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幼馴染の短編

お菓子がなければスイーツを。

作者: 田中正義

短編です。

先月末に当日に投稿するの忘れてました。


友人と三題噺「秋 料理 隠し味」での企画です。

「ほら、言いなさいよ」


 ぐい、と鼻先に突き出された個包装。


 甘ったるい匂いをカラフルな包み紙でラッピングしたそれは、香りからおそらくチョコレートなのだろう。

 そして、チョコレートとは別の甘い匂いを包帯で全身ラッピングした差出人は、声音からおそらく幼馴染なのだろう。


 西日のオレンジは、そういえば今日まで至る所で散見されたカボチャの色に似てるな、と思った。


「何をだよ」


 帰宅してしばらく後。

 課題やらに手をつける前、何も考えずにベッドで動画を垂れ流していたひとときである。


 玄関が開いた音が聞こえたが、まさか家族ですらなかったとは恐れ入った。

 人の部屋まで侵入してきた強行犯の出で立ちと発言は、脳死で退屈を満喫していた俺を混乱させるには充分だった。


 鍵はかけてなかったろうか。どこから開けたのやら。

 少なくとも私室に侵入されて動揺で済んでるのも大概なのだろうな思いつつ、仁王立ちのミイラ女に向き直る。

 言ってもしゃあなし、いつものことだ。


「あなた、今日が何の日か分かってるの?」

「流石に世間も一色だし、そのトンチキな格好見りゃ分からいでか」

「なら、言うことがあるでしょう?」

「……このセリフ、催促されたの初めてだな」


 今日は10月末日。世間一般にはハロウィンと呼ばれる日である。

 何をトチ狂ったのかミイラ女に扮した幼馴染のようだが、まさかこれでハロウィンイベントでなければ何だと言うのだ。


「まあ、いいけど。Trick or Treat」

施し(トリート)よ。どうせあなた、季節のイベントなんて私からしか貰えないんだから。ありがたく受け取りなさい」

「ハロウィンの言わされた決まり文句で押し付けがましく煽られることある?」


 いいけどさ。

 ミイラの下は見えないが、どうせドヤ顔でもしているのだろう。


 ああそうだよ、どうせ俺は大衆用に女子が撒いた駄菓子を漁る側の人種だよ。

 バレンタインもハロウィンも、毎年こうして幼馴染から義理でももらえるならマシだろうなとは思う。

 だが俺を羨んだ友人は部活の後輩女子達から貢物があるのだ、ユダはどっちだか。


 嬉しくとも悔しくとも恒例行事に一応礼を言いながら受け取ってみると、かわいらしいラッピングの割に重量があることに驚いた。


「今年はデカいな。どっかの徳用か?」

「強いて言えば徳用というか、特用?」

「なんだそりゃ。開けるぞ」

「どうぞ」


 ポスンとベッドの隣に腰掛けたミイラ女に見守られながら、口を縛る紐を解く。

 徐々に封を開け、現れたのは。


「チョコ?」

「今年からは趣向を変えてみるの。試作のブラウニーよ」

「お前、これ手作りか……?」

「ええ。美味しそうでしょ?」

「正直驚いている。中々美味そうな見た目だ」


 まさかこんなものを作れるようになっていたなんて。

 感動しながらしげしげと手の中のブラウニーを眺める。


 焦げやボロボロになる様子もなく、切り口も四角く揃っている。

 かなり工夫を凝らしたようで、乗っているのはオレンジだろうか。

 チョコレートの甘さと柑橘系の爽やかさと、ほんのりお酒らしさが濃厚な香りを漂わせてくる。


 菓子本体のそれに加え、包んだ紙もクシャクシャになったり破れたりもしていない。

 外面だけは見栄を張るこの幼馴染は、こんなイベントの供物にすら洒落た花なんかも付けていた。


 転がり落ちたチョコレート色のコスモスを添えながら、全体を眺める。


 かなり、クオリティが高い。信じられないくらいだ。


「記念に撮っていいか?」

「もちろん良いわよ。よく出来てるでしょう」

「ああ、ぶっちゃけ感動してる。食べるのが勿体無いくらいだ」

「勿体ぶらずに全部食べていいのよ」


 うんうんと頷くミイラ女を他所に、パシャパシャとスマホを鳴らす。

 食べるのが勿体ないと思うのも、勿体ぶってしまうのも事実だ。


「そうだ、お茶淹れてくるよ。何がいい?」

「紅茶。私がやりましょうか?」

「いや、いいよ。ちょっと待ってろ」



 なるべく丁寧に湯を沸かし、安物のティーパックをぶち込み、砂糖とミルクを用意し、二人分のカップと皿を用意して部屋へ。

 ところで他に家族はいなかったからやっぱりコイツどっかから侵入して来やがったな。


 部屋に戻ると、手際の良い幼馴染は散らかっていたテーブルの上を片付け、美味そうなブラウニーを鎮座させていた。


「そういえば、何でミイラなんだ?」

「響きが可愛いからマミーって呼んで」

「マミー?……ああ、Mummyか」

「今私のこと『お母さん』って呼んだ?」

「そっちのマミーじゃねぇよ!言わせたのお前だろうが、おいミイラ女!」

「色々理由があるのよ。ただ問題は、よく考えたらこのままじゃ食べられないわね」

「脱げばいいだろ」

「自分の部屋で女子に『脱げば?』なんて、そんな子に育てた覚えはありません」

「なんでMommyに乗っかってんだよ」

「いいじゃない。あなたも子供部屋おじさんの仮装、よく似合ってるわ」

「部屋着だよ。え待っておじさんって格好だけだよな?老け顔とかじゃないよな?」

「いくつになっても精神は子どものままなんだから」

「それどの意味で?ふざけた母子設定継続なの?ていうか見た目の件は?」


 適当に揶揄いながら時間を過ごすと、注いだ紅茶の湯気が薄まり、日も傾いて来た。

 カーテンを閉めて電気を点けたが、よく考えたら今時間に食べるとほどほどに腹に溜まりそうだ。

 テンション任せで茶まで淹れたが、後にした方がいいだろうか。


「お前、晩飯は食ってく?」

「そこまで考えてきてなかったわ。お母さんたちは?」

「遅いはず。食ってくならついでに用意しとくわ。……よく考えたらブラウニーも食後の方がよさそうだよな。茶ぁは冷めるが」

「どうせ遅くなるなら、晩御飯はお世話になろうかしら。我が家もどうせ変わらないだろうし」

「なら、ちゃちゃっと作っちゃうか」

「ええ、ありがとう。でもコレは先に食べてくれていいのよ?」

「……飯の前だと、腹いっぱいになるだろ?」

「ご飯はゆっくりでもいいじゃない」

「ほら、夜遅くに食べると太るとか聞いたぞ」

「量で調整するし、運動するもの」

「皆でワイワイ食べたくないか?」

「そんなにいっぱいは作ってないわ。ここにある分だけだもの」

「…………」

「…………」


 どうやら、食べるしかないようだ。

 俺の心中を察してか、ぶすっとした顔(包帯の中なのであくまで気配だけだが)で目の前のミイラは言う。


「あのね、確かに私はお世辞にも料理が上手とは言わないわ。でも、ちゃんと味見はしたのよ?」

「小学生で初めて作る豚汁とかって、妙に美味く感じるよな。野外炊飯のどう見ても失敗のカレーとか」

「作り手補正じゃないわよ。ママにも見てもらったもの」

「なら、多少は信頼できるか……」

「失礼を隠そうともしないわねこの男。ところで今年は手作りだけじゃなくて趣向があるの」

「なんだよ。腹決めたからいっそ食わせろよ」

「ずばり、隠し味は何でしょう!」

「うーわお前それ、うーわ。一気に信用なくなったぞ」


 どうやら見た目や匂いはほぼ完璧に作られた目の前のブツには、隠し玉が潜んでいるらしい。


「俺も料理はしても菓子作りはしないが、むしろ菓子作りこそレシピの添うのが肝心なんだぞ?」

「分かってるわよ。ちょっとだけよ」

「グラム単位はちょっとじゃないからな?」


 ぷいと明後日の方を向くミイラ女。

 しかし食うしかないか。折角作ってくれたのには変わりない。


「女子が作ってくれた手料理を前に、食いたくないなんて思えるほど贅沢な男になっちまったな……」

「悪足掻きやめて早く食べなさいよ」

「わあったよ、お前も食えよ?」

「包帯解いたらね」

「脱ぐ気ないだろそれ」

「自分の部屋で女子に『脱「天丼やめろ」


 覚悟を決めて、フォークを手に取る。

 機嫌が良いのか悪いのか、相変わらず表情は隠したミイラ女。

 イタズラな瞳だけ覗かせているが、やられっぱなしも、なんだ。


「当てたらなんかあんのか?」

「……さぁ?」

「じゃあ当てられたら、今日の晩飯は肉詰めで」

「ピーマンやだ!」

「黙らっしゃい。折角だろ、じゃあ他になんかあんのか?」

「考えといてあげる」

「まあ、いいだろう」


 挽肉はあったかなと考えながら、意を決してフォークを進める。

 綺麗な焦茶色を割ってみると、中もむらなく綺麗な断面だ。

 ミイラに見守られながら、口に運ぶ。


「……美味い」

「だから言ったじゃない」

「本当にお前が作ったのか?」

「疑うならママにでも聞いてよね」

「疑ってるわけじゃない。信じられないんだ」

「より酷いじゃない」


 続けて一口。

 全体的な感想としてはほろ苦く、チョコ自体の甘さはかなり抑えられていた。

 しかし苦味は残らず、オレンジの甘さが香りと共にぶわりと広がっている。

 ナッツも散りばめられているようで、食感ももたつかない。

 何個でもいけそうだ。


「正直に、おばさんが全部作ったって白状してもいいんだぞ」

「ママもそんなに料理上手じゃないでしょ」

「じゃあおじさんが……!?」

「私よ。叩くわよ」

「これは、隠れた才能だな……本当に叩くな包帯巻いてるから固くて痛い」


 パクパクと食べ進め、紅茶で舌をリセットしながら楽しむ。

 切り分けられた一つを食べ終えたところで、ミイラ女が口を挟む。


「分かった?隠し味」

「さっぱり分からん。目に見えてるものは、隠してないし違うよな?」

「そうね、目には見えないわ」

「洋酒の類も隠してはないだろうしな……」

「ほら、どんどん食べて当てて見せなさい」

「ああ、じゃあもう一個」

「外したら罰ゲームね」

「おい」


 唯一見えてる目を細め、ミイラ女が次を勧める。


 参った、俺も味にうるさい訳じゃない。シンプルに美味い、調和が取れた味というのは分かるが隠し味になるような内訳が分からん。


 だが、コイツが作った料理ではほぼ初めてかなり上出来、完璧に近いのは間違いない。

 隠し味云々を抜きにしても、じっくりと味わって食べよう。


「しかしなんだ、試作っつってたけど、どっかイベントでもあるのか?」

「?特にないわよ」

「なら、単なる実験台か。よく出来てるよ」

「まあ、そうね。実験台、になるのかしら」

「煮え切らない言い方だな」

「自分で言うのも何だけど、お菓子作りが趣味って訳でもない女の子が手作りを渡す場面って、結構限られてると思うの」

「……まあ、なるほどな。確かに俺なら味見役には丁度いいわけだ」

「そう。そういうの食べられる人は貴重なんだから、噛み締めなさいよ?」

「へいへい」


 パクリ。

 ほろ苦い。

 なるほどな。

 さっぱり分からん。

 というか誰に渡すのだろうか。実験台ってのは、要するに男目線の味見役ということだ。

 そういえば友人殿は季節のイベントなど関係なくても後輩女子に餌付けされてるのを見たことがある。

 目の前のミイラも、そういうことをするのだろうか。それとも、女子相手の送り合い、とかだろうか。

 別に幼馴染だからといえ詮索する気はないし、まして万一知ってる名前なんか出る方が後々が気まずくなることもあるだろう。


 ふざけた包帯で澄まし顔を隠した目の前のミイラだが、どうやら素顔を知っていても知らないこともまだまだあったようだ。


「どう?分かりそう?」


 中々苦戦してるように見えたのか、愉悦の色を乗せた声が問いかける。

 二つ目のブラウニーはあっという間になくなって、当然味はさっぱり分からないままだ。


「ヒントとかないのか?」

「うーん、そうね……」


 ミイラの指先が、転がっていたコスモスをくるくると弄ぶ。


「多分、あなたもよく使ってるわよ。誕生日の時とか」

「誕生日?」


 誕生日に作ったといえば、何だろう。


「俺の?お前の?それとも他の?」

「うーん、私達の?」

「そこ疑問符かよ」


 誕生日に作るといえば、そういえばケーキにチャレンジしたことがある。そこで使うものといえば。


「生クリーム?」

「ハズレ」

「バニラエッセンス?」

「ハズレ。ちなみに解答権は3回ね」

「あと1回かよ、ちょっと待て」

「あ、それと、ケーキのことじゃないわ。それもあるかも知れないけど」

「オイ」


 他に誕生日に作るものといえばなんだ。

 コイツの好物だしオムライスはよく作るが、そこで使うものなんか入るのだろうか。

 卵はありそうだけど、ブラウニーに入るのか?

 塩胡椒?塩はありそうだが、味覚に塩っけは訴えられていない気がする。

 他に作るもの、クリスマスなら鳥とか思いつくが、誕生日となると絞りきれない。


「勝った方が相手に一つ命令できることにしましょう」

「この圧倒的優位でそれ言い始める?」

「あら、当てればいいじゃない」

「いやお前、中々ムズいぞ……」


 とりあえず、半ばヤケ気味に三つ目のブラウニーを食べてみても、色々なことがぐるぐると頭を過ってまともに考えられそうにはなかった。


「ほら、まだまだあるわよ」

「半分食ったし、残りはお前の分だろ」

「なら、早く当てて食べさせてよ」


 こちらの気も知らないで、目元だけ楽しそうなミイラが嘯く。

 もういい、考えても泥沼だ。直感に頼ろう。


「塩」

「ハズレ」

「分かるか!なんだ正解は!」

「先に罰ゲームしましょうよ」

「だああああ!何だよもう!!」


 くすくすと笑い声を漏らしながら、包帯に隠れたミイラ女がフォークを差し出す。


「ほら、あーん」

「だから残りはお前のだろ」

「いいの。食べさせるために作ってるんだから」


 自分でも自覚できる程度にむくれながら、口を開ける。

 ぐいっと、やや容赦なくブラウニーが捩じ込まれる。

 ……思うところはあるが、今は味見役に徹しよう。美味い美味い。


 昔からの距離間だからこそこれ(・・)だが、いつかはコイツも味見役の俺ではなく他の誰かにこうする時が来るのだろうか。

 ただの幼馴染の味見役に、何か口を出す権利があるわけでもない。

 ただ、コイツの隠れた菓子作りの才能を享受出来るやつは、何だかとても恨めしい。

 アホらし。


「嫉妬した?」

「何に?」

「してるじゃない。他の誰かにあげるためのって思ったんでしょ」

「そりゃ思うだろ。嫉妬は、してない」

「ウソ、顔丸見え。美味しそうに食べてるの分かりやすかった」

「そりゃ美味かったが」


 くつくつと包帯の中が笑う。笑えるか。

 というか、そんなに顔に出たろうか。嫉妬?……嫉妬か。確かに、したのだろうか。


「じゃあ罰ゲームの命令ね」

「……はいはい」

「他のコにこんなのされても、食べたりしないでね」

「はい?」

「ほら、あなたのお友達みたいに。勝手にモテるのはいいけど、浮気はなしね?」

「……俺、モテるのか?」

「調子乗んな。モテないわ」

「いや意味分からんわ!」

「だから、万に……億が一、他の女子にアプローチされても断ってね」

「そもそも日本の女性人口を超えた確率がエグい」

「バカ」


 そこでミイラはまたしても俺の口にフォークを捩じ込んだ。

 目が合うが、表情は分からない。心なしかその目線がぼうっとして見えるのは、俺の動揺か。



「こっちも胃袋掴んであげるから、余所見しないでねって言ってるのよ」



「……それ、ミイラで言う?」

「マミー」

「マミーで言う?」

「シラフで言えるワケないじゃない」

「ちょ、包帯取れよお前!顔見せろ!」

「これはね、取らないんじゃないの。自分で取れないの」

「バッッッカじゃねぇの!?」

「後ろで固く締めすぎちゃった」

「道理で食わないわけだ!」

「ほどいて」


 ぐっと頭を差し出すミイラ。

 後頭部を指すのでテーブル越しに手を回してみると、どうやらそこが結び目のようだ。


「自分の部屋で女子の服を脱がすなんて、いつの間にそんな男の子になったのかしら」

「……脱がしたくなる女子になってたヤツがいたんだよ」


 軽口を叩きながら包帯を解くと、驚くほど真っ赤になった幼馴染の顔が目の前に出て来た。

 さっきまでは目しか見えていなかったのに、至近距離で目が合うと、直視できない気恥ずかしさが襲った。茶化さずにいられない。


「うーわ、顔真っ赤」

「あなたもね」

「そりゃ、紅茶が熱いんだよ」

「私のは鬱血よ」

「アホか!いずれにせよ紛らわしいわ!」


 気恥ずかしくても、小さな頭の後ろに回した手はそのままで。

 顔同士も離さず、お互いの息が届く。


「ねぇ、気付いてる?」

「何にだよ」

「あなた、お菓子なんて用意してないでしょ」

「そりゃ、聞いてみないと分からんだろう」


 ニヤリと、真っ赤な顔が笑みを浮かべた。

 さぞろくでもない悪戯を考えた、といった表情だが、潤んだ瞳は不安とは別のもので胸の内を乱すようだった。


「Love or Treat」

「言ってて恥ずかしくならん?」

「Life or Tre(死になさい)at」

「せめて選ばせろよ」

「なら、何をくれるの?」


 不安げな表情は揶揄いたくもなるが、どうやら悪戯は選択肢に用意してくれなかったらしい。

 だから少しだけ、じゃれ合いを続けるような抵抗を試みよう。


「お菓子をあげなきゃ、愛してくれるのか?」

「あなたが、私を愛するのよ」

「この展開で片想い続行はエグいなあ」

「なら、妥協してあげる。私も愛してあげるから、あなたはもっと私を愛しなさい」

「それならまぁ、いいか」


 満足げに、可愛い幼馴染が微笑む。


「お菓子はないな」


 甘味のご期待に叶わないなら、せめて真心を込めて別の選択で応えようじゃないか。



「じゃあ、私もブラウニーを食べさせてもらいましょうか」

「あ、悪い。どけるわ」


 しばらく動きもせずに見つめ合って、先に一世一代の雰囲気を崩したのは彼女だった。


 しかし握ったままの包帯は、これから俺が目の前の少女を縛り付けるかのようで。

 何となく、今更ながらコスプレの破壊力を知った気がした。


 このままだと心が狼を装い出そうとするので咄嗟に除けようとすると、小さな手にストップをかけられた。


「違うわよ。さっき、食べさせてあげたでしょ?」

「……ああ、そういうことか。ええと、フォークな……」

「そんなの、なくてもいいの」



 俺には別の口当たりしか伝わらなかったが、向こうにはチョコレートとオレンジの甘さも伝わったのだろう。



「……そういや、結局隠し味は何なんだよ」


 一瞬に感じた数秒を過ぎ、触れたままでは喋れないので唇を離して問いかける。


 今更ながらの答え合わせ。

 もし俺が当ててたらこの状況は変わっていたのだろうかと、過ぎた不安もふと浮かぶ。

 しかし彼女は、俺の杞憂も吹き飛ばすほどの自信があったかのような、綺麗な笑みを浮かべてみせた。


「決まってるじゃない」


 ふふんと得意げに鼻を鳴らした彼女が紡ぐ。


「愛情よ」

久々の幼馴染シリーズです。他も見てね。

三題噺、友人(https://mypage.syosetu.com/906928/)のも見てね。

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