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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第9章 傀儡

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その5

 土人形の手が華埜子の首を捕らえた。

「うっ」

 華埜子はその手を引き剥がそうと爪を立てるが、土がボロボロと崩れては再生し、首に食い込む力は強まるばかり。


「ノッコちゃん!」

 気付いた新は救助に向かおうとするが、群がる土人形に阻まれて近づけない。

 理煌も同じく、崩れた土人形の塊に足元を囚われて身動きが取れなかった。


 息ができない……。

 苦しい……。

 でもどうすることも出来ない、華埜子は無力な自分が情けなかった。

 太郎は無事なのか? 振り向くことも出来ないが、珠蓮と関わり合いのある者なら、死なせてはいけない。

 華埜子は薄れゆく意識の中で、そんなことを考えていた。



   *   *   *



(なぜ、能力ちからを使わない?)

 いつか聞いた優しい声が華埜子の耳をかすめた。

 誰?


 華埜子の脳裏にある風景は浮かんだ。

 そこは寺の境内、とても広い、大きな寺のようだった。

 銀杏の木によじ登っているのは……あたし? 華埜子はそう思ったものの、それは男性で若い僧だ。

 これは夢?


 銀杏の枝の先で真っ白な子猫が震えていた。必死で枝に爪を立てているが、今にも落ちそうだ。若い僧は高く上り過ぎて降りられなくなったその子猫を救出しようとしているらしい。


 揺れて不安定な枝にまたがって子猫の元へ行こうとするが、思うように進めない。あと少し、もう少しで届くと手を伸ばすが、その時、バランスを崩した。

(あっ!)

 と思った時は、枝からずり落ち、背中から地面に激突した。


(いててっ)

 痛みに歪めている僧の顔に影が落ちた。

地恵ちけい、大丈夫か?)

 地恵と呼ばれた僧は、優しく差し伸べられた手に遠慮なく捕まって立ち上がった。

 手の主は同じく若い僧、まだ猫がいる枝を仰いだ。

(あの子を助けようとしたのか?)

(かわいそうだから)

(なぜ、登ったんだ?)

(なぜって……)

(君には能力があるじゃないか、なぜ使わないんだ?)

(あ……)


 ハッと気づかされた地恵は、いきなりその場に正座した。

 そしてお辞儀するように膝の前で両手を地面にピタリとつけた。

 すると、地恵を囲むように丸く地面に亀裂が走った。

 地面が隆起し、僧を持ち上げた。

 たちまち高い枝までせり上がり、子猫に届いた。


(もう大丈夫)

 地恵は子猫を抱き寄せた。

 そして下で成り行きを見守っていたもう一人の僧を見下ろした。

 彼も微笑みながら見上げていた。


 その顔は……。



   *   *   *



 華埜子はハッと目を開けた。

 土人形に首を絞められている絶体絶命の状況に変わりはないが、意識はハッキリ戻った。

 痛みを感じると言うことは、まだ生きている証拠だ。意識を失っていたのは数秒だったのだろう、その刹那にあんな夢を見たのだ。


 夢? 本当に夢だったのか?

 あまりにリアルで臨場感があった。そう……過去、遠い昔、体験したような。


 そんなことを悠長に考えている暇はない。このピンチから脱出しなければならないのだ。

 華埜子は再び絞められている手に爪を立てた。

 今度はか細い指が土に食い込み、ズボッと貫いた。

 土人形の腕は、ただの土に返って崩れ落ちた。


「ゴホッ、ゴホッ」

 咽ながらも、魔の手から逃れた華埜子は太郎の無事を確認しようと振り返った。

 太郎は墓石の上に避難し、それが罰当たりな行為だとも知らずに涼しい顔で見下ろしていた。

 その顔は、さっき夢で見た、もう一人の僧と同じだった。


 一瞬、失った意識の中で見た夢、そこで手を差し伸べてくれた優しい僧と太郎は瓜二つだった。

 そして彼が教えてくれた。


 能力ちからがあることを!


「そうなんや……あたしが……」

 愕然としながら華埜子は崩れ落ちるように両膝をついた。

 そして地恵がしたように、両手を地面につけた。

 静かに目を閉じて、夢のイメージを思い起こした。彼はこうして地の鼓動を受け取っていた。それと同調してこちらの力を注ぎ込む。

 

 ゴゴゴォ……。

 地鳴りと共に地面が小刻みに振動した。


「なんや!」

 地震のような揺れに、新と理煌は足元を取られてよろめいた。

 立っていられない激しい揺れに襲われ、踏ん張って倒れないようにするのが精一杯、戦いどころではなくなったが、土人形たちの動きも止まっていた。


 一方の華埜子は、地面につけた自分の両手をじっと見つめていた。地恵はどうやって地面をせり上げたのだろう? 自分が彼の生まれ変わりなら能力を使えるはずだ。


 那由他は気付いていたのだろうか?

 ずっと近くにいた、何年も一緒に過ごしたんだ、気付かないはずない。

 1200年もの間、ずっと待っていたのに、なぜ言わなかったんだろう?

 言えない訳があったのか?

 それは……なに?

 なぜ言ってくれなかったの! 友達なのに!


 華埜子は閉じた瞼に力を入れてさらに固く閉じ、同時に歯を食いしばった。


 ドドドオーーン!

 鈍い音と共に、突然、土人形が形を失った。

 みんな崩れ落ちて、土の小山になった。


 墓石上に逃れていた太郎は、その様子をなんの感情も窺えない涼しい顔で見下ろしていた。


「ノッコちゃん!」

 ひざまづいたまま地面を見つめている華埜子を見つけた新と理煌が駆け寄った。

「怪我はないか!」

 新に肩を掴まれてハッとした華埜子は、

「大丈夫……」

 呆然と顔を上げて周囲を見渡した。

 土の小山が無数に点在している。


「なんか、いきなり潰れたんやけど……」

 新は訳が解らないと言った表情で周囲を見たが、理煌は、

「あなたがやったの?」

 華埜子を真っ直ぐ見つめた。

「そう、あたしが……、理煌ちゃんと同じやった」


「なんのことや?」

 眉をひそめる新たに理煌は言った。

能力ちからを感じたわ、大地の……、理煌が火の能力を発動した時と同じ感覚だった」

「あたし……理煌ちゃんと同じ、生まれ変わりなんや」

 華埜子は目頭が熱くなった。なぜ涙が出るのかわからなかったが、心臓がバクバクして体が震えた。


 理煌と新が華埜子に注目している間に、土の小山がズルズルと移動を始めた。

 その不気味な音に気付いた新は、

「今度はなんや!」

 身構えたものの、どうすることも出来ない。

 土の小山は重なり合い、波のうねりになったかと思うと、引き潮のように消えていった。

 三人はその様子をただ茫然と見ていた。


 そんな華埜子の横に、太郎が降り立った。

 そして華埜子に手を差し伸べた。

 夢と同じように優しく差し伸べられた手を見た華埜子は、太郎の顔を見上げた。

「アンタの名前は太郎とちゃう、思い出したんや、アンタは……悠輪ゆうりん

 華埜子はその手に自分の手を重ねようと伸ばした。


 その時、

「ダメよ!」

 太郎の体が急に、後方へ引っ張られた。

 胴体に巻き付いた糸に引き寄せられたのだった。


 三人が見た先には羅刹姫が立っていた。


   つづく


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