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親友の魔術  作者: ルト
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第十話:あたらしい日常

「魔術なんて分かるわけがない」


 課題も終わった後の弛緩した空気のなかで、リックが一番に口を開いたと思ったらそんなことを言った。フェナーが控えめに同意する。


「もう少し分かりやすく説明してほしいよね。あんなんじゃ分かるものも分からないよ」

「まったくだ、もっと言えー」


 リックが扇動するように手を振り上げて笑った。ヒロは彼らを見ながら、昔の自分を見るようで懐かしく思いながら微笑む。その笑みのまま、やんわりと彼らをいさめた。


「あの場はこれ以上ないくらいに魔術がしやすい環境にしてあったから、あれ以上を求めるのは(こく)ってものだよ」

「……そうなの? あの先生、僕たちに適当な指示出しただけであとはサボってたんじゃないの?」


 フェナーが意外に毒のある発言をした。

 確かに、あの先生は説明の時間は短かったし、アロマを焚いただけで特になにかアドバイスをしたわけではない。分からなければそう思ってしまうのも仕方のないことだろう。

 ヒロは苦笑して、リックが便乗しようとするのに先んじてフェナーの下半身を示す。


「フェナー。坐禅組んでる間、お尻痛いとか考えてたでしょう?」

「え?」

「リックなんか寝てたじゃない。ジェレミーは遠かったからよく見えなかったけど……」

「うっ」


 二人が言葉に詰まったのを見て、ヒロは微笑み、口を開く。


「指示通りに出来てもいないのに、文句を言うのは筋違いだと思うよ? まずは、心をカラッポにしなきゃ」

「そんなの、どうやるのか分からないよ。心を無にするなんて。僕たちは仏教徒じゃないんだ」


 フェナーがそれでも言い訳のように文句を言う。うーん、とヒロは笑いながらうなった。禅宗は正確には仏教じゃないのだが、いちいち指摘するのも面倒だった。代わりにアキトに簡潔に言われた説明を思い浮かべる。


「そうだね。まあ、そのままの自分と世界を感じる、とかは言われてるけど」

「そんなふうに言われても分かんねーよなあ……。というか、そんなに詳しいって事はやっぱりヒロは魔術使えるのか」


 リックが大きく仰け反り椅子の足を浮かせながらヒロに確認した。ヒロは肩をすくめる。使えるといえば使えるが、目が覚めるようなちゃんとした効果のある魔術はまだ使えない。つまり、彼らのほんの一歩先を行く程度にすぎない。


「ちょっとだけね。僕はこの練習は日本でやってたから分かるんだ」

「へえ、すげーなあ。そういえば、あのアキトとかいうのもすごいんだっけ?」

「アキトは別格だよ。ものすごく魔術がうまい。将来はプロの魔術師になれるね」


 そりゃまた、とリックは呆れたように答えた。ヒロの口から聞かされるアキト像は凄すぎてもう驚く気にもなれないのだろう。また、実際に授業中に見せるアキトの態度からそれらが本当だろうことを実感させられた今となってはなおさらのことだ。カオルについても賞賛を重ねようとしたヒロはリックの態度にを見て口をつぐんだ。

 フェナーはアキトの話はさて置いて、現実的に尋ねる。


「魔術のコツとか、ないの?」

「今は、やっぱり、坐禅をしっかりできるようになることかな。あそこで魔力を感じられるようになることが一番手っ取り早いと思うよ」

「魔力? そんなもん感じられるものなのかよ」


 リックが椅子の足をおろし、半信半疑に聞き返した。ヒロは変に先入観を与えないように慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと答える。


「あそこなら、簡単にね。うーん、例えるなら……。空気の流れを見ようと思うとき、見やすいように煙を混ぜるよね? あの場は同じように、普通は感じにくい魔力に『色づけ』をしていたんだ。もちろん、目で見えないし匂いがするわけじゃないし、肌でも感じられないから、ある程度のコツをつかむまでは難しいけどね」


 だからこそ、まず出来るようになるべきことは、『心を無にする』なんだ。

 ヒロはそう結び、頷いた。結局あいまいなことしか言ってないし、するべきことはぶれていない。この説明ならかえってできなくなるということはないだろう、そう思って安心する。

 リックとフェナーは狐につままれたような顔をしてその説明に頷いていた。納得するしかない、というようなことだろう。

 ヒロはそんな二人を見て、ふと、ジェレミーに目をやった。彼は背もたれに体を預けて深く考え込むように沈思している。ヒロの視線に気づくと眉をしかめた。


「なんだ?」

「ん、いや、別に。なんでもないよ」


 軽く手を振って答え、笑ってごまかした。ジェレミーは物言いたげな顔をしたが、黙って再びうつむく。ヒロはさりげなく彼のほうを窺いながら思った。


(ジェレミーは、魔術のこと聞かなくていいのかな。できてなかったみたいだけど)


 そう思った後、肩をすくめた。普段の態度を見るにつけ、魔術にあまり関心があるようには思えない。あくまで見聞を広めるくらいの軽い気持ちで魔術実践を受けたのかもしれない。彼の家庭も彼自身もエリートのようだから、なおさらだ。

 そう思ってジェレミーから意識を離したヒロに、リックが別の話題を持ちかけてきた。


「なあヒロ、明日、ハウス対抗戦があるって知ってるか?」

「ハウス対抗戦? って、確か……他のハウスと競うんだっけ」


 生徒のハウスへの帰属意識を高めるために、パブリックスクールは事あるごとにハウス同士で競争する。それはスポーツであったり、試験であったり、さまざまな分野で切磋琢磨する。ハウスの一員であるという自覚は、引いては集団の一員であることの自負と誇りにつながり、責任ある行動や態度につながるのだ。


「そうそう、それで、明日はいきなり注目のカードなんだ。俺たちケンプハウスと、代々名勝負を繰り広げてるライバルハウスのフォスターとの試合だ。フットボールではケンプが勝つことが多いんだけどな、ホッケーではよく負ける。でも他の競技だと拮抗してるんだ。毎年の名物なんだぜ」

「へぇ、そうなんだ」


 興奮気味のリックを見るからに、本当に名物なのだろう。勝負事にあまり関心のないヒロも少し興味を持った。


(でも、アキトは興味なさそうかな。カオルは、結構好きそうだけど……)




 翌日、午前中の授業をやっつけたヒロたちはグラウンドに集まっていた。試合は今まさに始まろうとしている。ケンプとフォスター、それぞれのハウス代表に選ばれた選手たちが整列して試合を始めるところなのだ。ウォーラムは出来る限り参加する生徒を増やすために、学年ごとにチームを用意して試合を行うことになっている。それらの試合結果で、最終的な勝敗を決めるのだ。

 とはいえ、経験実力ともにもっとも洗練された最高学年の試合が最後に用意され、それ以外はほとんど前座のような扱いになっているのが実情だった。他学年の貯金によって勝負で勝っていても最高学年の試合で負けると、暗いムードが漂うという姿が見られるほどである。


「それでも他の学年で手を抜くような人はいないから、見ごたえはあるんだって」


 ヒロは観客席に座って、隣にいるアキトにそう言った。リックの受け売りである。

 グラウンドは、対抗戦などにも使われる段々の観客席が備わっているものが使われており、他のハウスからも何割か見に来ている生徒たちがいる。さすがに観客席はドーム型スタジアムのようにグラウンドを囲んでいるというわけではないし、もちろんスクリーン中継もない。放送部のようなサークルが実況つきでビデオに取っているくらいのものだ。それでも、熱気は大したもので、生徒たちはときおり立ち上がったりしながらプレーヤーに歓声を送っている。

 そのような見ごたえをヒロに説かれたアキトは、いささかの興奮も見られない目で試合の行われているグラウンドを眺めている。


「そうらしいな」


 あまりにも冷め切った一言にヒロは苦笑する。グラウンドで鮮やかなパスカットが行われ、ギャラリーが沸き立った。ヒロはその歓声が収まるのを待ってからアキトにささやく。


「やっぱり、アキトは興味ないか」

「悪いとは思わないが、面白がり方が分からないな」


 ただ座ってグラウンドに目を向けているだけのアキトは、言葉通り眠そうだが歓声のせいで眠れない、といったようすだった。ヒロが肩をすくめると、ふいに観客をすり抜けて誰かが近づいてきていることに気づいた。

 それは、ヒロのよく見知っている顔だ。その顔はヒロと目が合うとにやりと笑って手のひらを向ける。


「よぉ」

「カオル! いいの? こんなところまできちゃって」

「構いやしねぇさ、こういうのは楽しんだもの勝ちなんだよ」


 ヒロの隣まで来たカオルはニヤッと笑って無責任に言った。ハウス別に座って観戦しているので、別のハウスに所属しているカオルは場違いにすぎる。そんなことを気にもかけないカオルは背筋を伸ばしてグラウンドを覗き込んだ。


「お、ちょっと見てない間にフォスターが優勢になってるな。後半はあと4分か、どうなるんだろうな」


 弾んだ声でボールの行方を楽しそうに見守っている。ヒロがため息をついてカオルの後姿を眺めていると、アキトが横からささやいた。


「なんだかんだ、賑やかなやつだ」

「ん、そうだね。カオルはいつ見ても楽しそうだよ」


 ヒロがアキトに苦笑を返す。アキトは「同感だ」と呆れたように軽く目を伏せ、肩をすくめた。意味深なしぐさに辺りを見回すと、周囲の生徒の視線が微妙にチラチラと突き刺さっている。固まったヒロに構う様子もなく、ふらりと戻ってきたカオルが顔を寄せて話しかけた。


「なあヒロ、ヒロは見えてるか? なんなら肩車してやろうか」

「いっ、いらないよ、なに言ってるんだよ!」


 びっくりして大声で拒否するヒロ。この年になって肩車なんかされたらたまったものではないし、こんなところでカオルなんかに肩車されていたら目立ってしょうがない。しかし、カオルはきょとんとした顔でそれこそ意外というふうに簡単に答えを返す。


「なにって、俺のほうが背が高いじゃねーか」

「う、うるさいな。今に追い抜くもん」


 さりげなく気にしていることをサラリと言われ、ヒロは恥ずかしくなる。それはともかく、とカオルに訴える。


「それより、カオルは早く戻りなよ。さっきから騒いでたし、僕たちなんか目立ってるよ」

「あん? そんなもん気にするこたねぇよ。どうしようが勝手じゃねーか」


 いつも通りの傍若無人なカオルの答えに一瞬で数十通りくらい浮かんだ反論がため息に溶けて消えてしまった。どうせ消極的な日和見主義の意見なんていくら並べ立ててもカオルは聞きもしない。せめてもの抵抗のようにこそりと周囲を窺うと、やはり周囲の目線はヒロたちにチラチラと突き刺さっていた。しかし、彼らの目線が騒がしいやつを見るような迷惑そうな視線よりも、物珍しそうに様子を窺う好奇心の色が目立っていることに気づく。

 どういうことだろう、と考え始めて二人を見比べたヒロは、すぐに思い当たった。それは二人は目立つだろう。突然やってきた超絶優秀な留学生、しかもマイナーな魔法学科関係である。ウォーラムには留学生があまり多くない。その珍しさに加えてこの二人のような立ち振る舞いを見せる、いかにもといったような天才であれば、有名にもなるだろう。引き立て役のようにごく普通のヒロが間に立っていればこそ、彼ら二人の優秀さは群を抜いて映える。

 ヒロがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、カオルはいつも通りの笑みを浮かべてヒロの腕を引っ張った。


「目立つ目立たないなんていまさらどうでもいいだろ。それよりほら、サッカー観ようぜ」

「サッカーじゃなくてフットボールだし、せめて移動しようってば……」

 平凡な日々です。

 超平和。

 ハウス対抗戦とか、マイペースなカオルとか方向性は違うけど同じくアキトとかヒロとか。

 普通。


 次回、休日。

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