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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第1章 氷室
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その9

 どのくらい走っただろう、洞窟はかなり奥まで続いていた。

 流風は息切れして止まった。


 この程度で苦しいなんて、そうとう体力が落ちているのか、それとも盛られた薬のせいなのか……。


 流風は奥に目を凝らした。

 出口はあるのだろうか?

 

 塞がりかけていた切り傷が開いたようで、服に血が滲んで、痛みに足がガクガクしていた。

 多英はすぐに追いつくだろう、どうする?


 その時、再びあの鳴き声が届いた。


 流風をこんな所まで誘い、絶体絶命のピンチに陥れるきっかけとなったあの鳴き声……。

 近かった。


(えっ?)

 流風は思わず息を呑んだ。

 正面に氷壁。

 一瞬、壁画かと思ったが、それは氷の中に閉じ込められていた。


 体長3メートルくらいの巨大な猫?


 金茶色の毛皮は仄かに光っていた。

 ピンと立った耳、見開いた瞳は盾に伸び黄金に煌めいていた。

 額から口元にかけては白っぽく、牙はプラチナの輝き、肉球からはみ出した爪も念入りに砥がれた日本刀の切っ先のように青白い輝きを放っていた。


 美しい獣に流風は目を奪われた。


 シュッ!!


 空気を切り裂く音が反響した。

 追いついた多英の黒髪刃が飛来したのだ。

 もちろん流風に狙いを定めていただろうが、紙一重で避けた。


 鋭さとスピードを備えた刃は氷壁に突き刺さった。

「しまった!」

 多英は顔を歪めながら、慌てて引き抜いたが遅かった。


 氷に亀裂が走った。


 亀裂はたちまち四方八方に広がり、氷に埋もれた獣の姿を見えなくした。


 パリーン!!


 氷が砕け、爆発したような風圧が、傍にいた流風を吹き飛ばした。

 流風は側壁に体を打ち付けて倒れた。


「ガオォォォゥッ!」

 氷の中から美しい獣が躍り出し、雄叫びを上げながら、しなやかな動きで地面に降り立った。


 美しい獣は倒れている流風を一瞥してから、多英と対峙した。

 多英は黒髪を数本の剣に変え、臨戦態勢。

「化け物め!」

 自分を棚に上げてそう叫ぶと、剣が一斉に獣を襲った。

 獣の毛が逆立ち、金色の光を放った。

 洞窟はまばゆい光に包まれ、多英の剣は融かされたように萎えた。


 間髪を入れず、美しい獣は爪を振った。


 悲鳴を上げる間もなく多英の首は胴から切り離され、天井に激突してから地面に転がった。

 流風は痛みをこらえて立ち上がろうとしながらそれを見ていた。


 多英の死体はたちまち干からび、ミイラになった刹那、砂と化して崩れた。


 長く生きた妖怪が死ぬと肉体は残らない。きっと多英も何百年に渡り、人間の生き血を吸って生き延びてきたのだろう。

 多英の末路を見て流風は思った。


 しかし次は自分の番だ。

 解き放たれた獣は……。


 獣の姿はなかった。


 そこには流風と同じくらいの少女が立っていた。

 ジーンズにTシャツのラフな服装、ストレートのロングヘアー、色白で端正な顔立ちの美少女、勝気そうな目が印象的だった。

 何食わぬ顔で乱れた髪を櫛でとかしていた。


「偶然やったんやろうけど、おかげで助かったわ」

 真琴が流風に言った。


「酷い目に遭ったわ、一週間も氷詰やで」


 一週間前、菫に枕を届けに来た真琴は、用が済むと真っ直ぐ帰るつもりだった。

 しかし、気付かないうち妖気に引き付けられたのか、本豪邸のバラ園に迷い込んでしまった。


 バラと冴夜の美しさに油断した。


 お茶に誘われ、疑うことなく薬入り茶を飲みほした。

 気付いた時は氷詰、いつ変化へんげしたのか、化け猫の姿で……。

「凍え死ぬかと思った、ま、普通の人間やったら死んでたな」


 流風は言葉を失くして真琴を見上げていた。

 あの美しい獣はこの少女だ。妖怪ハンターを生業としているが、物の怪と会話したことはなかった。見つけたら狩る、ただ、それだけだったから……。


「大丈夫か?」

 真琴は呆然としている流風の顔を覗き込んだ。

「驚いた? 無理もないか」

 真琴は溜息をついた。


「あたしはな、半分妖怪やねん、父親が化け猫で、母親は普通の人間」

 半妖? 流風には信じられなかった。そんな妖怪と会うのは初めてだった。


「怖いか?」

 流風は答えず奥歯を嚙み締めた。

 正体を知られ、秘密を守る為に殺されるかも知れない。今、襲われたらひとたまりもないだろう恐怖と戦っていた。


 そんな流風の心を見透かして、真琴はクスッと笑った。

「ココから出よ、寒すぎ、風邪ひきそうや」

 妖怪が風邪をひくのか? と流風は心の中で突っ込んだ。


 差し出された真琴の手に、流風は躊躇したが……。

「はよ」

 勢いに押されてつかまった。

 真琴の手はとても温かかった。


 流風が立ち上がると真琴は、

「急ご、あっちで何かはじまってるようや」

 表情を険しくしながら、出口の方を見た。


   つづく


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