないヒロが授業で分からないところが出てくることは分かっていたし、なによりブレンバの魔法学はアキトにでも聞かなければ分かりっこないので、ヒロがアキトに質問したがるのは分かりきっていた。加えて、ヒロは日本ではアキトとカオルとの三人組でいつも一緒に過ごしていた。話す言葉は違えど、慣れ親しんだ顔と一緒に過ごす時間は1人で穏やかに過ごすよりよほど落ち着いた気分になれる。ヒロのそういう心境を分かればこそ、分かってくれると知っていてこそ、二人の行動は明確だった。

 ヒロはアキトの手元を覗き込むようにして隣から自分のノートを見返し、ふいにページの一角を指差す。


「あ、ここ分からなかったんだよね」

「スペルが違ってるな。聞き間違えたんだろう」

「あー、なるほど。難しいなあ」


 アキトが書き直し、ページを繰る。

 背後で先輩二人がチェスを仕切りなおしたらしく、駒を置く軽い音が時折混じるだけの静かな談話室でヒロはアキトに英語を改めて教わる。ヒロの語彙から抜け落ちていた単語を補完し、先生ごとの発音の癖を指摘し、聞き間違えやすい音をアドバイスする。ジェレミーも優秀だったが、アキトはさらに上回って秀才だ。

 一通り確認を終えて整理されたノートを見下ろしながら、同時にアキトの優秀さ加減を再確認したヒロは呆れ混じりに笑う。


「アキトならブレンバ先生の授業にもついていけたんだろうね」

「ついていくも何も、あれは魔法学史の基礎だからな。まくし立てる癖があるようだったから、聞き取れなかっただけだろう」

「そうかなあ……」

「魔法学の用語は日常では滅多に出てこないからな、耳慣れなくてもおかしくない」


 そこまでフォローして、アキトはブレンバの言ったことを日本語を交えて解説し始めた。魔術とは何か、魔法学との違いは何か、どのように魔術が発見されてきたか、魔術と科学の違いは。また、一般に知られる魔術のプロセスや魔法陣、魔法円、それらの効果の発現プロセス。現在発見された歴史的に効果が確認された大規模な魔法陣。神殿と魔術。古代の信仰と同一だったころの呪術としての魔術など。ブレンバの授業中に触れられた箇所を逐次解説していく。

 ヒロは日本語でなら知っていること、日本語でも知らなかったこと、アキトから触りだけ聞かされていたこと、大まかに体験していたことなどを耳で聞いて改めて頭で理解しなおしていった。ブレンバの授業は不親切ではあったが無駄な説明はなかったことを知る。

 やがて解説が終わるころに、今日だけでブレンバは概要に加え先史から続く魔術史の中世以前まで圧縮して説明していたということを理解したのだった。


「ふぅー……。頭がパンクしそう」


 覚えることが多すぎだよね、と笑うヒロに、アキトはさらりと答える。


「歴史は流れなんだから、そんなに難しいものではないだろう。考えれば理解できるものだ」

「そんなの、アキトだから言えるんだよ」


 唇を尖らせて反論し、息が抜けるように笑う。アキトもそんなヒロを見て口の端を緩めた。


「じゃあ、今日はありがとう。お陰で予習も復習もばっちりできたよ」


 ヒロがノートを片付けながらアキトに笑顔を向ける。アキトはいちいち答えるのも面倒というように軽く手を上げるだけで応え、別のことを口にした。


「ああ、待て。どうせ、今日はまだ魔術鍛錬してないんだろう」

「うっ、まあ、そうだけど……ほら、今日はもう慣れない環境と勉強で疲れてるし」


 ヒロが身を強張らせて反論するが、尻すぼみに言葉の勢いは消えて表情には観念の色が強くなる。ヒロの予想通り、アキトはすげなく意見を蹴り飛ばした。


「そんなことを言ってるといつまで経ってもできないままだ。まだ時間はある。ほら、座れ」


 立ち上がりかけた椅子に腰を落とし、ヒロは深呼吸して目を伏せる。そぞろに波打っていた意識を落ち着け、精神を集中させて、口を開く。


「じゃあ、やるよ」


 ヒロは目を伏せたまま机に指を置き、なぞるように滑らせる。ゆっくりと静かに意識して呼吸をする。指が机の上で円を描いた。続けて円の中をゆっくりと滑っていく。


「呼吸が乱れてるぞ」


 アキトが静かに指摘した。ヒロはかすかに眉をひそめ、規則正しい呼吸に努める。呼吸に意識が行ったせいで指の動きが緩慢になった。

 ヒロは目を開けてため息をつく。


「ダメだ」

「気を落ち着けて、もう一回。肩から力を抜け」

「うーん、頭では、分かってるんだけどね」

「じゃあその通りやればいい」


 簡単に言うなあ、とヒロは細くため息をつく。改めて、背筋を伸ばし、足は椅子の上で胡坐を組み、軽く目を伏せ、指を机に乗せる。

 その後、ヒロは何度も挑戦したが、今日は結局、満足のいくようにできなかった。

 自習です。みなさんはちゃんとやってましたか?

 なんだか、ウォーラム校の学生生活紹介小説みたいになってきました。違うはずなんだけどなぁ。おかしいなぁ。これからの予定表をみるとますますそんな気がしてきましたよ?


 次回、授業と魔術実践。

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