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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第9章 傀儡
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その2

 今日は家族の命日だった。


 三年前、犯罪に巻き込まれて両親と弟を一度に亡くしたつつみ華埜子かのこは、父の妹で叔母に当たる帆乃香ほのかに引き取られた。彼女は独身のキャリアウーマン、中学生の自分が同居では婚期が遅れるのではと華埜子は秘かに心配していた。口に出すときっと「大きなお世話や!」と怒られるだろうが。


 毎年、帆乃香と墓参りに行っていたが、今年は運悪く帆乃香は海外出張中、どうしてもスケジュールの調整が出来なかった。

 今年は華埜子一人でお参りしようと思っていたのだが、それを知った親友の七瀬ななせ真琴まことが、「ほな、あたしが一緒に行くわ」と、土曜日だったので、午前中で授業が終わったら、ついてきてもらうことになっていたのだが……。


 三時間目の授業が終わった後、真琴は忽然と姿を消した。

 真琴は父親が化け猫の半妖、なので妖怪がらみの事件に遭遇しやすい。突然、姿を消した時は十中八九、厄介事に巻き込まれている。なので、どうせ連絡もつかないとあきらめた。


 元々一人で行くつもりだったので、華埜子は授業が終わると一人で家路についた。お昼はどうしよう、真琴とファミレスでも行こうと思っていたのだが、一人で入るのは抵抗がある。コンビニ弁当で済まそう。などと考えながら歩いていると、ワンボックスカーに横付けされた。


「ノッコちゃん」

 ウインドウを下げて親しげに声をかけたのは、七瀬家のお抱え運転手をしている沢本(あらた)だった。新は平凡で地味な感じの20代後半の青年。普段はスーツ姿なのだが今日はラフな服装だった。

「ちょうど良かった、真琴ちゃんが捕まらへんで困ってたんや」

「真琴、行方不明みたいです」

「またややこしいことに巻き込まれてるんかなぁ」

 長年七瀬家と縁のある新も真琴の正体は知っている。

「たぶん」


「大丈夫や、真琴ちゃんは強いし」

 心配そうな華埜子を見て、新は悪戯っぽく笑った。

「今日はノッコちゃんとお墓参りに行くし、送ってって頼まれてたんやんやけど、ボツかな」

「はい、一人で行ってきますから」

「それやったら、予定通り送っていくわ」

「真琴いーひんのに、悪いですよ」

「かまへん、他に予定ないし」

 助手席のドアを開けた。

「遠慮せんと」


 と言う訳で、新に送ってもらうことになり、華埜子は一旦、家まで着替えに帰った。

 待たせては悪いと大急ぎで戻ると、リアシートにひいらぎ理煌りおがすまし顔で座っていた。理煌は色々あって、現在七瀬家に居候している。


「女の子と二人きりってのも抵抗あったし、呼んだんや」

「新くんがどうしてもって頼むから、来てあげたのよ」

 理煌の横で琥珀こはくが人懐こい笑みを向けた。

 琥珀はグレーの髪にアイスグレーの瞳のハーフっぽい少女だが、正体はセリーナの涙と呼ばれる魔石に命をもらった魔鳥である。


「二人とも来てくれて嬉しいわ」

 華埜子は再会を喜んで笑顔を向けた。

「ほんとは一人で行くの心細かってん、バス停からお寺まではけっこうあるし、山道やし、ちょっと怖いかなって」

「なんで誰かに頼まへんの? 友達いっぱいいるやろ? ほら、理煌ちゃんかて声かけたらすぐ来たやん」

「ちょうど時間が空いてたからよ」

「ホントは嬉しいくせに~」

 茶化す琥珀に、理煌はすかさず拳骨をくらわした。


 じゃれる理煌と琥珀をバックミラーで見ながら、

「けっこう強がりなんやなノッコちゃんは、人に頼るのをためらう」

 と微笑んだ。

「そんなつもりはないんですけど」


 4人はレストランでランチを済ませてから、墓所に向かった。



   *   *   *



 一時間に一本バスが通る道路から逸れて山道を登っていくと、たちまち片側はガードレールもない崖の険しい道となった。

「落ちたらお陀仏やなぁ、あなたらは」

 窓から崖下を覗き込みながら琥珀が呑気に言った。


「って、一人で助かるつもりなの?」

 理煌は苦笑い。

「でも、すごく不便な山奥にお墓があるのね」

「堤家先祖代々のお墓なんや、父が子供の頃はまだ父の祖父母が住んだはって、よく遊びに来てたらしいわ。この辺の集落にもまだ大勢住民がいて、夏祭りなんかもあったらしいでけど」

 華埜子は窓から、空き家になっているだろう民家を見た。


「今はどう見ても限界集落ね」

「でもまだ住んでる人もいるみたいやし、お寺の住職もお元気なんや、そやし改葬するのも気が引けるって、叔母さんが言うし」

「見えてきたで」

 新は前方に大きな屋根を見つけた。





 門前の広い駐車場に停車して、全員が下車した。


「ありがとうございます。じゃあ大急ぎで済ませて来ますから」

 華埜子は一人で行こうとしたが、新は、

「なにうてんにゃ、みんな行くで、せっかく来たんやしちゃんと掃除もせな、そのつもりで連れて来たんやし」

「えっ? そうなん?」

 掃除と聞いて予想外だった理煌は目をパチクリさせた。お嬢様育ちの理煌は掃除などしたことなかったから。


「あれ? 琥珀は?」

「もう飛んで行ったわ、自然に誘われて」

 青い空に白いセキセイインコが舞い上がって行くのを見上げた。

「しょうがないなぁ」

「帰るころには戻って来るでしょ」


 琥珀はあきらめて三人が門に向かって歩き出した時、けたたましい犬の鳴き声が響き、続いて門からすごい勢いで人影が飛び出してきた。


 突進してくる人物を機敏に避ける理煌。しかし、横にいた華埜子にぶつかってしまった。

「キャッ!」

 よろめいた華埜子は足がもつれてその横にいた新に倒れ掛かる。

 新は反射的に華埜子を抱きとめた。


「あ……」

 新にしっかり抱き付いてしまった華埜子は青ざめながら見上げた。次の瞬間、


 ボムッ!!

 小さな爆発が起きた。


 そこには呪いが発動して少女と化した新が、こめかみに血管を浮かび上がらせながら引きつった笑みを浮かべていた。

 沢本家にかけられた呪いにより、新は女子に抱き着かれるとその子と同じ年の女子に変身してしまう、それも巨乳で飛び切りの美女に……そして超人的な力も有する。


「……わざとやないし」

 華埜子は見上げる必要がなくなった目の前の美少女から白々しく目を逸らした。

 美少女新は半泣きになりながら、

「わかってる、不可抗力や」

 と、リードが付いたままの犬に追いかけられて、駐車場をクルクル回っている人物を睨みつけた。


 そんな新を見て、理煌は大笑い。


「お寺の犬や、おかしいなぁ、いつもは大人しいのに……、って、こっち来んの!」

 中型の雑種犬を引き連れ、こちらへ戻ってくる。

 その人物は、羅刹姫らせつひめ偶仙道ぐせんどうに作らせた傀儡くぐつだった。と言っても一見、普通の青年にしか見えないので華埜子たちにはわからない。犬に追いかけられて逃げ回る間抜けな奴に見えた。


ふくちゃん! アカンで!」

 犬の名前を覚えていた華埜子が叫ぶと、福は反応して立ち止まった。

「おいで」

 差し出した華埜子の手に鼻をくっつけて尻尾を振った。


「この生物は、なぜわたしには牙を剥き、あなたには尻尾を振るのでしょうか?」

 不思議そうに言った傀儡を見上げた華埜子は、思わずドキッとして頬を赤らめた。あまりに美しい青年だったから。

 今まで全速で駆けていたにもかかわらず、呼吸も乱さず涼しい顔で小首を傾げている。


 その時、呪いが発動して超人的になった新が叫び、

「お前は、何者や!」

 華埜子を引き寄せながら身構えた。

「人間(ちゃ)うな!」


「そのようだが、さて、わたしは何者なのだろう?」

「ふざけてるんか?」

 無表情だが嘘をついているようにもふざけているようにも見えない。

「何者かはわからないが、名前ならある」


 傀儡は腰に手を当て誇らしげに言った。

「太郎と申す。珠蓮じゅれん様が命名してくださった」

「珠蓮?」

 と言ったまま、華埜子はあんぐり口を開けた。


   つづく


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