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親友の魔術  作者: ルト
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第五話:ふたつめの再会

 翌朝、朝6時半頃に起き出して朝食に集められた。眠そうに目をこすっている生徒がぽつぽつ見られる中で朝の集会のようなものが数分行われ、食堂へと向かい朝食を取る。味についてはいまさら触れない。ちなみに食前の礼について少し触れておくと、キリスト教の礼は神に食事できることを感謝し、それを作ってくれた人やかかわった人が安心して生活できるよう、また食べる自分たちが今日や明日を幸せに過ごせるよう祈る、というような文言になっている。決まった形というものがあるわけではなく、教会や家庭ごとで違った言い回しになる。食後にも同様に食事ができたことを神に感謝し、信仰を深めていくことを誓うような文句で結ぶ。

 朝食が終わって学校の敷地内に立てられたチャペルに朝の礼拝に向かうための移動が始まり、にわかに騒がしくなった食堂でヒロはプリフェクトのレナードに声を掛けられた。


「ヒロっつったか、どうする? お前は礼拝来るか? 参加するほうがいいとは思うが、無理強いはしないぞ。アキトも参加しないみたいだしな」


 一応参加するかどうか、しばらく迷った後にやめることにした。レナードはそうかとあっさりうなずいた後、毎日やるわけだから観光だと思ってときどき参加するようにしとけ、とだけ告げて歩いていく。熱心な信徒なのかそうでもないのか。ヒロは彼らと一緒に廊下まで出て、チャペルのほうへと去っていくのを見送った後、振り返ろうとして背後から突如伸びてきた手にそっとまぶたを下ろされた。


「カオル」

「……まだ何も言ってないんだけどな」


 日本語で呟かれる。手が引っ込められて、ヒロが振り返るとそこには果たしてカオルがすねたように口を尖らせて立っている。顔つきは日本人だが髪が赤く錆びたような奇抜な色をしていて、身長はヒロより少し高い。猫のようなつり目が特徴的だ。口はヒロが見ている前でにやりと吊り上げられ、目元も細められる。このいたずらっ子のような表情が昔から最高に似合う、ヒロの旧来の知友である。

 ヒロはニッコリと笑ってカオルに抱きついた。


「久しぶり、カオル! 昨日は会えなかったから、嬉しいよ。相変わらず元気そうで本当によかった!」

「ん、おっ、おいおい、だからって急に抱きつくことはねーだろ」

「あはは。ごめんごめん、欧州風のコミュニケーションが身についちゃって」


 カオルがぽんぽんと身を寄せたヒロの肩を叩き、ヒロはすぐに身を離して楽しそうに笑った。その笑顔を見てカオルも苦笑を浮かべる。会話を日本語で行っている二人だが、そこでいきなり英語になってカオルが問いかけた。


「そういえば、英語はどれくらい話せるようになったんだ?」

「日常会話とリスニングは大体こなせるようになったよ。でも、まだまだイディオムとか勉強とかの難しい用語になると分からないかな」


 ヒロも即応して英語で返す。カオルは満足げに口の端を吊り上げて笑った。ヒロの額に手のひらをあてがうようにして撫でる。


「へえ、随分と達者に喋れるようになったな。さすがはヒロだ」

「この半年の間ずっと英語漬けで暮らしてたんだから、多少はね。ん、やめてよー」


 手を退けられてもにやにやと笑っているカオルはヒロと同じように友人に久々に会えたことで相当テンションがあがっているようだが、浮かべている表情は好きな女の子にいたずらをする小学生男子そのものである。そんな表情のままカオルは言った。


「じゃあ、魔術のほうはどうだ? 苦手な思念魔術は多少上達したか?」

「無茶言わないでよ。英語の勉強でそれどころじゃなかったんだってば」


 ヒロはカオルを見て肩をすくめて苦笑を浮かべた。カオルは顎に手を当てて考え込むようにヒロを覗き込み、眉根を寄せる。その意味深なしぐさと表情にヒロはたじろいだ。


「な、何?」

「ヒロ。逆になまったとか言ったら怒るぞ」

「な、なまってはないと思うけど。上達するための練習はできなかったけど、ときどき使ってたし」

「そうか。なら、いいんだけどな」


 ぐっと背筋を伸ばしてヒロから目をそらし、そのまま大きくのけぞって天井を仰ぎ見る。伸びに移行した動きの後ため息をついて、ヒロを呆れの混じった目で改めてまじまじと眺める。


「ヒロはどうしてこう、魔方陣はうまいのに思念魔術が上達しないのかね」


 言われてヒロは、分からないと肩をすくめてかぶりを振った。その表情にわずかなかげりを見て取ったカオルは両手を腰に当てて体勢を崩す。


「まあ、まだまだ先は長いんだし今から焦ることもないだろうけどな。俺らは魔法学科に入りに来たんだから、大切なのはこれからだぜ」

「あはは、まさかカオルの口からそんな言葉が出るなんて思わなかったよ。ありがと」


 ヒロは笑顔で顔を上げてカオルの顔を見た。カオルは面映そうに口元を緩めているが同時にヒロの言葉に眉をひそめているという複雑な表情をしていた。その顔を見てヒロは思わず声を出して笑ってしまい、カオルの眉が不機嫌そうな度合いを深める。


「なんだそれ、どういう意味だよ」

「そのままの意味だよ?」


 ヒロは笑いを漏らしながら答え、ふう、と息をついた。その表情には先ほどのかげりはなく、その笑顔はすっかりいつもの調子を取り戻していた。カオルはそのようすを見て溜飲を下げる。いつも通り、にやりと笑みを浮かべて、ヒロの肩に腕を回した。


「なあ、ヒロは半年イギリスにいたんだろ。なんかうまいもんあったか? ここのメシはまずくてなあ」

「え? イギリスで、おいしいもの……?」




 ヒロとカオルは雑談しながら朝の礼拝が終わるまでの時間をつぶし、そして彼らが帰ってくると寮ごとに分けられて授業に向かうことになる。授業は、科目や教員ごとに教室が決まっていて生徒が彼らの元へ向かい受講する。一年生は分野の基礎となる必修科目が多いため選択できる科目はあまりない。また質の高い教育を旨とするパブリックスクールは少人数授業が基本となり、生徒20人に対し教員1人というものは当たり前、もっと少ないということもざらにある。

 最初の授業を終えて、多めに用意されている休憩時間中、移動しながらリックがヒロに聞いた。


「どうだ、授業ついていけそうか?」

「今の授業は大丈夫だったけど、これからすごく苦労しそうだよ。教科書を少し読んでみたけど、分からない単語がいくつかあったし」


 小脇に抱えた教科書の束をちらりと見下ろしながらヒロは気落ちした声で返す。隣を歩くリックは苦いものを噛んでしまったかのように顔をしかめた。


「ゲー。マジかよ、本当に言葉が違うと大変そうだな。俺なんて日本語示されても分からない自信があるぜ。それだけしっかり喋れるだけでもヒロはすごいよな、はるばる留学するだけのことはあって頭がいいんだ」


 褒められて、ヒロは苦笑を漏らした。謙遜ではない心からの否定を返す。


「まさか、僕なんか必死こいてようやく日常会話が達者にできるようになっただけの凡才さ。ほんとうに頭がいい人っていうのは、アキトやカオルのことを言うんだよ」

「ヒロと一緒に留学してきたあの二人か。あいつらも英語うまいよな」


 何気なく応えたリックにヒロはうなずいて、少し楽しそうに言葉を重ねた。


「英語だけじゃないんだよ。アキトは何でも知ってて、特に魔術に関しては分野によっては大学レベルくらいあるかもしれないくらい。カオルは運動神経も抜群で勉強はあんまりしないんだけど、好きなこと、興味を持ったことはトコトンやるタイプだから、語学とか魔法学とか、あと宗教学も詳しいんだったかな?」


 ヒロの説明を聞いてもリックにはさっぱり実感が沸かなかった。同年代の人が賢いと言う説明の中で学問の名前が登場するということが異常である。少し口を開けたまま呆け、彼ら二人についての正確な理解を放棄した。


「っへぇー。なんかもう、レベルが違うって感じだな。同じ13歳とは思えないぞ」

「うん。ほんとうの天才って、ああいう人のことを言うんだと思うな」


 リックのもはや呆れたような言葉に、ヒロは深く頷いて応えた。

 そろそろ序章ではなくなります。

 そして、この回あたりから、ほんの少しずつ、兆候が見え始めます。後になって初めて、そうだ、と分かるくらいの、微かな兆し。

 進むにつれて分かりやすいものが見えるようになると思います。


 とりあえず、カオルとの仲のよさが片鱗くらいは見えるかな、と思います。同時に魔術がちらりと話題に上ったり。

 次回、これまで見えてなかった魔術について。嫌ぁ~な先生が登場。

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