その7
羅刹姫は糸に絡めとった太郎を手繰り寄せた。
「せっかく作った傀儡を壊されちゃ困るわ」
「お前は!」
羅刹姫の姿を見て逆上した新は、いきなり突進した。
すぐ反応した羅刹姫は、掌から糸の塊を機関銃のように連射した。
「うっ!」
直撃を受けた新だったが、呪い発動中が幸いして糸の弾は貫通しなかったものの、弾き飛ばされた。
「新くん!」
地面に叩きつけられた新に、華埜子は駆け寄った。
「あなたが呪いをかけた羅刹姫?」
理煌は二人を守るように前に立ち、可愛い顔に似合わぬ鋭い視線を投げかけた。
羅刹姫は蔑むように鼻で笑い。
「そう言うお前は仁炎の転生者ね、一目でわかったわ、生まれ変わっても美しい顔をしているから……現世は女なのね」
「女で悪かったわね」
「で、お前が地恵だったとはね」
睨みつける理煌を通り越して、後ろの華埜子を見た。
「噛みつかれた時、気付かなかったのも無理ないか、お前も女に転生してたとはね」
羅刹姫はハッとして、
「じゃあ、あの時の風を操った少女は智風の生まれ変わりだったのね、敵わないはずだわ」
「じゃあ、あたしにも敵わないってことね!」
理煌は臨戦態勢を取った。
「この女を成敗したら、新くんの呪いが解けるのよね!」
掌を向けて火の能力を行使しようとした。
が、
「待って!」
華埜子がその手にしがみついて止めた。
「悠輪が!」
「お前がその名を口にするな!」
羅刹姫が怒りを露に言い放った。
憎悪に満ちた冷たい目は華埜子の背筋を凍らせた。
「お前たちのせいで悠輪の魂は1200年もの間、たった一人で封印を守り続けているのよ」
「なんの話や?」
「まだ、そこまでは思い出していないの?」
身に覚えはないものの、華埜子は胸が締め付けられた。漠然とした不安が溢れ出して震えたが、それがなんなのかはわからない。
「あなたは、なにを知ってるの?」
理煌が代わりに聞いた。
「あたしの……せいなん?」
華埜子の脳裏にある風景が浮かんだ。
* * *
漆黒の闇。
大銀杏が仄かに光を放ちながら聳えていた。
五人の僧侶が大銀杏を中心に、等間隔で取り囲んでいる。
空の慈空。
風の智風。
火の仁炎。
水の妙水。
地の地恵。
そして大銀杏の頂に悠輪の姿があった。
光の筋が一心に祈る五人を繋ぎ、星型を描く。
そして、五人の霊力を一点に集中させ、最後に悠輪の元へ届く。
地恵がフッと目を閉じた。
(これで終わる……終わったら戻れる……)
(ダメだ! 邪念を抱いては!)
生きて帰りたい……命が惜しいと思ってしまったこと、それは邪念だった。
それはたちまち他の四人にも伝わった。
パキッ!
五人を繋いでいた光の筋が小さな音を立てた。
バランスが崩れ、五人の体が傾く。
次の瞬間、大銀杏の幹に亀裂が走った。
そして、内から爆発し、真っ二つに裂けた。
その衝撃は凄まじく、五人は吹っ飛んだ。
漆黒の闇の中へ……落ちていく。
落ちていく。
落ちていく。
* * *
「ノッコ!」
理煌の叫びに華埜子はハッと我に返った。
両手首を強く握られた痛みもあった。
目の前には理煌の顔、真っ直ぐ華埜子を見つめる瞳はとても哀しそうだった。
「理煌ちゃんにも見えたん……」
華埜子の視線は宙を彷徨った。
「そうや……あたしが思てしもたしや……生きて戻りたいと言う生への執着が、他の四人に伝染して心を乱した、そのせいで目的を遂げられへんまま、命を落とすことに……」
理煌はフッと寂しげな笑みを浮かべた。
「そうね……、地恵の声を聞いた、だけど耳を傾けてしまったのは仁炎たちよ、彼らも弱かったのよ、強い心があったら揺らぎはしなかった、悠輪のように……」
転生者の話は那由他からいつも聞かされていたいが、自分とは無縁の他人事だった。まさか自分だったなんて……。華埜子は固く目を閉じた。
今、考えると、心当たりは多々あった。自分には那由他の術は効かなかったし、重賢や珠蓮が張る結界も難なく通り抜けられた。不思議に思わなかったが、そう言うことだったのか……。
震える華埜子の肩を見て、理煌は思わず抱きしめた。
理煌の脳裏に、初めて会った日のことが甦った。
真琴、流風、華埜子がセリーナの涙を捜すために柊邸を訪れた。三人を見た時、本性を見透かされている気がして嫌悪感さえ覚えた。
その訳が、今、わかった。
真琴は半妖だから敏感に感じ取ったのだろう、そして、流風と華埜子は前世からの知り合いだったんだ。
こんな風に自然と抱き合えるくらい親しい関係だったんだ。きっと……。
理煌は華埜子を抱きしめながらデジャヴを感じていた。
しっかり抱き合う二人を見て、新は胸が締め付けられた。沢本家の呪いを受け継いでしまったと知った時に受けた衝撃を思い出した。呪いのせいで過酷な運命を背負わされて散々な目に遭っているが、なんとか生きてこれた。しかし、転生者の宿命はもっと過酷だと聞いている。
「ノッコちゃん、理煌ちゃぁん」
新は涙で顔をグチャグチャにしながら二人に抱きついた。
「うっ」
顔面に巨乳を押し付けられた理煌は窒息しそうになりながら、新の馬鹿力から華埜子を守った。
「そうやって固まってるといい、放すなよ、地恵が暴れたら山の一つや二つ、木っ端微塵だからな」
抱き合う三人を冷ややかな目で見ながら羅刹姫が言った。
「今は暴れる時じゃないわ、邪悪なモノと戦う時までとっときなさい」
「なんやて!」
新が鋭い視線で振り返った。
「お前は邪悪なモノの手先か!」
「アッハッハッハ!」
大声で笑いだす羅刹姫。
「あたしが手先ですって? なにも知らないのね」
悪魔的な笑みを浮かべながら、
「お前らはほんとにバカか? 邪悪なモノの正体も知らずに戦おうとしてるのか?」
「あたしはたった今、自分が何者か知ったんやで、アンタこそなにか知ってるんやったら教えて!」
華埜子は羅刹姫に言った。そして理煌も、
「那由他は自分で思い出せって、なにも教えてくれないしね」
「アイツも知らないんじゃないかしら、元はただの小雀だものね」
羅刹姫は勝ち誇ったように腕組みをして、
「真実を知りたければ綾小路家へ行くといいわ、古い文献が残っているはずだから……、ま、黒歴史を抹消していなければの話だけど」
「綾小路家の黒歴史?」
「偉そうに妖怪退治屋なんかやってるけど」
羅刹姫の話しは、突然現れた火の弾に遮られた。
避ける間もなく、猛スピードで太郎の体を貫いた。
つづく