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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼
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その11

 霞のバリアから解放された乃武が駆けつけ、凌生が消えた場所を見つめた。

「凌生は指輪に選ばれた主ではなかったのですか?」


 背中を丸めながらヨボヨボと歩いて来た青狼は溜め息交じりに乃武の疑問に答えた。

「嘘なのだよ、指輪が主を選ぶなんて話は」

「わたしの指を切ったのは長老だったのですね」

「たばかってすまんかったな、しかし、ああせねばお前も凌生のように自滅していただろう、指輪が集めた妖力を受け入れる器が主に無ければ、吸収しきれずに崩壊する」


「わたしには指輪をする器がなかったと思われたのですね」

「どんなに欲しても、欲張って手に入れたところで器が小さければ零れてしまう、無理に入れようとすれば壊れてしまうのは当たり前、大きな力を手に入れようと思うなら、まずは自分の器を大きくすることだ、と言うものの、この指輪は規格外、持って生まれた資質が左右するのじゃ」


「凌生には資質があると思って指輪を渡したのですか?」

「奴が器でないのはわかっていた、裏切り者に制裁をと思ってな」

「それにしては高くついたな」

 母屋はもちろん、離れも東屋も美しい庭園も、すべて瓦礫の山と化した周囲を見渡す霞。


「それだけではないんじゃ、この事態は想定外だったが、そろそろ真剣に指輪の継承者を見つけなければならないと思って」

 結音に目をやった。

「指輪に妖力を奪われなかった者、それが後継者候補だな」

「この騒ぎの中、倒れずに動けた者は何人かいるはず」

「それを見極めるために、この有様か」

「ですから、想定外で……」

 青狼は母屋のあった場所に思いを馳せて涙ぐんだ。


 結音は残された指輪を拾った。

「この手で父の仇を打ちたかったのに」

「凌生が死んだ、冴冬は解放されたのよね」

 未空は期待込めて言ったが、結音は首を横に振った。

「でも、人狼であることに変わりないわよ」

「それでなんとかならないの?」

 未空はすがるように指輪を見つめた。


「残念ながらそれは無理じゃ、人狼を人間に戻す方法はない」

「そんな……」

「そうかな? 指輪は対だ、二つ揃えばあるいは人狼を人間に戻すような力も発揮するかも知れんぞ」

 霞の言葉を聞いた未空は希望に目を輝かせた。

「じゃあ、もう一つを早く手に入れましょうよ」


「そう簡単には行かん、それは封印に使われておる、五人の生まれ変わりがちゃんと能力を覚醒させて戦えなければ、封印を解くわけにいかないし、邪悪なモノが解き放たれたらとんでもないことになるのだぞ」

「なんの話?」

「お前次第だ」

「あたし?」

 霞はキョトンとしている未空を見つめ、含み笑いを浮かべた。


 そこへ仲間の狼族が続々と流れこむ。

 分家から駆け付けた者たちだった。

「長老様!」

 青狼の周りに膝まづいた。

「遅れて申し訳ありません、なぜか突然、全員が意識を失いまして、しかしもう大丈夫です、裏切り者は全て拘束しました」


「全員意識を失ったか……」

 青狼は大きな溜息をついた。


「まだまだ死ねんな」

 眉を八の字に下げるが、口元はなんだか嬉しそうだった。



   *   *   *



 翌朝、未空は悠輪寺を訪れた。


 門前で迎えた澄と並んで中へと進むと、右手には石のお地蔵様が微笑み、横に五輪塔が並んでいる。正面奥に本堂があり、それを守るように大きな銀杏の木が囲んでいる。

 一昨日来た時はそれどころじゃなかったが、改めて見ると美しい境内だ、と思いながら未空は太陽の光を浴びて青々と輝く緑の葉を見上げた。


「冴冬ちゃんの具合はどうや?」

「今は落ち着いてるわ、記憶を失くして混乱してるけど、結音がついててくれてるし心配ない、そのまま大神家で面倒見てくれることになると思う」

 未空は抑揚のない声で答えた。


「それでエエんか?」

「どうしょうもないじゃない、両親は殺されて親戚もない、人狼になった彼女を他にどうすればいいのよ」

 声のトーンは変わらず冷ややかだが、激しい憤怒がこもっていることに澄は気付いていた。


「そうやな、で、未空ちゃんはどうするんや?」

「施設行きかしら、今頃、乃武さんの通報でみんなの遺体が発見されてるだろうし、この後が大変よ、ニュースになって大騒ぎ間違いないし、その前に、迷惑かけた和尚さんにお詫びと、これを返しに来たんだけど」

 未空は五鈷鈴ごこりんを出した。


「そう言えばコレを盗んだ人は?」

「夏惟の死体はなかったらしいし、逃げたんでしょう」

 未空は沈んだ面持ちで目を伏せた。

「でも、またきっとあたしを殺しに来るわ」

「大丈夫、未空ちゃんは四人目やし、みんなが守ってくれる」

「四人目?」

「それにしても未空ちゃんって、ほんまに中2? えらい育ってるけど」

 澄のいやらしい視線に、未空は肘鉄をくらわした。


「で、四人目ってなんなのよ」

「こっち」

 澄は未空を本堂へ渡る小橋にいざなった。


 渡りきると、急に空気が変わった。


 ピンと張りつめた冷気が未空を包んだ。凍るような冷風が彼の頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、周囲の風景が一変した。


 そこは深い森の中、銀杏の木々が立ち並ぶ静寂に包まれた森だった。

 未空の目の前に一際大きな木が聳え立っていた。樹齢千年は越えようかと言う大銀杏が凛と見下ろしている。未空は無意識に、その大木に右手を当てた。


 ただの樹皮なのに、なぜか温もりを感じた。そして一瞬、なにかが脳裏をかすめたような気がした。

「ここは……?」


「来たのか」

 そこにいたのは霞と真琴だった。

「どうだ、わたしの言ったとおりだろ」

 得意げな目を向けたが、真琴は面白くなさそうな顔。


「和尚さんは?」

 未空は責めるように澄を見た。

重賢じゅうけんさんはここへは来れへん、ここは幽世かくりよ現世うつしよの狭間、普通の人間は入れへん場所なんや、入れたってことは、霞さんの言う通りみたいやな」


「そうだろ、初めて見た時、すぐにわかった」

 腰に手を当て得意げな霞に、

「嘘つけ、思い出せへんかったくせに」

 真琴はすぐ突っ込んだ。


「なんの話?」

「1200年前、邪悪なモノにより都が、日本が滅亡の危機に陥った時、強力な法力を持って戦った高僧の生まれ変わりが俺達なんや、君はどうやら空を操る能力ちからを持っていた慈空じくうさんの生まれ変わりらしいで」

 頭がクエッションマークで埋め尽くされた未空に、澄はただ苦笑を向けた。


「それにしても、また女とはな」

 霞は不服そうに眉をしかめ、

「しかし、肝心の那由他なゆたがいないとは、どう言うことだ?」

 周囲を見渡した。


「あたしが事件に巻き込まれてるのに駆け付けへんかったんは初めてや」

 真琴の言葉には心配そうな響きがこもっていた。

「案ずるな、大丈夫だ」

 大銀杏を見上げる霞。

「あれが健在である限りはな」


「それにしても、どこへ行ったのだろう」

 霞は偉そうに腕組みして、少し頬を膨らませた。

「せっかくわたしが見つけて来てやったのに」

「四人目の発見より大事なことって言うたら……」


「五人目を見つけたのかも知れんな」


   第8章 青狼 おしまい


第8章 青狼を最後まで読んでいただきありがとうございます。

まだ続きますので、次章もよろしくお願いします。

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